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奸知に長けた巨人の娘(2/2)

(1/2のあらすじ)

 奇妙なネコの物語への介入に、ふて寝を決め込んでいたこのお話の作者だったが、知り合いの美少女・杏奈ジアに突然起こされ、彼女の双子の妹(ときどき我が家の居候)杏奈ニアが行方不明になったこと、彼女がジアの万能多機能改造スマートフォン(マルチバースジャンプにも対応!)を持ち出したことを知り、「あっちゃあ……」といやな予感と汗を背中に感じるのであった。


     *


 カチャカチャカチャカチャ、

 カチャカチャカチャ。


 カチャカチャカチャカチャ、

 カチャカチャカチャ。


 カチャカチャカチャカチャ、

 カーチャカチャカチャカチャカチャカチャ、

 カチャカチャ!


 と、せまい作業部屋にキーボードを打つ音がひびき、


「えーっと? なになに?『こちらの女神さまが目を付けられたのは、なにをどう間違えたのか、我らが赤毛エイリア――」と言う作者の声が続いた。「って、あのバカ、またどこぞの女神に気に入られちゃったの?」


 すると今度は、そんな作者の肩の上から、


「ちっ」と舌打ちひとつして、「ほっんとだめなヤツですよね」と杏奈ジアはつぶやいた。「ヘッラヘラヘラヘラヘラヘラ、誰かれ構わず愛想ふりまくから、変なトラブルに巻き込まれるってのが分かってない」


 彼女はいま、パーカー姿の作者の肩越しに、前回お見せしたミスターたちのパートを読んでいるところなのだが、


「『イーギュアの女神』なら私も聞いたことありますけどね」と言ってジアは続ける。「気に入った相手をつかまえ軟禁、場合によっては永遠の生命まで与えるとかなんとか」と、文のすき間の隠れた意味や、ぱっと見つかない細かい伏線がないかどうかも確認しつつ、「うん。いまのところ、ニアが出て来る様子はないようですね」


「やっぱこっちに来てると想う?」作者は訊いた。


「あのネコが行ったのなら可能性は高いですよね」彼女は答えた。「ニアにも私にもマルチバースを直接見る能力はありませんし、あいつに確率軸計算は無理。私のスマホは確率座標を打ち込まないとポータルを開けない設定なので――」


「もしニアちゃんがジャンプするとしても、うちのフェンチャーチを追うかたちにしかならないわけか」


「取り敢えず、これまでのパートにニアの痕跡、匂いのようなものは見受けられませんけど――これ、このあとどうなるんですか?」


「えーっとね」とここで作者。机の横のプロットノートを開きつつ、「彼らの宇宙船に『イーギュアの女神』が登場。船員のひとりを見初めて――って、なるほど。すでにここがミスターに変わってるわけか――いやがる彼を無理やり連れて行こうとするのだが云々」


「『イーギュア』には下りる?」


「いや、プロット上は行かない。ナオちゃんとミスターが女神を止める」


「するとニアも、『イーギュア』までは行きませんね。来るとしたらネコがいる船内?」


「話が変わって惑星に降りない限りはね」


「お話って変わるんですか?」


「それは書いてみないと分からない」


「あー、はいはい、そうなんでしたね」


 と、呆れた声で応えるジアだが、流石の彼女も、この『お話作り』という珍妙な事象の原理はよく分からないようで、そのため、


「だったらはやく、続きを書いて下さいよ」


     *


 と言ったところで。


 髪美しきも怖るべき女神オゥトィリカ。そのあまりの美貌にデッキにいる者たちは皆、言葉もなくただ立ち尽くしていた。


 しわひとつたるみひとつない褐色の肌は、まさにいま海から現れたかのような瑞々しさを示し、銀白色に輝く長い髪は、ルルナイ宮の夜をも想わせ、絶えず移り変わる瞳の色からは、誰ひとりとして逃れられそうになかった。


 なぜならいま、操舵士、船長、医療スタッフ。保安部員に科学スタッフ。このときデッキにいた者たちすべてが、男女を問わず、業務の手を止め、女神の姿に見入っていたからである。彼女はささやいた。テレパシーとはまたちがう不思議な力で。その場にいた者たちすべての耳もとで。


『こわがらないで』


『私はかなしい女なの』


『必要なのはひとりだけ』


『ともに暮らす相手をひとり』


 女神ご本人の説明によると彼女は、とおい昔に人間の男に恋をしてしまったそうなのだが、それを知った神々の評議会が彼女を非難、罰として男をこの宙域でも最も重力崩壊著しいコラプサー『ディセウス』へと宇宙服ひとつで放り込むと、女神にはいつまでもそのことを後悔させるため、『ディセウス』の観測が可能な惑星『イーギュア』へと彼女を堕とし、逃げられないよう呪文をかけ閉じ込めたのだという。彼女は続けた。


『不死のこの身でひとりはつらい』


『ひとりで構わぬ。どなたかひとり』


『消えぬ生命、老いぬ身体、を与えよう』


『私とともに『ディセウス』を、あやつが眠る『ディセウス』を、見上げ続けてくれまいか?』


 このときの女神の選考基準がどのようなものであったかは分からないが、少なくとも、その場に集った者たちの中で、もっとも彼女に同情し、もっとも彼女に共感していたのが、いつもの赤毛のミスターであったことは間違いないようである。何故なら彼は、ピーク時のスギ花粉症患者のごとく涙をながし鼻を赤くしていたからである。しかも、それに加えて、


「ああっ! なんてかなしい恋人たちなんだ!!」


 と、いつもの調子で声に出してしまったからで――それを女神は見逃さなかった。彼女は続ける。


『ああ、なんとこころ優しき殿方でしょう』


『貴方となら、きっと貴方となら、あの惑星で永遠の暮らしを……』


『さあどうぞ……どうぞこちらに……』


 と、その場の全員に向けていた甘美なるささやきをミスターひとりに集中させつつ、そのこころを、身体を、魂を、溶かし取り込み、彼女のものにでもするかのように。すると、


「ミスター?」


 と彼の異常にまっさきに気付いたのは山岸ナオであった。何故ならいま、女神のささやきは、ミスター以外には聴こえなくなっていたし、彼女は彼がきれいな女性――アキピテルの女神とかディオーネの三妖女とか――にめっぽう弱いことをようく知っていたからでもある。っていうか実際、


「ミスター?」


 と彼女がくり返し呼びかけても彼はこちらを向かないではないか。そのため彼女は、仕方がないので彼女は、どこからともなく取り出だしたる金属バット(小学生軟式用)をギュウッと握ると、


「ミスター?」


 と少々語気も強めに彼を呼んだが、まったく、全然、こちらを向こうともしない。


「うん。もう。これは仕方ないわね」


 と彼女は覚悟を決めると、若干腹立たしくもあったので、金属バットを振りかぶり、彼の頭頂部めがけてそいつを振り落と――そうとして、


「きゃっあぁああああああああ!!!」


 と叫ぶ、ひとりの少女にそれを邪魔された。少女の声はまるで、ずうっと上の、さらにそのずうっと上の方から、その場に堕ちて来ているようだった。そうして――、


     *


「いましたね」とパソコン前で、作者の横で、杏奈ジアはつぶやいていた。「ニアです」



(続く)

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