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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十八話「それでは、いい知らせをいくつかと、わるい知らせをいくつか。」
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その7

 わかい子たちがくすくすくすと笑っていた。ひろいロビーのそのひと隅に陣取って。はしゃぎたい気持ちとそれを抑えたい気持ちの真ん中らへんで。バラやデイジー、それにひまわり模様のワンピースなんかを小さく細かくふるわせながら。ほおはピンクで、肌はしろく、夏の日射しはまだ彼女たちに追い付いていなかった。


「アップルパイはどうするの?」


「お母さんったら見るなり『さむくないの?』だってさ」


「竹内くんと宮内さんでしょ? ないないないない、それはないって」


 彼女たちの会話に一貫性はなく、会話の節々にはさまれるくすくす笑いにもあきらかな動機なんてものはなかった。彼女たちはただ、わらうようにうたい、うたうように生きたいだけであった。そうして、


「え?」とその数時間前、ひかりは不意を突かれて驚いていた。「おねえちゃんは来れないの?」


 そのとき彼女は着替えを済ませ、うすく化粧を、髪もきれいにあげてもらい、あとは靴とかばんを選ぶだけだった。彼女の『おねえちゃん』こと、義姉役の深山千島は答えた。


「ホテルの前までは送るけどね」ひかりの化粧を最終チェック。「いいわね、オッケー、きれいよ、ひかりちゃん」


 彼女は彼女で、いつものラフな、ちょっと男勝りのする服装ではなく、きれいな紺のワンピースと、こちらもいつもよりすこし念入りな化粧をしていたので、てっきり一緒に来てくれるもの、実の父親に会うときそばにいてくれるものと、ひかりは想い込んでいたのである。


「あそこの大きなホテルでしょ? あの辺りうろつくだけでも緊張するし、いつものカッコじゃいけないかなって」深山千島は弁解した。そうして、「あちらの希望で人は少なく。私はお呼びじゃないってさ」と続けてひかりの肩をやさしくなでた。「お茶でも飲んで待ってるし、面会には団体のひとが同席するから、安心していいわよ」


 アッハハハハハハハ。


 突然、くすくす笑いの女の子たちがわらった。大きく。明るく。そうして、


「しーっ、しーっ、だめだって」


「でもでもでもでも、ちひろがさあ」


「またあ? おのろけならほかでやってよ」


 彼らはロビーのソファにすわり、手足を静かにパタつかせていた。いまは恋のはなしで盛り上がっている様子だった。ひかりは、離れたベンチにひとり腰かけ、見るともなしにそれを見ていた。なんだかすこし、うらやましかった。もちろんいまの彼女のなかに、彼女たちとの記憶はないわけだけれど。


「ふーん」彼女は口をとがらせ外を見て、鞄に入れてる父の資料、その顔写真を想い出そうとしていた。


「や、ま、ぎ、し、ふ、じ、お?」それが彼の名前だった。


 彼の顔は妙にながくてゴツとして、目は小さくほお骨は高く、それでもハンサムの部類には入るのだろうが、しかし、


「だったら私はお母さん似ね」とつぶやきひかりは考える。窓に映る自分を見ながら。


 すると突然、ここで、いったい何の連想なのだろうか、鏡の中の彼女に、また別の女性の姿が重なり、すぐ消えた。


 ひかりは、またしても不意を突かれるとそのまま、彼女のことを想い出そうとしたのだが、それは結局うまく行かなかった。彼女とは一度会った切りだし、その記憶も他の記憶同様、いまは意識の奥の奥の奥の奥の奥の引き出しへ、引き出されないようしまわれていたから。そうして、


「ひかりさん?」とここで彼女は、こちらは本当に、初めて会う若い女性に声をかけられた。「わたしNPO法人※※※※の行方ですが」彼女の声は何故か異様に老けていた。「お待たせしてすいません。お父さまはすでにご到着されているようですが、まずは先に、ここでいくつか補足とご説明を――」


