その19
「おいおいおいおい、これっていいのか?」と赤毛のミスターは訊いた。すると、
「え? いや……あれ?」ともう一人の赤毛のミスターは応えた。戸惑いながら、「こんな……だったかなあ?」
と言うのも、いま彼らの目の前では、山岸まひろと灰原神人が、それぞれ手持ちの能力(複数)を使って、互いを制す、あるいは倒そうとしているわけであるが、それは互角というよりは、かなり、かーなーりーっ、まひろ優勢に進んでいるように見えたからである。ミスターが訊いた。
「きみの話だと、ここでは相打ちみたいになるんじゃなかったか?」と『壁』の中から顔を出しつつ、「このままだとまひろ君が勝っちゃわない?」
「うーーーーーん?」もうひとりのミスターは答えた。首をひねって、「ブートストラップ(注1)のせいではっきりした記憶ではなかったんだけど……」
「でも、いまは時間になったんだろ?」ふたたびミスターは訊いた。「はっきり想い出せていないのかい?」
「うーーーーーーーん?」ふたたびミスターは答えた。答えになってないかも知れないが、「いや、たしかに。ここで彼らは相打ちになって、僕ら二人がまひろ君を担いで、この『壁』で逃げ出したはずだよ」と。
「だったらどういうこと?」と、さらにミスターは訊いた。「いまはもう、明らかにまひろくん優勢じゃないか」
そう。
彼らがこうして『壁』に隠れ話している間にも戦況はよりまひろ優位になっていた。
適宜コピーと身体同化吸収の差はあれど、山岸まひろも灰原神人も、複数能力の複数同時使用が出来るという意味では同程度の能力者と見てよいし、また、コピー可能あるいは同化吸収済みの能力の数もほぼほぼ同数――いや、どちらかと言うと、灰原神人の方が若干多いくらいであった。
であったがしかし、そのスムーズさと大きさについては、明らかに、山岸まひろに分があった。
修行の成果の賜物か、それとも持って生まれた魔女の力がそうさせるのか、その能力は以前、祝部優太も驚いていたように、予備動作なしの瞬時発動、しかも、コピー元の能力者よりも強く、的確に操ることが出来るのである。そのため、
ドッ! と灰原が空気の塊を彼女に向けたとしても、
ゴッ! と彼女は、それ以上の位相の動きでそれを無効化。さらに、
「ちっ!」と彼が強力な振動波で防御壁を作ろうとしても、
「ほッ!」と彼女のより強力なフォースフィールドはその壁を突き崩し、
「ぐぉッ!」と勢いあまって彼を攻撃。そのまま彼を、その場にひざまずかせることにもなった。しかも、
「え?」と、この事態に一番おどろいているのは彼女自身でもあった。「え? え? え?」
修行のおかげかその血のせいか、これらひとつの動きの流れを、彼女は、目の前の男をひざまずかせるところまでをも含めて、ほぼほぼほぼほぼ無自覚に、かつ無意識に、能力たちの想うがままに、相手の動きを先まわり、まるで踊りを踊るがごとく、やってのけていたのである。そうして、
「ハッ?」と気付いて彼女は叫んだ。「こ、このあとは?!」例の赤毛を探しつつ、「このあとはどうすれば?!!」
奇妙と言えば奇妙であるが、先述のとおり、このつい数秒前までの彼女は、ほぼほぼほぼほぼ無自覚に身体を動かし、「能力たちの想うがままに」その能力を使った、使わされていたのである。この後のプランなど持ってはいないし考える暇もなかった。そのため、
「ど、ど、ど、ど、どうしよう?」と困っているのはミスター(×2)も同じであった。
と言うのも彼らのシナリオには、このままここで灰原を倒す、あるいは捕まえる予定は入っていなかったからである。彼らは言った。向き合って、
「書き換えちゃっていいのか? これ?」と。
すると当然、ここで突然、
グゥウゥォオンッ。
グゥウゥォオンッ。
グゥウゥォオンッ。
と、まひろの『壁』が奇妙な音を出し始めた。そうして、
「え? え? なに? なに? なに? なんで?」とミスター(×2)は更におどろくことになる。
と言うのも、『壁』の術者で操縦者、謂わば主人であるまひろを外に残したまま、その『壁』自体が、その扉、口を自ら閉ざし始めたからである。
