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その9

 承前。


『本題ってなんだったっけ?』


 と言ったところで本題である。


「え? じゃあ藤間さんが?」ヤスコが訊いた。麦茶片手にテーブルにすわりながら。


「うん。そう」とミスター(彼女から見て右側の方)は答えた。「本名は『灰原神人』」


 そうして、


「君のお父さんの『リスト』にもあっただろ?」とミスター(こっちは左側)も答えた。「いろんな人の能力を奪っているのは彼だ。たぶん、森永くんを殺したのもね」


 と言うことで。


 いまの本題、現在喫緊の彼らの課題は、問題の連続殺人鬼、灰原神人についてである。続けてヤスコは訊いた。


「それで金属バットとクリケットバットで見張っててくれたの?」ふたりのミスターを交互に見つめ、「あなた達ふたりで?」


「他に武器もなかったしね」とミスター(右側)は答え、


「まひろ君は疲れ切って眠ってたし」とミスター(左側)も答えた。「僕たちふたりで守り切れるかは分からなかったけど、一応ね」


 一応補足しておくと、こちらのミスター、見た目どおりのひょろひょろほっそいもやしっ子で腕力はゼロ。いつものレンチや秘密道具、それにとにかくよく回る二枚舌と悪知恵ばかりの脳みそを使って難局を乗り切ることは出来ても、今回の灰原のようなシリアスガチンコ&冗談通じないタイプに真正面から来られてはまず勝ち目はない。なので、


「まあそれでも、君たちふたりを逃がす時間くらいは稼げるかな、と」


 と言う彼らの言葉も、あながちウソでもなければ冗談でもなく、それは当然、ヤスコもまひろもよく分かっていたので、


「ふーん」とふたり同時にちょっと感動するのでもあった。「なんかカッコいいですね」


 でもあったが、ここで更に急いで補足しておくと、そんな感動やら感心やらが通り過ぎた彼女たちの頭の中には、当然のように、次のような疑問が湧く。


「それにしては悠長にごはん食べてない?」と、「そんな怖いやつから果たして逃げられるの?」と。


 そうして、


 ピーッ。


 とようやく次のごはんが炊き上がった。ミスター×2は答えた。


「まひろくんが起きたからね」と自分でごはんをよそいながら、「君の力ならあの男とも対等以上に戦えるのは分かっただろ? 本当に来たら頼むよ」


 とせっかくの感動と感心が薄れる感じに。そうして、


「まひろくんの修行もほぼほぼ完了したし」と続いて卵をわりながら、「ヤスコちゃんとも会えたんだから、そろそろ戻ってもいいころだろ?」


 すると、


「もどる?」と不思議な顔でヤスコが訊き、


「ここが目的地では?」と彼女に続けてまひろが訊き、


「ふにゃあ?」と食事に夢中でずっと黙っていたフェンチャーチも訊いた。「ごふにゃご? にゃにゃん?」


「ああ、そうだよ、フェンチャーチくん」ミスター(右側)は答えた。そうして、


「僕らはこれから、この地で一番強力な結界が張られている場所に戻る」とミスター(左側)も答えた。「『花盛りの家』、山岸咲子さんのおうちにね」


 そうして――?


     *


 うん?


 となって彼女は目覚めた。窓からのやわらかな風と光にうながされるように。目の前にあるのは沢山の荷物と見慣れない部屋の風景だったけど、そこに妙なよそよそしさや不安な感じはなかった。


 うん。


 と想って彼女は寝返りを打った。もみがら枕とコットン毛布が気持ちよかった。おばあちゃん――間違った――ひいおばあちゃんと同じ匂いがした。


『ほらほら、ここは場所が悪いんだ』と泣いてる彼女をここに運んだのは、彼女の曽祖母の山岸咲子だった。『あたしたちのお家に行こうか』


 ここは、この地で最も強力な結界が張られた場所、山岸咲子の『花盛りの家』。その二階の物置き部屋。かつてのここの子どもたち――その中には彼女を泣かしたあのバカ野郎も含まれているが――が過ごした、かつての彼らの子ども部屋、そのベッドの上である。


『そしたら先ずは、顔を洗うところからだね』と言ったのはひいおばあちゃんだった。『それからたくさん食べて、お風呂にも入って、もう一度、今度はぐっすりと眠って、そしたらきっと、元どおりの美人さんだよ』


 そうして、その言葉のとおりに彼女は、たくさんの美味しいものを――なんか間違ったメフィストフェレスみたいな人に作らせて――出してくれては、キレイであったかい――その間違ったメフィストフェレスみたいな人が磨き上げては温度を調整、一番リラックス出来て美肌効果もバツグン! な入浴剤をいれてくれた――お風呂にも入れてくれた。そうして、


『せまくて悪いんだけどね』とこの部屋とベッドを使うようも言ってくれた。『ここが一番安全だからさ、きっとぐっすり眠れるよ』


 おかげで――美人さんかどうかはさておき――昨日の悪夢が嘘のように、彼女はそこでぐっすりねむった。


 うん。


 と想ってふたたび寝返りを打った。昨日の悪夢――実父である山岸富士夫にそれを認めて貰えなかったこと――が一瞬頭をよぎったが、咲子の言葉と微笑みがすぐにそれを上書きした。


『やっぱあのバカ、叱ってやらなきゃね』


 そう彼女は言っていた。泣いてるひかりを慰めながら。何度も何度もくり返し、例のメフィストフェレスもどきにも同意を求めながら。悪魔も肯いてたし、とにかく、ここの家族として認めよう、迎えようとしてくれてるのが嬉しかった。が、


 あ……。


 とここで彼女は天井を見た。あまりにもスムーズ且つスピーディーな展開にいとこの深山に声をかけるのを忘れていた。スマホも置いて来ちゃったし、きっと心配しているだろう。どこかで連絡を取らないといけないのだが……、


 うん?


 とここで彼女は首を傾げた。こっちもやっぱり、あまりにスピーディーかつスムーズな展開に色々スルーしていたが、よくよく考えるとこの祖母の家には不思議な点がいくつもあり(なんだよメフィストフェレスって)、中でも特に不思議なのは、リビングに置かれた白木の位牌ときれいな壺だった。


「すみませんけど、これって……?」


 と昨夜、二階に上がる前、ひかりは咲子に訊いてみたが、冗談なのか本気なのか、


『あ、そりゃあたしのお骨だよ』と咲子は事もなげに言った。『つい先日死んだばかりでね』


「え?」


『だからいわゆる『霊体』ってやつだよ、いまのこれは』


「は?」


『出来るかどうか不安だったけど、けっこう簡単に出来ちゃってね』


「はあ……」


『さっさと天国に行きたいって気持ちもあったけどさ、ひかりちゃんにも会いたかったし、それにほら、止めなくちゃいけないヤツらもいるからね』


「はあ……?」


 そうして――、


(続く)

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