その11
山岸富士夫は、初対面の人物、特に初対面の女性とふたりきりにされると直ぐに居心地が悪くなってくるたちだった。が、この日の彼にとってその初対面は『居心地が悪く』なんて生やさしいものではなかった。
足もとの絨毯がさらさらとした砂へと変わり、そのまま彼を身体ごと引きずり込むような、あるいは、その自身の身体こそが砂のかたまり、あるいは塩で出来た柱となり、彼女に触れられたら最後、その場に崩れ落ちるのではないか? と、そんな想像すらさせてしまう初対面であった。のどがつまり、呼吸はあらく、手のひらと背中を大量の汗が流れていくのが分かった。幸いだったのは、彼の顔と態度には不愛想が染みついており、相手にそのことを、彼が動揺し切っていることを、気取られる心配が少ないということだった。
『相手の素性を詮索しないこと』
と言って直前に追加された天台側の指示――これが面会が遅れた理由かも知れないが――は奇妙なものだった。
ただただ目の前の少女と会い、いくつか会話を交わすこと。天台側の立ち会い人はひとり。彼をここまで連れて来た金平瑞人はどこかへと消えたまま、代わりに、少女を連れて来た女性が、出口付近に立ったまま、彼らの様子を眺めていた。
「はなし? ですか?」ようやく富士夫が口を開いた。ふるえる声をどうにか抑え、少女と女性のふたりに向かって、「とは言っても、いったいなにを?」
こんな少女と共通の話題などないとでも言いたげな様子で。すると、
「あの」と先ずは少女が、彼女の方から彼に何事かを伝えようとしたのだが、
「そうですね」とそれを牽制、さえぎるように、「まずはおふたり、お座りになられては?」
と出口付近の女性は言った。セリフの端々に少女を諭すようなトーンが含まれていた。
そうして――、
*
「ふーーーーーん?」
とそうして、そんな彼らの様子を深山千島は観察していた。隣の部屋のベッドの上で。隠しカメラのレンズを通して。
「いったい、なにが目的なの?」と慣れない形のワンピースに身をくねらせながら、「“なにかあれば”ってなにがあるのよ?」
彼女は、富士夫に新たな要求が追加されたのと同様、彼らの面会直前にホテルに呼び戻されていた。
『なにかあれば直ぐに介入、ふたりを無効化、記憶も消すように』
とかなんとか。たしかに。こんなホテルでひかりの能力が発動、活性化あるいは暴走でもすれば、色々と問題も出て来るだろうが、その為に会社から自分とは違う能力者をひとり立ち会わせているわけだし、そもそも現在、深山の力で、ひかりの脳は自身の能力に関する記憶を呼び戻せるようにはなっていない。
「なにをそんなに気にしてるの?」
突然の計画変更も含め、どうにもよく分からない状況だったが、そう言えば、
「“ふたりを無効化”ってのもよく分からないわよね」
今回の面会に際し、彼女も富士夫の資料はひと通り読んではいたが、その、ひかり向けとは違うより詳細な彼の記録書類では、彼・山岸富士夫に深山たち転生者のような特殊能力はない旨がはっきりと示されていた。
「ないものを無効化?」
そうつぶやき彼女は首を傾げたが、結局こたえは出なければ考えもまとまらず、考えがまとまらない理由に想い至って彼女は小さく舌を打った。ひとつ。
「全然っすよ、部長」モニターに映るひかりの顔が、彼女にはあまりにつら過ぎたからである。「ぜーんぜん、部長の圧勝っすよ」
ひかりの顔は、ようやく会えた実父に対する期待と興奮で上気しているようだったが、彼女・深山千島にしてみれば、それらひかりの熱量は、願わくば、彼女の育ての親・祝部優太との再会のために取って置かれるべきもののように想えていたからである。
「部長の方が、ぜーんぜん、ひかりちゃんのお父さんですよ」
そうして――、
*
「大丈夫ですか? 先生」
そうして、夢から覚めた伊礼が見たのは、先ずは事務所の天井であり、次には優太の顔の剃り残しであった。
「どれくらい?」伊礼は訊いた。彼の顔の剃り残しを不思議に想いながら、「どれくらい寝ていましたか?」
