その14
さて。
これまで何度も説明して来たとおり、多元宇宙は存在し、それらはそれぞれ独立系で、互いに行き来することは出来ない。本来ならば。
そうして、これもこれまで何度か説明して来たとおり、そんな本来行き来出来ない宇宙と宇宙の間を行き来する方法もいくつかはあった。
『壁』にはいって中を掘ったり、『窓』を開いてそこに飛び込んだり、何らかの科学的装置で抜け道を作ったり。
そうしてまた、これは今回はじめて書くことだが――と言うのは最近、私も例の魔女・山岸咲子から聞いたばかりのネタだからだが――そういう超空間的、超科学的方法とはまた違った宇宙間ジャンプの方法があるそうで――うん。彼女の説明を聴いてみよう。
『まず本来、あらゆる物体、空間、事象は、確率軸に沿って連続的に変形、変質していくわけだけど、どうやらこの石神井の町では、なんだかすこし様子が違う』
他にも同様のエリアがあるのかないのか知らないが、時々、特に石神井公園のあたりで、連続的な変化の中に、不連続的な変化の存在を感じることがある。
『それは言ってみれば、まっすぐな平野に突然断層が現れる感じなんだ。しかもそいつは奇妙な“くんにゃらがり”をしていて、そのせいで現れたと想ったら消え、消えたと想ったら忘れたころにまたひょいと現れる』
ただ、それでも、それらは単発の断層と言うよりは、なにかひとつの断層線のようなつながりを持っており、
『その断層線では確率的存在がいくつか抜け落ち大変不安定であるがゆえ、それを埋めようとしたのか、いくつかの宇宙が重なり合ってはその不安定さを補填、安定するように努めているんだ』
これが、彼女の言葉を借りるなら、『多重層エリア』で、そこでは当然、確率的な壁が薄く、なんなら埋め切れていない断層もいくつかあり、そこを通れば、それら宇宙を自由に行き来することが出来る――と言うことになりそうなのだが、
『ただ、その抜け道は細くせまく、とても物体なんかは通せない。通せるとしたら、記憶や魂、意識のみ』
なので、そこを通って、別の宇宙へ意識を飛ばすこと、飛んだ先で仮の肉体 (のようなもの)を作り意識をそれに移すこと、それを咲子さんは『ドリームウォーク』と呼んでいるそうなのだが――って、それがどうして『時の魔法』?
『ああ、それはね――』
と言ったところで――、
*
『これからふたりには、この宇宙のひとつに飛んでもらうよ。その宇宙の未来にね』
と言ったところでこちらは、時間も場面もグイッと戻った石神井公園氷川神社。咲子さんが八千代ちゃんとエマちゃんに『最終試験』とやらを課そうとしているところである。彼女は続ける。
『そこで見たもの、聞いたもの、それらに耐えられ止まれるか、それでも一歩を踏み出せるか、それをふたりに試してもらう』と。
それから彼女は、問題の『ドリームウォーク』の概要を軽くふたりに説明し、
『どうだい? 理解出来たかい?』
と訊いたがしかし、そう訊かれたところでエマはしがない美大生、八千代は生まれついての文系脳で、『確率軸』のあたりでクエスチョンマークの乱れ打ち、理解出来たかと問われれば、それはまったく、
「ちょっと、なに言ってるか分かんない」状態でしかなく、
『なんだい分からなかったのかい?』と続けて訊かれても、
「あ、いえ」と先ずは八千代が、「なんとなく? 別の宇宙? に行くのかなあ? くらいは分かりました? けど……?」
「確率がどうとか?」と続けてエマが正直に、「そのへんよく分からない上に、最後にいきなり『その宇宙の未来』って言われて余計に「うん?」って感じでして……」
「未来なら、ミスターさんの道具じゃダメなんですか?」
と重ねて八千代が訊き返すことにもなるのだが、そう。実はそれではダメなのである。と言うのも――、
「僕のタイムトラベルベルトはあくまで『この宇宙』の時空間移動用だからね」とここでミスター。作者の話をうばいながら、「いまの君たちをこの宇宙の未来におくって、なにかしらの『歴史の固定点』を作られては困るんだよ」
