奸知に長けた巨人の娘(1/2)
(前回までのあらすじ)
奇妙なネコの介入でいよいよプロット崩壊に加速が付く物語に対して、なんか、もう、ほんと、色々いやになっちゃった作者は、顔も洗わず着替えもせずに、もちろんプロット修正ほったらかしで、そのままふて寝を決め込んだのであった!!
*
トントン、トントン、
「樫山さん」
トントン、トントン、
「樫山さん」
トントン、トントン、トントトン。
「起きて下さい、樫山さん」
と、ふて寝開始から約八時間後、この物語の作者は何者かに肩を叩かれ目を覚ました。
が、この家で作者はひとりと一匹暮らし。
しかもその一匹は、前回見たように、いまは多元宇宙の旅の途中であるし、他にもひとり、ときどき居候しにやって来る子もいるにはいるが、なんだか数日見かけていない――と言うことは?
トントン、トントン、トントトン。
といきなり寝込みを肩叩かれれば、ビクッとおどろき、戸締り不備や貞操の危機、あるいは財布の中身やずっと昔に型落ちしたノートパソコンに想いをめぐらせるのが普通であろうが、それでもなぜかこの作者、特段おどろく風もなく、
「なによ、ジアちゃん」相手も見ずに布団の奥へと潜り込んだ。「小生現在、ふて寝の真っ最中でありまして、眠られるだけ眠らせてよ」
と、よほど知ってる仲なのか、カギを持たないはずの相手が、音もなく寝室まで侵入して来たことについても、特段の疑問も興味も持たない様子であった。
「ふて寝?」相手は訊いた。口調は大人っぽいが声はまさしく少女といった感じであった。「またお話に行き詰ったんですか?」
「行き詰ったって言うか、行き詰らされたって言うか」作者は答えた。壁の方へと寝返りを打ち、「いつものとおり、邪魔されましてね」
「邪魔?」相手は訊いた。「ひょっとしてニアのやつですか?」
「え?」作者は答えた。「ちがう、ちがう。うちのネコよ、フェンチャーチ」
「ああ、あいつですか」
「あのバカ、まあた勝手にお話の中に入って来やがってさあ、おかげでプロット見直さなきゃなんだけど、お話ももう7割過ぎてるから読み返すだけでも大変で大変で……」
「あれだけ出るなって言ってらしたのに」
「所詮はあいつもネコ畜生ですよ」作者は言った。今度は相手――ジアと呼ばれた少女――の方に寝返りを打ち、「分かった顔して飼い主だまして、きっと暇だったから出かけて行ったとか言い出すんですよ、あの野郎」
すると彼女、きれいな瞳の杏奈ジアは、すこし考え、
「うん?」とつぶやき訊き返した。「“出かけた”?」眉を片方あげながら、「ってどこに?」
「いつもの通りっスよ」作者は答えた。「きっとどこかの宇宙の涯て。無限の彼方の大宇宙」
「あっ……」
「簡単に移動出来るからってちょこちょこちょこちょこ歩き回りやがってさあ、あの野郎。その点ジアちゃんとニアちゃんは約束まもってここにいてくれてるからほんと助かっ――」
「あ、あの、樫山さん?」
「なに?」
「実は、ここに来たのはその件でして――」
「は?」
「実は、ジアが、妹が、昨夜から見えなくてですね――」
「へ?」
「ですからてっきり、こちらにお邪魔しているものと――」
がばっ。
と作者は起き上がった。ベッドの上に正座して、ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる。はっきり首を横にふった。するとジアは、
「それは……困りましたねえ」と苦い顔になりつつ言った。彼女もきっと、わたし同様、背中にいやな汗を感じているのだろう、「あのバカ、私のスマホを持って行ったようでして…………あれ、簡易なジャンプ・ポータルなら作れるんですよね」
*
さて。
前回もご説明したとおり、現在ナオと赤毛のミスターが向かっている場所、次のジャンプ・ポータルが置かれているとされる場所は、『シン=ガリプシ宙域』と言って、九つの太陽と九つのコラプサー(崩壊星)に囲まれた奇妙な宙域で、そこの重力場は、複数太陽と複数コラプサーの影響で非常に不安定、時々刻々と変化するため、よほど手練れの宇宙船乗りでもない限り近付くことすら出来ない、別名『魔のエンネア宙域』とも呼ばれる場所であった。
そう。
そのためもし仮に、このエンネアの複雑な重力渦に取り込まれでもした場合、宇宙船はまず大破、中の乗組員たちも、運が良ければ死ねるが、運が悪ければどこか未知の惑星へと不時着、さらに運が悪ければそこで生き続けることになるわけだが、ここで一番の問題は、この宙域の重力異常であり、それにより引き起こされる時間の歪みであった。
そう。
この宙域での時間の流れは単一ではなく、例えば、我々炭素型生命が生存可能な惑星における時間の流れは、平均的なところだと地球のおおよそ120倍、最もひどいエリアだと8,500倍はするとされていた。私が先ほど「さらに運が悪ければ」と書いたのはこのためである。
つまり。
この宙域の平均的な惑星における一時間は地球型惑星の五日間(一日なら四か月間)、最悪の場合の一時間は、同様の計算でも、約一年間(一日なら約二十四年間)に当たるのであった。
そう。
そのため、この宙域をとおる船乗りたちは、慎重に慎重に慎重を重ね、航路と時間の安全確保のため、出来得る限り慎重に、重力異常が起きていないコースを選んでは飛び、間違っても惑星や衛星には近付かない、降りてはいけないことになっていたのだが、ここで更なる問題がひとつ。
髪美しき、しかし怖るべき女神オゥトィリカ。
彼女は、この宙域惑星のひとつ『イーギュア』に居住する女神であり、しわひとつたるみひとつない褐色の肌に、我が邦の月を想わせる銀白色の髪、光の加減で移り変わるアレキサンドライトのような瞳を持ち、しなやかでなめらかなその肉体は、当然、不死で不老であった。
そうして、なぜ彼女が『更なる問題』なのかと言うと、彼女は、この宙域に迷い込んで来た宇宙船を見つけると、その中でも特に気に入った船乗りのもとへと突然現れては彼あるいは彼女を誘惑、ときどき恫喝、彼女の夫あるいは妻として『イーギュア』へと一緒に戻り、ともに暮らすようにとせまるからであった。
もちろん、断っても連れて行くし、そうなれば船と他の乗組員たちは九つあるコラプサーのどれかひとつに堕とされることになるのだが。
そう。
そうして、女神の惑星『イーギュア』の一日は平均的宇宙時間のおおよそ七年。そこで十日も過ごせば、元の世界にその船乗りを知るものはいなくなるわけで、要は、二度と元の世界、元の生活には戻れない。彼女に見初められたが最後、死ぬまで彼女の下で、彼女に追い出されないよう気を遣いつつ生きていくことになる……。
とこれが、この宙域をとおる上で、重力異常と同じかそれ以上に気を付けなければならない問題なわけなのだが、こちらの問題の重力異常と最も違う点は、重力異常は細心の注意を払えば避けられるが、この女神オゥトィリカは、彼女がどのような男あるいは女を好むかがまったくの不明で、かつ、彼女からの好意・誘惑は、避けようにも避けられる類のものではない、という点であった。
しかも、さらに面倒なことに今回、こちらの女神さまが目を付けられたのは、なにをどう間違えたのか、我らが赤毛エイリアン、ひょろひょろモヤシのミスターだったのである。
(続く)