「時間的にはそれほど」優太は答えた。「10分経つか経たないくらいですが」と後ろの牧師に確認しつつ、「ただあまりに苦しそうで、ほら、汗も大量に」
「10分?」伊礼は訊き返した。
預言の中で彼は、一連のシークエンスをくり返し見せられていた。街が燃え、『壁』が現れ、人々が飲み込まれ、爆発、混沌、そうして、そこの壁にもたれて亡くなっている自身の姿を。くり返し、くり返し、くり返し。
「10分?」ふたたび伊礼はつぶやいた。今度は問いと言うよりは、自身の感覚を修正させるために。「それは……もっと……」
これまでにも、同じ預言をくり返し見ることはあったが、今回のように、一回の眠りの中でくり返されたのは初めてだった。自身の死を見たからなのか、それとも――、
「先生?」ふたたび優太が訊いた。「大丈夫ですか?」
「え? ああ、すみません」伊礼は応えた。寝ていたソファからゆっくり起き上がり、「実は……」
*
「預言が変わっていた?」
「ええ、はい。それもかなり」
それから五分ほどがして、彼らは、事務所の打ち合わせスペースに座っていた。間にローテーブルをはさんで。伊礼の正面には優太が、優太の右隣りには例の牧師が、頬のこけた顔で伊礼をジッと見詰めていた。
伊礼は、今回の夢で見た預言を――自身の死は隠したまま――彼らに伝えた。炎に包まれた街、現れる無数の『壁』、逃げまどう人びと、そうして――、
「3~4人?」とここで優太は訊き返した。「たしか以前は――」
「ええ、ひとりでした」伊礼は答えた。「人物は特定出来ませんでしたが」とここでも少しウソを吐き、「ひとりであることに変わりはありませんでした」
それから彼は、すこし押し黙ると、その爆発、現象の中心にいた人物たちのことを想い出そうとした。3人あるいは4人。
最初のふたりはすぐに見当が付いた。山岸まひろとその兄・富士夫だ。なぜなら彼らは、曖昧ではあったが、これまでの預言でもそこに出て来たことがあったから。
次のひとりは印象がダブり、ふらついていた。彼は、ときには気の弱い青年のように見え、ときには例の殺人鬼――先名かすみ殺害事件の預言で見たあの男――のようにも見……いや? 前者の彼は以前の預言で、街やひとを燃やしていた彼ではないのか?
そうして最後のひとり、その少女には見覚えがあった。たしかに。
彼女は華奢で、すこし背が低く、高校生くらいだろうか? ひとのよさそうな顔を、どこか暗いものに……そう。たしかに伊礼は、彼女の顔をどこかで見ていた。しかし、一体どこ……
「石橋先生?」心配そうに優太が訊いた。もう何度目か忘れたが、「大丈夫ですか?」
「え?」と伊礼は顔を上げ、「ええ、はい、大……」そう言いかけて口を閉じた。優太の顔をジッと見た。
「先生?」優太が訊いたが、それは無視した。
何故なら、預言の中の少女と、彼の顔には、そのひげの剃り残しには、なにか強い関連、きずながあるように、彼には想えて仕方がなかったからである。であるが、
「先生?」と今度は、優太ではなく例の牧師が、いままでひと言も喋らなかった例の牧師が、「大丈夫ですか?」とつぶやき彼に訊いて来た。
すると伊礼は、不意に、なぜだか、優太と少女の関連について考えるのやめ、いや、関連があるとは想えなくなり、そのまま、自身の死の場面は隠したまま、彼らに預言の続きを教えた。
「女の子?」当然優太は伊礼に訊いたが、「それはどんな?」
「たぶん中学生か高校生だと想うのですが――」と伊礼はそのまま、預言で見た彼女の外見だけを伝えた。
そう。皆さまご記憶のとおり、彼・石橋伊礼は、例の文化祭の一件で、問題の少女、祝部ひかりの写真を、小紫かおるから見せられていた。が、ここで彼は、何故だかそれを想い出すことが出来ず、優太は優太で、聞かされた少女の特徴から、彼の娘を想い出すことはなかった。
ただ、ほんの少し、胸がいたみ目頭があつくなったりはしたのだが、それがなにかも、このときの彼にはもうすでに分からなくなっていた。
そうして――、
(続く)




