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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十八話「それでは、いい知らせをいくつかと、わるい知らせをいくつか。」
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その6

 境内には老婆がひとり、石灯籠にもたれかかるようにして座っていた。


 彼女の前には少女がふたり。地面にひざを突くような格好で座っていた。まるで老女に相談、あるいは教えを請うているようにも見えた。老婆が言った。


『しかしそれは、かなり厳しい選択になるよ』と、するりと伸びた長い鼻の先をカリコリカリコリ掻きながら、『八千代ちゃんはもちろん、エマちゃんにとってもね』


 ここは石神井公園氷川神社。老婆はもちろん山岸咲子で、ふたりの少女は、佐倉八千代と木花エマのコンビである。エマが応えた。


「それはもちろん分かっています」咲子の顔をまっすぐ見詰め、「それでもふたりで決めたんです。このままじゃまずいからって」


「そうなんです、おばあさん」八千代が続いた。「おかしなこと言ってるかも知れませんけど、『あいつ』に勝つには『あいつ』に勝つんじゃダメなんです」と。「いまのやり方だと、『あいつ』には勝てないんです」


 いつも通りのよく分からない八千代の言葉だが、彼女たちの考え、言い分、希望は次のようなものであった。


 先ず現在、咲子とミスターが八千代に課している訓練・修行が、彼女の能力の使い方を飛躍的に向上させているのは確かである。しかも、物を動かしたり飛ばしたり、あるいは飛んで来るボールや火の粉を薙ぎ払ったり消したりと言った、これまで考えもしなかった方面で。しかし、


「たしかに。あんなことが出来るなんて自分では想ってもいませんでした」とその効果を八千代自身認めはするものの、「けど、それでもなにか、あれをするたびに、自分のからだの一部が変わる? 色が消える? そんな感覚を受けるんです」


 こんなことは今までなかったのだ、と。


 もちろんこれまでも、自分が能力を使うなかで、色んな事件を解決するなかで、嫌な想いをすることもあるにはあったが、それはあくまで、それらの結末が望んだかたちにならなかったり、あるいは事件の関係者から、言われなき非難や負の感情を向けられてのものであって、能力を使う彼女自身から、彼女が能力を使うことそのものから、このようなマイナスのイメージを受けたことはなかったのだ、と。


『ふむ』とここで咲子は訊いた。『それで?』


 社の方を見ると、例の赤毛が賽銭箱の前に立ってあらぬ方向を眺めていた。肩が少し震えているのが分かった。エマが応えた。


「この子の直感は当たるんです」咲子の見詰める赤毛の方はふり返らずに、「そりゃたしかに、なに言ってるか分からないときの方が多い子ですけど――」


 それでも、自分は見て来たのだと。


「なんと呼んでいいのか分かりませんが」それでも、何度もなんども、「この子の直感にしたがって、ギリギリのギリギリのギリギリまでなにかを待っていると」その最後の、土壇場の土壇場みたいなところで、「うそみたいな偶然が起きて、突然道が開けちゃうような、そんな――」


 そんな八千代の“とっておき”を彼女は見て来たのだ、と。そうして、


「そうして、この子がこんな違和感を、それも『色が消える』ような違和感を感じてしまっていては」


 その能力は発動しないのではないか? と。


「ってこっちは、わたしの直感でしかないですけど」それでも、「それでもこれは、確信のある直感のような気がするんです」


 そうして、


「わたしに出来ることならなんでもしますから」続けて彼女はこう言った。どうか、「どうかこの子が、自分を信じて動けるようにして貰えませんか?」


 ぴいぃっ。


 とここで突然、きっと西の空からだろう、一羽の鳥の鳴く声が聞こえ、彼らの会話は数秒途切れた。賽銭箱の前の赤毛は、ひき続きあらぬ方向を眺めて小刻みに震えていた。するとまるで、その鳴き声に応えるかのように咲子が、



 『直観を信じて。

  釣りをする時のように。

  糸を投げ入れ、

  何かがかかるのを待って。』



 と、いつかどこかで聴いた歌をうたい出した。



 『時間を売りわたさず。

  市場に寄りかからず。

  すべての人を救うの。

  残酷な夜におびえる、

  すべての人の力になって。』



 それはまるで何かの呪文のように彼女たちには聴こえた。ふたりは咲子の、伏せた横顔に引き寄せられていた。彼女の肩やあごも小さく震えているのが分かった。


 ごくっ。

 とエマのつばを飲み込む音が聞こえ、


 あの、

 と八千代が言葉を繋げようとした瞬間、


『あーはっはっはっはっは』


 と咲子の笑う声が周囲に響いた。吹き出すような笑い声だった。


『あーっはっはっはっはっは』ともう一度わらった。『いーやいやいや、いやいやいや、よく言ってくれたよ、おふたりさん』


 そうして、それから彼女は、


『おーい、ミスターさん』社のまえの赤毛を呼んだ。『もどっておいで。もう大丈夫だよ』


 ふり返った彼を見ると、彼は彼で笑いを抑えふるえていた。肩だけではなく顔全体も。咲子が続けた。


『エマちゃんがあのひとにタンカ切ったってのは聞いたよ』ひざ突くふたりを立たせながら、『あんたがなにを心配してるのかもね』


 よくまあ、得体の知れないエイリアンに『そのケツけり上げてやる』って言えたもんだ。


「まあ、ちょっとけり上げられたい気持ちもあるけどね」エイリアンが言った。うれしそうに。咲子のうしろに立ちながら、「いい友だちを持ったね、八千代ちゃん」


 が、しかし、それでも咲子は不安だった。これから修行の方向性を、これから来るものへの対処の仕方を変えることに。なぜならそれは、八千代にとってもエマにとっても難しい選択になるような気がしたから。が、しかし、それでも、


「だから言ったでしょ」と赤毛のエイリアンは言った。自慢げに。彼女に向かって、「あなた方人類は、僕にとっても希望だって」


『ふん』咲子は答えた。憎々し気に。だけれどとても嬉しそうに。どこからともなく五百円硬貨を取り出して、『どう切り出すか悩んでたあたしがバカみたいだね』


 彼らは賭けをしていた。彼女たちから言って来るのか、結局咲子が切り出すのか、勝ったのはミスターだった。彼の肩がふるえていたのはそのためである。彼はみごと、咲子からおやつ代をせしめたのである。


『オッケーいいだろ、ふたりとも』咲子が続けた。『だけど、くり返しになるけど、これは厳しい選択になるよ』


 ふたりは無言で「はい」と答えた。まよいはない様子だった。咲子がわらった。ちいさく――いいだろ、


『いいだろ、それじゃあ、最終試験だ』



(続く)

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