「まひろくんッ!」ミスター(×2)は叫んだ。同時に。なにかとても奇妙で面倒なことが起こりそうな感じをその状況から受けながら、「ダメだッ! いますぐもどってッ!」
そうして――、
*
とそうして、佐倉八千代と木花エマは、街を見下ろすビルの上にいた。彼らが愛し住んでいたはずの街を。
そう。
そこはたしかに彼らが愛し住んでいた街だった。
向こうには駅が、うしろにはいつもの公園が、ビルやマンション、通りのかたちに変わった様子はなかったが、しかし、その通りにはごみが目立ち、街路樹は荒れていた。テナント募集の看板が増え、お店の飾り窓にはほこりがたまっていた。通りを行く人々に生気はなく、そもそも数も少なく、子どもたちはどこに消えたのだろう? 彼らのはしゃぐ声はどこからも聞こえて来なかった。
「エマちゃん?」八千代が訊いた。奇妙な肌寒さを感じながら、「ここ、私たちの街よね?」
もちろん、そこは彼女たちの街ではなかった。何故ならふたりは、ドリームウォークの中にいて、そこは山岸の家の祖母が見せている別の宇宙の別の石神井の街だったから。ただし、
「でも、こうなるかも知れないってことでしょ?」エマは応えた。通りの向う側を武装した男たちが歩いて行くのが見えた。「私たちがやり方を間違えれ――」
タタンッ、タタタタタンッ。
銃声が聞こえた。子どもたちのはしゃぎ声の代わりに。
(続く)
(注1)
以下、樫山泰士作品をあまり読まれていない方のための補足。『ブートストラップ』あるいは、どうしてここで、「はっきりした記憶ではなかったんだけど」と、タイムライン上は未来にいるはずのミスターが言ったのかについて。
そう。
普通に考えれば、過去の自分が経験したことを未来の自分は憶えているはずであり、仮に過去の自分と未来の自分が会ったなら、
「○○の時は※※のようなことが起きたんだよ」
と未来の自分は過去の自分に詳しく説明出来そうなものであるが、実は、これがそう上手くは行かないようになっている。取り敢えず、ここの世界観では。なぜか? それは、もろもろ面倒な部分を端折って書くと――、
*
1.この世界には『熱力学の第一法則と第二法則』と云うものがある。
2.この法則が言わんとするところ、それは約めて書くと、『閉じたシステムにおいては、そこに入れた以上のものを取り出すことは出来ない』ということである。
3.そうして、これは、『そのシステムの廃熱は、時間の経過にともない増大し続ける』ということを意味してもいる。
4.そうしてまた、物理学においては、『情報』も『熱』のひとつである。
5.つまりこれは、『時間が経過する→廃熱は増大する→情報は減少する』ということを意味してもいる。
6.そうして、それはつまりは、『インプットもなしにアウトプットを得ることは出来ない』ということを意味してもいる。
7.だから例えば、タイムマシンをつかって未来の自分を見て来た(未来の情報を得て来た)としても、『過去において、その「未来の記憶(情報)」は、アウトプットされない。なぜなら、時間が経過していないから』ということにもなる。
8.つまり、これをザクッとまとめると、『その人の未来の記憶は、その未来がその人に実際に到達するまでは、少なくともその人にとっては、はっきり想い出されることはない』という面倒なことを意味していることになる。
*
という大変面倒なことになり、この大変面倒な事象について、樫山泰士作品では代々、『ブートストラップ』と呼んでいるわけである。
であるからしてここで、記憶と食い違っている状況に遭遇した、タイムライン上は未来にいるはずのミスターは、「ブートストラップのせいで云々」と言ったし、彼が他のミスターたちに伝えている未来の記憶も、その未来が実際に来るか、あるいは『歴史の固定点』として固定化されるまではあやふやなままなのである。
え? だったらなんで、「なんてったってこっちは経験者だ!」みたいなことをミスターは言ったのか?
それはほら、あのひと基本ああいうひとだし、実際問題、結構おくれて登場したでしょ? そういうこと。