彼はいままで、別の場所で、ドリームウォーク中の彼女たちの身体を保護し、かつ、飛ばされた意識が身体と切り離されないための道具を作っていたのだが、
「石橋さんの預言や八千代ちゃんの夢も含めて、いま現在、この宇宙の未来はまだ未確定であやふやとしてるんだけどさ」と言って彼女たちにその道具――なにやらシリコン製のリストバンドのようなもの――を着ける。「そうしてこの“あやふや”こそが希望でもあるから、それは壊したくないんだよ」
そこで、『ドリームウォーク』。
「宇宙は可能性の数だけ存在する。右に行ったり左に来たり、そこの扉を開かなかったり開いたり、あるいは、『もしも間違いに気が付くことがなかったのなら?』そういう違いの積み重ねでも宇宙の数は増え続ける。そうして、それら宇宙の中には、その宇宙の僕らが間違った選択をし、それがすでに『歴史の固定点』として決定、動かせなくなっている宇宙だってある。もちろんね」
そうして、咲子さんの『ドリームウォ―ク』なら、それら宇宙のバランスを崩すことなく、その宇宙を観察、帰って来ることも出来るし、
「歴史が固定されている範囲なら、過去も未来も自由に行ける」
そうそう――って、あ、それで『時の魔法』でもあるわけか。
「そう。この宇宙によく似た宇宙の過去や未来を好きに見ることが出来れば、この宇宙の過去や未来も、その近似値として考えることが出来るからね――」
とここでミスター、先ほどから作者とばかり話していることにハッと気付くと、
「とまあ、そんな感じなんだけど」と改めて八千代とエマに向きなおった。「ここまでは大丈夫かな?」
がもちろん、こんな面倒な話を
「はい、なるほど、そうですね」
とふたつ返事で理解する方がおかしなわけで、これにはふたりがふたりとも、
「はあ……」
と同時に、いよいよ疑問符まみれで応えるのであった。
「すみません、やっぱり――」
「やっぱりよく分からない?」
「と言うか全然――エマちゃんは?」
「私に訊かないでよ、こちとら頭のわるさには定評あるんだから」
うん。まあ、それもこれも作者が、色んなことのつじつま合わせに設定盛り込み過ぎたせいでもあるのですが――、
『まあまあ、いいじゃないか、むずかしい話は』
とここで咲子さん。もろもろの準備が終わったのか、それともしびれが切れたのか、
『このバンドが依り代かい?』と先ほどミスターが着けた彼女たちのリストバンドを確認する。『ならいいだろ。論より証拠。先ずはその目で見るのがはやいよ』
となにやら呪文をブツブツブツ。
「え?」と戸惑う八千代や、
「ちょ、ちょっとまだこころの準備が」とのエマの言葉も馬耳東風、
『718の6230』ふたりのバンドをなでながら、『それらの中のどれだかひとつ』そのまま呪文を続けると、『時はいまより、**年と**時間のち――』
パシュっ。
とかすかな光が彼らを覆い、
パタン。
と続けて八千代とエマ、ふたりの身体がそこに倒れた。
そうして――、
*
そう。
そうして山岸富士夫は、立会人の女性の指示で、ひとり、従業員用のエレベーターに乗っていた。一階まで下りると、そこにいたのはいつかの外国人女性だった。
「おひさしぶり」彼女は言った。うつくしい白バラのようなドレスを着ていた。「あなたを殺さずにすんでよかったわ」
いや、顔も身体もよく似ていたが、あの夜出会った女性とは明らかにちがう人物だった。彼女は続けた。
「気付いてくれてうれしいわ」富士夫の手を取ろうとして、すぐにその手を引っ込めた。「でも、おぼえてはいないようね」
それからしばらく、彼は彼女を見詰めていた。が、遠いとおい、さらにとおい昔を想い出させるには、彼らはあまりにも遠くへとたどり着いていた。
「失礼ですが」男は問いかけ、
「こちらです」女はそれをさえぎった。「私は、あなたを案内するようにと」
そうしてふたりは、暗くてほそいホテルの廊下を、すこし離れて、奥の方へと向かって行った。
(続く)




