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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十八話「それでは、いい知らせをいくつかと、わるい知らせをいくつか。」
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その13

 置き去りの馬と月面のピクニック。


 ミスターはかつて助けた男性のことを想い出していた。


 それは、いつもの如く修道士に飛ばされた先でのことだった。


 西暦で言うと1968年か1969年。問題の男性を乗せたチャーター機がいままさにアメリカ/カナダ国境からほど遠くないなんとかという山の山頂に激突しようとしているとき。


 男性の他に乗っていたのはパイロットと副パイロット、それに男性の同業者二十八名。


 助けて良いのはひとりだけ。


 結果的には男性以外にもうひとり、副パイロットも助かるのだが、彼は放っておいても生き延びるので、ミスターに課せられたのは、目標の男性ひとりを助け、残りの二十九名を見殺しにすることだった。


 悲鳴と爆発と炎上。山には深い雪が積もっており、いつものことだが修道士たちはギリギリの時間に彼を送り込んでいた。男性は雪の上へと放り出され、スキーに来ていたオーストリア人にふもとの病院まで運ばれた。


 そこは、こじんまりとした私立病院だった。


 男性は、意識は保っていたものの、頭蓋骨を骨折していたので、緊急の手術を受けた。もちろん手術は成功したが、この時代の地球の技術でこのまま意識が回復するのは不自然だろうと考えたミスターの判断により、男性はそれからしばらく意識朦朧、夢の中を彷徨うことになった。


 が、このときの判断をミスターは少しく後悔している。


 何故なら病院は混んでいて、眠り続ける男性は個室に入れず、どこかの大学教授と病室を分け合うことになったからである。


 そうして、この大学教授は、言うなれば時間と歴史の重みがまったく分からないくそったれの歴史学者で、要は彼の地の空軍予備役退役将校であった。広島・長崎への原爆投下やドレスデンへの爆撃実行を正当化するために僅かばかりの脳みそをフル回転させるような最低のくそ野郎であった。


 そうして、問題の、眠り続ける男性は、連合国の捕虜として、ドレスデン爆撃に遭遇したうちのひとりであった。


 以下は、男性が夢からめざめて後、姿を消して彼に付き添っていたミスターが聞いた、そんなふたりの対話である。


     *


「あれはやむをえなかったのだ」教授が言った。


「わかっています」男性はこたえた。


「それが戦争なんだ」教授が続けた。


「わかっています。べつに文句を言いたいわけではありません」男性はこたえた。


「地上は地獄だっただろう?」


「地獄でした」


「あれをしなければならなかった男たちをあわれんでくれ」


「あわれんでいます」


「地上にいたあんたは複雑な気持ちだっただろうな」


「いいんです」男性はこたえた。「なんであろうといいんです。ひとはみな、自分のするべきことをしなければならないのですから」


     *


 ミスターには、彼ら未開人の言っている意味がよく分からなかった。自分たちではじめておいて、『あれをしなければならなかった』もくそもないではないか、そう考えていた。間抜けなサルの末裔どもが。と、そう考えていたのである。


 そうして――、


     *


 バヂッ、

 バヂヂヂヂ、

 バヂッ。


 とそうして、ミスターのレンチが、灰原神人の夢を覚ませた。


「目的は?」だしぬけにミスターは訊いた。彼の目かくしと口のテープを乱暴に剥いで、「君の目的は?」


「目的?」灰原神人は訊き返した。朦朧とする意識のまま、「――なんの?」


 バヂッッ!!!


 と、ひときわ強烈なソニックが彼の首筋に当てられた。


 グッ!

 と彼は低いうめき声をあげた。が、


「目的だよ」と、それには構わずミスターは続けた。「“彼ら”を殺し能力をうばった理由、目的、どうして、何のためにそんなことをしたのか?」


「あ……?」ふたたび彼は訊き返した。痛みと痺れで声は震えていた。「な……んのこ……」


 バヂッ!!


 とみたび、更に強力なソニックが彼の首筋を襲った。今度はうめき声も出なかった。ミスターは続けた。


「おいこら、未開人」と明らかにいつもと違う口調で、「この後におよんでとぼけるつもりか?」


 先にも書いたとおりミスターは、彼、灰原神人が、何人もの転生者たちを殺し、その能力を自身のなかに取り込んでいることを理解していた。


「あ、ああ……」灰原神人はそれを認めた。むずかしい話は分からないが、「た……しか、に……彼ら……を殺……しまし……たよ」


 がしかし、それでも彼にはミスターの質問の意味がよく分からなかった。『目的?』彼の目に疑問符が浮かんだ。答えを待ち切れなくなったミスターが続けた。


「うばった能力に一貫性はなく、狙ったひとたちにも能力者という以外の共通点はない。本来ひとが持てる能力はひとつまで。どうやってそれらを、いや、君の身体そのものを保てているのかも分からないが、これはかなりの負担になっているはずだし、ひとつ間違えれば、君を中心にこの宇宙は崩れはじめる」


 それは君も体感で理解しているだろう? そうして――、


「にも関わらず君は、そのために何人もの――中には小さな子どもいたんだぞ?――何人もの人々のいのちをうばい、そうして更に、君自身の身体をも危険にさらしながら、もっともっと誰かの、なにかの能力を奪おうとしている。そうだろう? であれば――」


 であれば、なにか大きな目的が、そこまでするためののっぴきならない理由が、君にはあるはず。そうだろう? そうして、それが分かれば僕も――とここでミスターは素早く言葉を切ると強く目を閉じ首を振った。


『怒りを謳え、女神よ』?


 いや、けして怒りに囚われてはいけない。が、しかし、それでも、しかし、


「しかし!」ミスターは続けた。しぼり出すように、「どうしても分からない!」


「どうしても、分からないんだ」と、彼は続けた。「――君はいったい、なにを望んでいるんだい?」


 そうして――?


 そう。そうして沈黙は起きた。沈黙が起きて、しばし続いた。ながい、ながい、ながい沈黙が。


「は?」と先に声をあげたのは灰原神人だった。「僕ののぞみ?」


 彼は、彼らの間にある決定的な壁、断絶、認識のずれに気付いたからである――なるほど、ミスターさん。


「なるほど、ミスターさん。あなたは確かに善人ですね」とまるで彼を憐れむように。


「僕ののぞみ?」とまるで自分を見下すように。


 先述の大学教授の言葉、あれはやはり嘘であった。


『あれをしなければならなかった』?


 バカバカしい。


 彼らはただただ、彼らを殺せるから殺しただけである。


 奪えるから奪った、殺せるから殺した。


 適当な理由と大義名分をでっち上げ、喜び勇んで、陽気な歌でもうたいながら、軽くスキップでも踏みながら。


 何故ならそこには、自分よりも弱い人たちがいたから。


 何故なら彼ら、いや我々人類は、愚かなサルの末裔だから。


「ふん」灰原神人は答えた。「のぞみはないよ、クソったれ」


 しばられていた彼の両手と両足は、すでに、確率的位相をずらし縄をすり抜けていた。


「最初っからね」


 そうして――?


 ドンッ!


 とそうして出し抜けに、空気の固まり、あるいは空間位相のずれがミスターを襲った。


 バンッ!


 と彼は、その部屋で一番ふとい柱へと飛ばされた。柱の角が、丁度ミスターの額に当たった。


「『怒りを……」灰原神人はつぶやいた。


「『怒りを謳え……」ゆっくり、自身の足場を確かめるように、


「『怒りを謳え、女神よ。』」



(続く)

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