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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十八話「それでは、いい知らせをいくつかと、わるい知らせをいくつか。」
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その17

 そうして、赤毛のミスターからしてみれば、自分の正体なんてものは自分で分かるはずがない、とそう想っていた。なんだかんだで500年以上生きて来たが、結局見付かっていないのだから、と。そう。だから彼は、


「結局、あなたは誰なんですか?」


 みたいなことを訊かれても、ただただ笑ってごまかすか、首をひねって逃げ出すか、あるいは、


「僕はミスター。それ以上でもそれ以下でもない。ただのミスター」


 と正直なこころのうちを語ることにしていたのだが、しかし、この回答に納得しない人種というのは往々にしてあるもので、例えばいまも、


「あなたも能力者?」


 とか見当ちがいなことを訊いて来たり、いくらそれを否定しても、


「本当に?」


 と更に重ねて訊いて来やがる。しかも、


「本当に……?」


 とシリアス顔で執拗に。


 だから違うと言っているのに。


 ひとの話を聞かないタイプだな、こいつは。


 とかなんとか想わされることにもなる。そうして、


「何者? なんですか?」と最初と同じような問いがくり返され、「いったいあなたは?」


 仕方がないのでこちらも――しっかし遅いな、あの野郎――壁に押し付けられ息も苦しいのに、


「だから言っただろ?」と同じ答えをくり返すことになる。小さな子どもを諭すように、「僕はミスター。ただのミスター」


 がしかし、この偽らざる答えも、相手の男には届かなかったのか理解が難しかったのか――たぶん後者であろうが――男はそこで沈思黙考。こちらのことなど見ていない。そのため、


「しっかし遅いな、あの野郎」


 とこころの中でミスターが七回ほど毒づいた後、


「ああ、うん。そうだな」


 とこのバカ野郎、ようやく考えがまとまったのか、ミスターに向けているその右手を――それはつまり、彼が操っている空間位相をという意味だが――、


 くっ。


 と軽く、ミスターの首を曲げる方向に、曲がらない方向に曲げる方向に、ゆっくり動かし始めた。


「は?」


 と、ふたつの意味で戸惑いいきどおったのはミスターである。


 たしかに。


 こちらも彼をだまし椅子に縛り付けたりしたのだから、それに怒っているのは当然だろう。が、だからと言って、そっちが振って来た会話が終わってもいないうちに、こちらの首をへし折って終了というのはあまりに紳士的ではないではないか。


 しかも、それに加えて、『あいつ』から聞いた話どおりなら、ここで自分が死ぬはずはないし、こんなに苦しかったとも聞いていない。


『自分の敵は自分』


 は流石に言い過ぎかも知れないが、とにかく本当に、自分のことは分からない。なんだかんだで500年以上生きて来たが結局見付かっていないし、たまに自分たち同士で集まって議論したりもするが、最後はグッダグダのチャランポランになるか、つかみ合いのケンカになるだけである。


 僕が誰かって?


そんなの分からないし、こいつは話を聞かないし、身体は動かせないし、息は苦しいし、首はいまにも折れそうだし、なんでッ! あいつはッ! 現れないんだよッ!


 と、そうして――、


 ペキ。


 と小さな音が、うす暗い部屋のなかで響いた。


 がしかし、それは彼の首が折れる音ではなかった。


 そう。


 それは『壁』だった。


 突然そこに現われた不思議な『壁』が、いきおい余って、灰原神人の左足小指を踏んでしまい、その小指の骨を、


 ペキ。


 と折ってしまった音であった。


 突然、なんの前触れも伏線もなく現れた『壁』が。


 伏線があったとしても、今話の(その1)で、


「で、くり返しになるけど、次に『呼ばれる』ときは、君をのこして行ったりはしないよ」


 みたいなことをミスターに言わせておいただけの、あの『壁』が、


「何故なら次の場所へは、君も連れて行くことになるだろうからね」


 と作者も忘れかけていたこの『壁』が。


 そう。


 つまり先ほどからミスターが、


「しっかし遅いな、あの野郎」


 と言っていた『あの野郎』とは、彼にしてもよく分からない、信用おけない、何者なのかも分からない、彼自身のことであった。


 そうして――、


     *


 とそうして、天台烏山にしてみれば、この世界と言うか宇宙と言うか、いま現在いるこの場所は、あまりに腐って、汚れて、狂っていた。


 さっきのテレビの三狂人は、その氷山の一角でしかない。


 彼がその能力で(正確に言えばその副作用で)見て来たものに比べれば、彼らは癇癪持ちの子どもでしかない。


 権力は人をダメし、権力に抗う人間も、運がよければ、権力を持ちダメになっていく。


 貧乏人は金持ちになりたがり、金持ちは王侯貴族になりたがり、王侯貴族は世界の王になりたがる。


 そうして世界の王とやらは、何事にも満足出来ず、その地位にすら延々恋々し続ける。


 離れがたく、その地位に残るためならなんでもやって何にでもなる。


 不正選挙は当たり前、ライバル暗殺朝めし前。


 民衆間の憎悪をあおり、誇張ではなく生き血をすする。


 年寄りはダメだ、若い方がいい。


 利権のためには、海を汚そう、森を消そう。


 とかく高価な戦争兵器。人殺しの機械と機会と議会を作って輸入し輸出し新商品開発にも余念がない。


 人口が増え過ぎたんだろ?


