その8
急遽ごはんを五合炊いたが、それはすぐになくなった。
おかずがキムチとたまごとお漬け物、それにツナ缶くらいしかなかったから、とにかくごはんでおなかを膨らますしかなかったとは言え、やはり大飯ぐらいの赤毛ふたりの勢いは凄まじかった。
仕方がないので更に五合炊くことにしたが、これもすぐさま消えるだろうし、この消えるお米だって近所のスーパーで結構なお値段で泣く泣く購入したものなのに……と、いつこの宇宙人に昨今の米価高騰の大変さを伝えようか悩むヤスコでもあった。
でもあったが、それと同時にここで彼女は、
「はあ……」と、もう少しでハートマークが付いてもおかしくない、そんなため息をひとつ吐いた。「なんてステキなの……」
と物書きとしての適性を疑われるほどの語彙力で、
「なんてステキなひとなのかしら」と、意味なく言葉をくり返しながら、「ああ、ステキ」と。
そうしてもちろん、これらの言葉の重複は、大飯ぐらいのエイリアン×2に向けてのものでは当然なく、彼らにはさまれテーブルに座る山岸まひろに向けてのものであった。そうして、
「でもでもどうして? どうしてなの?」とと問うその言葉の重複は――その年で「でもでも」もないとは想うが――彼女自身を不思議な想いにさせるものでもあった。
「前会ったときはここまでドキドキしなかったじゃない」
そう。
たしかに前回(第一話参照)、街のカフェで偶然出会ったときも彼女は、まひろのことをとてもきれいな人だとは想ったが、いまのドキドキはあのときのドキドキとは明らかにレベルのちがうドキドキであり、ひょっとすると、その後、例の『リスト』に彼女の名前が出て来たことや、彼女のお兄さん――ほんと似てないわね、この兄妹――と彼女を探して歩いたことなんかもあって、色々と期待値? みたいなものが上がった結果なのかも知れないが――、
「いや、それだけじゃないわよね」
と、ついつい『運命』なんて言葉すら想いつきそうになる彼女であった。年甲斐もなく。ドキドキしたり、ふわふわしたり、ドッキンドキドキしたりしながら。そうして、
「いや、でも、どうしてこんなに?」
と、ドキドキふわふわドッキンドキドキしているのは彼女だけではなかった。彼女に見つめられているまひろもまた、彼女と同じかそれ以上に、ドッキンドキドキふわふわドッキンとしていた。
ただ、幸いなことに、彼女はいま、ヤスコに背を向け座っているので、そのドッキドキでふっわふわなふわふわハートをどうにかこうにか押さえ込もうとしている様子を、彼女に悟られずに済んでいた。
「どうしよう? ぼく。変な顔していないかな?」
が、そうは言っても、こちらを見つめる彼女の視線を、まひろははっきり背中で感じ取っているわけであるし、先ほど見た彼女の艶めく姿態(注1)は脳裏に焼き付き離れない。そうして更には、
「ねえねえ、ヤスコちゃん、ごはんまだ炊けないの?」
「さっきスイッチ入れたばかりだから、あと二十分はかかるわよ」
「えー、おっなかすいたよぉー」
「あれだけ食べといてなに言ってんのよ、すこしは我慢しなさい」
「えー」
と、その揺れるふっわふわなふわふわハートは、右のような彼女と赤毛のやり取りに、嫉妬の炎をめらめらめらっと立ちのぼらせては、ついつい彼を、ミスター×2を、このまま自身の能力で粉みじんにしてしまいたい――と彼女に想わせるほどであった。彼女は訊いた。彼女自身を落ち着かせようと。彼と彼女の関係を、
「あ、あの、ミスターさん?」
「なに? まひろくん?」
「ヤ……樫山先生とはどういったご関係で?」
と、はやる嫉妬をどうにかこうにか押さえつけつつ。しかし、
「あれ? 話してなかったっけ?」
「え、ええ、まったく」
「最初に会ったのは彼女が九才のころだったんだけど、かわいかったよ、ピーターパンの仮装をしててね」
「九才?」
「うん。それでしばらく会ってなかったんだけど、あるとき偶然再会してね。それからちょくちょく遊んだり、旅に出たりするようになったんだよ」
「旅?……というのはおふたりで?」
「うん。ほら、前に見せた僕のタイムトラベルベルトって最大ふたりまでしか使えないじゃない?」
「あ、あー、そう言えば、そんなこ――」
「そうそう。だから色んなところに行ったよ、二人で。ジェセル時代のエジプトとか十七世紀の南フランスとか、地球以外の惑星にもいくつか行ったし、ああ、そうそう、ジュラ紀の南アフリカにも行ったなあ――覚えてるかい? ヤスコちゃん」
「忘れるわけないでしょ、あんなの」
「もうさあ、これが傑作なんだけどね、まひろくん」
「はあ」
「夏休み代わりのバカンスってことで彼女をそこに連れ出したんだけどね。ふたりで海で泳いでたら、突然、ガバーッって、ノトサウルスが現れて来てさ、彼女ムチャクチャおどろいちゃって、ものすごいはやさで逃げ出したんだけど、その逃げる途中で彼女、水着の上を岩に引っかけちゃって、おっぱ――」
「キャーッ! やめてやめて、ミスター!」
と結局、彼と彼女の仲睦まじい様子というか、過去のあれやこれやをエンヤコラッとばかりに聞かされることになり、余計に嫉妬を煽られる形になるのでもあった。クールな風を装いつつ。そのくせ彼女と目が合うたびに赤くなったり固まったり、もっとはっきり彼女とミスターの関係を聞きたいけど聞くのは怖いし(彼女は彼女が同性愛者なのをまだ知らない)、わざわざ聞かなくても二人の仲のよさは見てれば分かるし(あ、ほら、いまも何気にボディタッチした、このくそエイリアン)、そもそも二人一緒に旅までしちゃう若い男女(注2)がただの友人止まりであろうはずがないし(その若いエイリアンとずっと二人きりの君がなにを言ってやがる)――とかなんとか、頭の中をぐーるぐるぐる回したりしながら。
と、まあ、正直、こんな彼女のしどろもどろや、こんな彼らの微妙な三角関係(いまミスターは二人いるから四角関係?)は、書いてるだけでも楽しいし、書こうと想えばいくらでも書けるのだが、それだと話が進まないし、結構事態は切迫していたりもするので、この辺でそろそろ本題に戻りたいと想うのだけれど――本題ってなんだったっけ?
(続く)
(注1)
もちろん。そんな風に見えていたのはまひろ君だけで、実際のヤスコ先生はこの時も、ひょろひょろ手足に凹凸のない身体、そこに寝巻き代わりの短パン&よれよれタンクトップを着ただけの味も素っ気もない通常モードでして……ほんと、恋のちからって恐ろしいですね。
(注2)
じつはこの時、まひろ君はまだミスターが500才以上であることを知らなかったし、彼女から見たヤスコ先生は実年齢マイナス10才くらいに見えていたのであるが……ほんと、恋は盲目ってこのことですね。




