その18
「それを再現するんだよ、今度は完全に。すべての宇宙をつかって」
それからしばらくして、山岸富士夫は右手を前に出した。彼の、天台烏山の話の内容は半分まゆつばで半分意味が分からなかったが、それでも何故だか惹かれる、真実を語っているような気にさせられる、そんな熱と語り口であったから。
「そうかそうか、分かってくれたか」天台烏山はそう言った。出された右手を握り締め、「君が引き継いでくれるなら安心だ」
先にも書いたとおり、彼、天台烏山は、自身の死期が近いことを予感しており、いま語った『仕事』の後任に富士夫を選んだのである。
理由?
それは彼にもはっきりしないが、ただ、その『仕事』の完遂には、富士夫の妹・まひろの能力が必要であることははっきりしていたし、また、こちらはまだ不明だが、彼の娘・祝部ひかりの能力も関係してくるかも知れない、そんな予感、予測があったのは確かなようであった。そうして――、
「富士夫さん?」
とそうして、そんな彼らの横でオフェリア・モンタルトは、声を出しそうになってすぐにそれを止めた。
彼女は、天台烏山の話を、富士夫以上のまゆつばと疑問符で聞いていたのだが、それ以上に不可思議だったのは、彼が天台の提案に乗ったこと、彼に握手を求めたことであった。
「富士夫さん?」
彼女はくり返した。声には出さず、こころの中だけで。彼の横顔は、まったく知らない男のそれのように見えた。
「いやいや、ほんとに安心だ」天台烏山は言った。「これで世界は我々――いや、君のものだよ、富士夫くん」
*
『女の子泣かしといて世界もクソもないもんだよ、まったく』
目を覚ましたひかりのそばに座っていたのは、アルミフレームのおばあさんだった。
『ああ、ようやく起きたね』彼女は言った。こちらを見ながら。ながい鼻とながい顎がまるで絵本の魔女のようだった。が、なぜだかそこに、怖さはなかった。『どうだい? すこしは落ち着いたかい?』
「おねえちゃんは……?」ひかりは訊いた。
起き上がろうかとも想ったが、きっと涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃのままだろう。そのまままくらに顔を沈めた。
『すこし、気をそらしてもらってるよ』魔女のようなおばあさんは答えた。『いい子だね、あの子も。こんな仕事させてちゃもったいない』
「仕事?」姉の――従妹の深山の仕事はたしか保険の調査員か何かだったと想うが……、
『富士夫も富士夫だが、本当に悪いのは、きっと天台の坊やだろうね』
「ふじお?」ひかりは訊き返した。顔をすこし上げた。「それって、山岸富士夫さんのこと?」
『あの子は昔から女心の分からない子でね』アルミフレームのおばあさんは答えた。
『色んなところに気をつかって、色んなひとに優しくしようとして、結局、いちばん大事なひとを、いちばん大事なときに傷つけちゃう。まったく誰に似たんだか……』
「あの」ひかりは訊いた。ベッドの上に起き上がり、「あなたはいったい……?」
『ああ、そうそう、そうだったね』ながい鼻とながい顎のおばあさんは答えた。『あたしの名前は山岸咲子。話せば長いし面倒なんだが、要はあんたのひいおばあちゃん――あんたと同じ、魔女のひとりさ』
*
ペキ。
と足の小指の骨が折れ、
ッッッ!!!
と彼は、声にならない声を上げた。しかも、
ブゥォンッ!!!
とここで、『壁』の出口が実体化。その真横にいたもんだから、
ブンッ!!!
と彼、灰原神人は、実体化で出来た位相のズレと圧縮空気に、その長身を吹き飛ばされ、
バンッ!!!