 減らせばいいじゃないか。


 ほらほらそこに弱い奴らがいる。


 悪いのは自分ではない。


 弱いのにそこにいる奴らの方だ。


『第三次大戦のシナリオライターは?』


 ひと声かければ数万人が手を挙げる。


 どいつもこいつも世界の終わりを望んでる。


 神はけっして『審判の日』を起こさない。


 自滅するのを知ってるからだ。


「どうせそうなら自分の手で」


 どいつもこいつもそう望んでる。


 地球も自然も対象にして。


 喰らい尽くそう、むさぼり尽くそう。


 その日がくればチャラになるなら、喰らいついたもの勝ちだ。


 くそったれ。


 え? なに? 話が抽象的すぎるって?


 はっ、ばかばかしい。


 具体的なものを書きつづったら、ページがいくつあっても足りないじゃないか。


 バベルの図書館が七棟あっても足りない。


 ああ、そう、それに、具体的なものは書いても見ないよ、あんたらは。


 自分に都合のいいものしか見ないし見えない。


 都合のわるいものが目の端にでも入ろうものなら、必死でそれらを否定か削除かなかったことにするんだからな。


 いったい何をまちがった?


 行き過ぎた資本主義か?


 民族主義か?


 自国ファースト?


 お前の中に**の血が流れていないとする根拠は?


 兵器開発のせいか?


 ドローンに水爆、鉄格子。毒ガス、飛行機、ライフル銃?


 いやいやいやいや、待て待て待て待て、そんな高尚高級なもの、なくてもお前ら人殺し。


 そこの石でも拾ってガツン。相手はお前の弟かもな。


 いったい何をまちがった?


 自信の身を守らなければならないから?


 ピストルを持とう!


 皆の平和と生命、財産を守るために!


 老いも若きも男も女も! 皆がみんな、お腹の中の赤ちゃんも!


 公衆衛生の充実や弱者救済はインフレを誘発する。


 武器の製造、輸出、販売はインフレを抑制する。


 民主制より独裁制の方が政治はスムーズだ。


 強いリーダーが必要だ!


 左は弱い。みんなを守ろうとするから。


 右寄りのリーダーを選べ!


 国を守る武器は多ければ多い方がいい。


 そうだそうだ!


 即座に発射可能な核ミサイルが必要だ。


 そうだそうだ!


 子供たちの明るい未来のために!


 そうだそうだ!


 産業廃棄物は有害ではなく、核廃棄物も有害ではない!


 あらゆる感染症は弱い人間を淘汰するためのものである! 強い人類を残すための必要悪である!


 益は大きく害は少ない。消えて行くのはよわい奴らだ。


 さあ皆さん!


 データを隠して口を閉じろ!


 最優先は経済活動ではないのか?!


 そう。


 完全自由経済の下では企業は何をしたっていい。


 賄賂をやっても貰っても。


 従業員は使い捨てにするべきだし、


 環境はバレない程度に滅茶苦茶にすればいい。


 顧客をだまし、価格を操作し、


「いやならいいです。他国へ行きます」


 民を脅かし、経産省をバカにする。


 政治家? 金の力で黙らせろ。


 望んだのは奴らで、それこそ自由経済だ。


 貧乏人は努力が足らず間違いを犯している。


 だから貧しいのだ。


 奴らにもっと制裁を。


 国が国民の面倒をみる?


 そんな必要はない。


 公助よりも自助を。


 いつかのトップもそう言っていた。


 自由競争が彼らを面倒みてくれる。


 それこそが自由競争社会だ!


 自由競争社会バンザイ!


 いったい何をまちがった?


 間違っていたのは放置だ。


 悪意の放置。


 悪徳の放置。


 無責任の放置。


 等々など。


 それらはもう止まらない。


 止まるはずがない。


 加速がつきすぎた。


 たまりにたまり過ぎた。


 大がかりな手術が――浄化が必要だ。


「浄化?」


 とここで山岸富士夫は訊き返した。あまりにも抽象的な、あまりにも取り留めのない話の中に、何故だかその言葉だけが、彼の耳に引っかかったからである。


「浄化だよ、富士夫くん」


 天台烏山は答えた。嬉しくもなければ興奮してもいないが、何故だかそこに希望があるように、


「そこで、まひろくんが必要になる」


「は?」突然、意外な名前が出た。


「彼女はやっているんだよ、一度、それをね」天台烏山はほほ笑んだ。「完全なものではなかったんだろうが、それでもね」


 こちらに身を、乗り出しながら、


「君は憶えていない。私も憶えていない。きっと誰も憶えていない。当人すら憶えていないかも知れない。が、それでも、一度、『壁』をつかって」


 それを再現するんだよ、今度は完全に。すべての宇宙をつかって。



(続く)

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