 そうして――、


     *


 そう。そうして、祝部優太を復帰させるには様々な調整が必要であった。彼でないと出来ない仕事や知らない情報が山ほどあったし、それを引き継がせるのに適任な小紫かおるは既に亡く、その次にふさわしい深山千島は祝部ひかりの件が落ち着くまで彼女から離れさせるわけには行かなかったからである。そのため、


「どうして牧師さまが?」と、事務所に現れた男に優太は驚いていた。「なにか場所をお間違えでは?」


 が、それはまったく間違っていなかった。彼は聖書の教えに基づく歴史的平和主義協会の牧師で、戦争や暴力を否定し、非暴力による愛と和解を実践するための教職者で、その信念に基づいて天台烏山の活動に協力している者であった。そのガリガリに痩せた骨と皮ばかりの身体を、時には法衣で、時にはスーツで包みながら。


「しばらくあなたをお助けするように言われました」牧師は応えた。その身体からは想像し難い、小さいがよく通る、地面からひびき伝わるような低い声だった。「例の預言者のもとへ行かれるのでしょう?」


 そうして――、


     *


「どうして牧師さまが?」と、伊礼もおどろき訊いていた。事務所に来た優太に向かって、「他の方々は?」


 彼は、小紫かおるが死亡した件も、深山千島が一旦別の業務に移った件もまだ聞かされていなかった。そのため、


「それは……」とまずは優太にお悔やみを言い、それから例の預言について訊ねた。「見つかりましたか? まひろさんは」


 ここで言う預言とは、彼が見たビジョン、とある森林公園にいるまひろとミスターふたりのことであった。が、この問いに優太は首をよこに振って答えた。


「そうですか……」伊礼はつぶやき少し考え、「祝部さんたちならと想ったのですが……」


 伊礼が、まひろとミスターのビジョンを見たことについて、彼らを探しているヤスコや富士夫にではなく優太に伝えたのは、ひとつは、ヤスコはまた別のミスターや八千代の件で手一杯であったこと、ひとつは、以前にも少し触れた富士夫への不信感が彼にはまだあったこと、そうして、優太たちの仕事(能力者たちの探索)が、森に隠れる彼らを見付けるのに適任だと考えたためであった。優太が応えた。


「ご指定の公園をくまなく探しはしたのですがね」と必死で記憶をたどるように、「山岸さんはもちろん、その赤毛の外国人がいたような痕跡すらありませんでしたよ」


 さて――。


 とここまで読んで、賢明かつ懸命なる読者の皆さまは、


「あれ?」となって首を傾げるかも知れない。「見付けてなかったっけ? SEPの向こう側に」と。


 そう。


 たしかにあの森で優太と深山は彼らを見付けていた。飛んだり跳ねたり、匍匐前進しつつ気をそらすことで。SEPの壁を突破して。


 がしかし、いまの優太は、そうして深山も、そのことをすっかり忘れていた。深山に記憶を消されたからでも、あるいはSEPが発する電磁波の作用でもなく、彼らの車に落ちて来た、また別のミスターによって。例のレンチでジジジジジ、と。すっかりきれいに。どうして? それは、優太を含めた他の人々の視線から自分とまひろを逸らせ続けるためである。せめて八割、まひろの修行が終わるまでは、と。


 そう。


 そうして、その目論見はおおむね上手く行ったのだが、代わりにそれは、すこし変わった副作用を優太と伊礼にもたらすことにもなった。なぜならここで伊礼は、


「うん?」と首を傾げることになったし、それはそのまま、本日優太が彼のもとを訪れた理由でもあったから。「預言が? 未来が? 変わって来ている?」


 伊礼が優太と共有しているが、ヤスコや富士夫とは共有していない情報がひとつあった。


 それは、例の先名かすみ殺害事件で垣間見えた事実、『預言の未来は確定ではない』と言う事実、殺人の被害者が伊礼が預言で視た少女から先名かすみへと変わってしまった、あの事実であった。優太が言った。伊礼の言葉に応えるように、


「そうなんですよ、石橋先生」と。「ひょっとして、先生の預言や未来も変わって来ていないですか?」



(続く)

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