と反対側の部屋の壁(こちらは現実の部屋の壁)に激突することになった。すると続けて、
「おい! 遅いぞ!」と叫ぶ赤毛の声と、
「遅くなんかない! 時間どおりだ」とそれに応える赤毛の声が聞こえた。「なんてったってこっちは経験者だ!」
変わらず部屋はうす暗かったが、『壁』は中から光を放ち、開け放たれた穴からは、新鮮な空気と赤毛(いまここに来た方)、それに、
「え? え? なんで?」と戸惑う山岸まひろの声が続いた。「ひょっとして、あちらの方もミスターさんですか?」
がしかし、彼女の問いに答えるよりはやく、
「ダメだ! 下がって!」と赤毛(もともと部屋にいた方)は叫んだ。何故なら、
ドゥォン!
と極端に圧縮された空気の塊、あるいは空間位相のズレが彼女を襲ったからである。
「まひろくん?!」と赤毛(こっちは後から来た方)はふり返った。が、
ドンッ!
とすでに彼女は、反対側の部屋の壁へと弾き飛ばされていた。なぜなら、
「やあ、お嬢さん」と灰原神人がその能力を彼女に向けたからである。「またあんたか」
文化祭で出会った彼女を、彼は憶えていた。彼は訊いた。
「あのとき消えたのもこれか?」
一応補足しておくと、まひろは以前、先名かすみが殺害された高校の文化祭で、灰原神人から祝部ひかりを救うため、ほぼほぼ無自覚無意識に、『壁』を発動、そこを通って彼から逃げ出したことがあった。灰原は続けた。
「これがあんたの能力か?」ふらつきながら立ち上がり、「空間を歪……いや、別の相につなげ……?」
と一瞬、『壁』に目を奪われたのだが――これがまずかった。と言うのも、
ヒュッ!
と床に落ちていたイスが彼に飛びかかり、続いて、
フュッ!
チュッ!
チュチュッ!
とイスと同様、床に落ちてた細かなもの――折れた鉛筆、ガムテープ、千切れたロープやガラスの欠けら――が彼を襲ったからである。が、もちろんこれらは、
「なに?」と彼を驚かせることはあっても、「モノも動かせるのか?」
ブゥン!
と彼が周囲の空気を反転、うすい球状の振動壁のようなものを作れば簡単にかわせるものであった。であったので、
「モノだけじゃないですよ」
とつぶやくまひろが放った衝撃波、強力な空気の振動までは意識が届かず、彼、灰原神人は、まともにそれを喰らうことになった。
ドンッ!!!!!!
さて。
すでにお気づきの方もいるかと想うが、ここでまひろは三つの、いや四つのちがう能力を同時に使っている。
ひとつは、いまそこに見えている『壁』の能力。
ひとつは、現在失踪中の安堂夏彦の能力をコピーしたサイコキネシス。
ひとつは、たったいま灰原が見せた能力にも似た空気を操作する能力。
ひとつは、さきほど灰原の攻撃を無効化、自身の身体を守ったフォースフィールド生成能力である。
「まひろくん?」とおどろいたのはミスター(もともとこの部屋にいた方)である。
話はミスター(後からこの部屋に来た方)からぼんやり聞いてはいたものの、まさかここまで強力かつシームレスに発動するとは想っていなかった。そうして、
「ミスターさん?」と、まひろはまひろで引き続きおどろいていた。
なぜなら彼女は、ミスター(こちらも後から来た方……って、ああ、もう、ややこしいなあ)の言動から、嫌な予感はしていたものの、まさか実際、ものすごく奇妙で面倒な人物がふたりも同時に、目の前に並ぶとは想ってもいなかったからである。そうして、
「クッソ!!!!!」と、こちらはこちらで、灰原神人はおどろき叫び怒っていた。
なぜなら彼は、能力の複数所有、複数使用が出来るのは自分だけだと想っていたし、彼よりも彼女の方が強力かつ自然に複数能力の使い分けが出来ているように見えたからである――これでは自分が一番に、たった一人の人物になれないではないか。
そう。そのため彼は、
「なんだッ! おまえはッ!」
と、まひろに襲いかかることになる。やられたからと言うよりは、
「そいつもッ! よこせッ!」
と、彼女と彼女の能力を奪い取るために。
(続く)




