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その4

「『転生者たち』と『爆発』――詳しい話はまだだったよね?」


 とそうして、赤毛がまひろに、その『詳しい話』をしようとしていたころ、山岸富士夫もまた、天台烏山から、その『詳しい話』とやらを聞いていた。彼は言った――私も含めて、


「私も含めて、『転生者たち』は脅威だ」と、無数の絵画を背景に、「いつ、この世界そのものを滅ぼすような人物が出て来るか分からない」


 古書店奥に作られたこの絵画保管庫は、当然いつでも適正な温度、適正な湿度に保たれるよう管理調整されてたが、それでも富士夫は、これら絵画の持つ重力のせいだろうか、それとも天台烏山その人の語り口のせいだろうか、ときに炎に燃やされるような熱さを、ときに宇宙空間に投げ出されたような寒さを、交互にあるいはランダムに感じていた。


「異世界あるいは多元宇宙」天台烏山は続けた。はっきりとした確信を持って、「それらと繋がる『壁』あるいは『窓』は閉じられなければならない」


 富士夫はいまだ懐疑的だった。目の前の老人の話は荒唐無稽で支離滅裂で、筋が通っているように見える箇所でも、やはりそれらはあまりに狂気染みていたから。しかし、


「そうして世界に、世界の人々に」と天台烏山は完全に正気であった。「彼ら転生者たちの存在を知らしめ、彼ら転生者たちを『剪定』するよう促がさなければいけない」


 そう。山岸富士夫がこの場を去らない理由、老人に握手を求めた理由はそこにあった。頭は否定していても、こころと身体と魂はそれを納得、理解していた。彼は、天台烏山は、たしかに正気なのである、と。そうして、


「そうして、そのためにも、『爆発』は必要なんだよ」と彼は、正気の頭と精神で、その計画を進めて来たのだろうと。「それで世界は、彼らを知る」


 そうして――?


     *


「そう。そうしてつまり彼らは」とミスターが言い、「その『爆発』で『壁』や『窓』も閉じられると想い込んでるし、更には――」


「その『爆発』を誰か転生者のせいにするんだろうね」とまた別のミスターが言った。「もちろん、『壁』や『窓』のことは隠したまま」


 いまではもう、どちらのミスターがどちらのミスターか分からなくなっていた。最初に喋った方のミスターが続けた。


「そうしてそれから、そんな『転生者たち』が――ってまあ、呼び名や設定はミュータントでもバンパイヤでもエイリアンでもなんでもいいんだろうけどさ、要は――自分たちに危害を及ぼし兼ねない異分子、マイノリティが、多数社会にまぎれ込んでいる、という噂、情報、陰謀論を流す」


 そうしてこれを、もうひとりのミスターが受けた。こんな感じに。


「地球人の同胞に対する野蛮さは東銀河でも有名――特に40年代前半のヨーロッパや50年代アメリカの狂気は普通の宇宙人に話しても信じて貰えないレベルだしね――なんだけど、たしかにそんな君たち人類なら、すこし揺さぶりをかけてやれば、そんな噂や陰謀論でも“はじめる”には十分だろ?」


「“はじめる”?」とここでまひろは訊く。ふたりのミスターを交互に見ながら、「はじめるってなにを?」


「『転生者狩り』」ふたりのミスターは同時に答えた。


「転生者……?」まひろは訊き返した。「なんですって?」言葉の意味がよく分からなかった。


「『転生者狩り』さ」どちらか分からないままミスターは答えた。「異分子、マイノリティ、自分とはちがう誰かの削除。レッテルがあれば出来るだろ?」


「もちろん間違って転生者じゃないひとも消すかも知れないけどね」またちがう、どちらか分からないミスターが続けた。「そんなのは『大義』の前では些末なことに過ぎないんだろ?」


「だからさ」ミスターが続けた。


「ここぞとばかりに人類は」ミスターが続けた。


「年寄り、子ども、男女を問わず」ミスターが続けた。


「みずから進んで転生者」ミスターが続けた。


「いや、同じ仲間の人類たちを」ミスターは続けた。


「喜び勇んで狩り出すだろうね」と、ミスターたちは続けた。


 そうして――?


     *


「そうなれば計画どおりだよ」とそうして、天台烏山の話も続いていた。「恐怖に人は突き動かされるからね」


 そんな彼の話を、山岸富士夫は、ずっと口を閉じたまま、黙って静かに聞いていた。


「ちょっと刺激が、思想が強すぎるかな?」天台烏山がわらった。


 富士夫の無骨な顔の下に、小さな戸惑いあるいは不満を見たのかも知れなかった。が、しかし、富士夫は小さく首を振った、横に。


「“誰かが言ってたな。”」天台烏山は続けた。さっきのテレビの男のセリフを。


「“ボルジア支配のイタリアの三十年は戦争、テロ、殺人、流血をもたらしたが、そいつは結局、ミケランジェロやダヴィンチ、偉大なるルネサンスをも生んだ。”」とまるで諳んじて、「“が、しかし、それに対してスイスの同胞愛はどうだ? 彼らの五百年の平和と民主主義はいったい何を生んだ?”」


 と、まるでこれまで、何度もこの言葉をみずから言って来たかのように。富士夫は沈黙を続け、天台烏山は静かにわらった。


「“鳩時計だよ。”」そうして、


「『恐怖』の後には『安心』を。『犠牲』の後には『ひかり』を。それで世界は『安定』を取り戻す」そうして、


「その世界には『リーダー』『指導者』『先を行く者』が必要だが、さっきも言ったとおり、私の残り時間は少ない」そのため、


「そう。そのため、私の代わりになる人物が必要なんだよ、富士夫くん」


 そうして――?


     *


「がしかし」とそうしてミスターたちは言った。


「がしかし、犠牲と恐怖で作られた仮初めの平和には必ず『黒い傷あと』が残る」


「いいじゃないか、鳩時計」と唐突な例を挙げながら、「僕は好きだよ、鳩時計」


「ミケランジェロもダヴィンチも、悪い人ではなかったが」


「それでも結局地獄行き」


「いいんじゃないかい? 鳩時計」


「鳩時計の職人なら、きっと皆さん、天国に行けてるはずだよ」


 そうして――?


「いいかい? まひろくん」とそうして彼らは続けた。ゆっくりと立ち上がりながら。


「たしかに君たち人類は、集団になると途端にロクでもないことを始める愚かなサルの末裔だ」


「だけれど君たち人類は、それでも、君も含めて、本来とっても善良で、希望にあふれ、どんな絶望をも乗り越えられる力を持っている」


「転生者の力なんて、それに比べれば屁みたいなもんだ」


 そうして――?


「そろそろかな?」とそうしてミスター(右側)が言った。


「ああ、そうだね、想い出したよ」とそうしてミスター(左側)は答えた。


「よし。立って、まひろくん」とそうしていよいよ、ふたりのミスターは言った。同時に、「ヤスコちゃんのお家へ帰ろう」


 どこまでも続く真っ白な空間に、ひかりのようなドアが開いた。ふたりのミスターは言った。こんども同時に、


「あいつが、灰原が、ヤスコちゃんの『リスト』を狙いに来るかも知れない。君が彼女を守らないと」



(続く)

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