もしもまだ、ぼくを必要としてくれるなら。(1/2)
「君は憶えていない。
私も憶えていない。
きっと誰も憶えていない。
当人すら憶えていないかも知れない。
が、それでも――」
ロウフィストラは、もともとはタウ=ラウストン国の王子で、全主族エンナリクストラと彼の国の王女アーゲイアとの間に生まれた。
なみ外れた大食漢であった彼は、あるとき、英雄グロラディが運んでいたシャニマ王の牛十数頭を盗むと骨も残さず平らげてしまい、そのため、全主の至上神アウフトクラウトラストの罰を受け、化け物の姿に変えられてしまった。
シャニマ王の牛はそもそも、全主アウフトクラウトラストに捧げられるためのものだったからである。
化け物とされたロウフィストラのからだは醜く、とらえどころがなく、すべてを飲み込む巨大な口と、すべてを砕く巨大な牙を持っていた。彼のからだは、すべての光を吸収する暗黒のときもあれば、閉じ込めた光を一斉に解き放つ極限にちかい白色のときもあった。
彼は日に五度食事をし、その時空にあるすべてのものを吸い込んでは、また別の時空へ吐き出していた。彼のまわりには巨大で強大な時空渦流が起こり、そこに取り込まれると抜け出せなく、あるいはまったく別の時空へと飛ばされてしまうため、宙の船乗りたちは彼を非常に恐れ、避けるようになり、いよいよ彼は、時間と時間の透き間、空間と空間の透き間に身をひそめ、その透き間から見える宇宙、その光や熱、情報や星の欠けらといったようなものを食すことで露命を繋ぐようになった。いまも。ずうっと。ひとりで。孤独に。
*
「にゃ?」とそうしてネコは訊いた。小バカにした感じで、「ふにゃはん?」
『いやいやいやいや、お嬢さん』ロウフィストラは答えた。弁解気味に、『そうは言うてもアウの伯父貴は、マジで話が通じんおひとやしのう。そもそもワシを化け物にしたこと自体、覚えちょるか怪しいくらいなんじゃ』
「ふーにゃ?」続けてネコは訊いた。「ほにゃあ?」と小さく首をかたむけながら。
『あ、いや、それはもちろん、あやまったさ、すぐにのう』ロウフィストラは答えた。『アウの伯父貴はもちろん、グロの兄貴にものう』と少しさみしい顔をしながら、『いくら美味いもんに目がない、すぐに我を忘れるっちゅうても、やっぱりありゃあ、流石にワシのやり過ぎやったからのう』
「にゃあぁん?」ネコはうなった。それからしばし考えを巡らし、「にゃあ、ににゃ、にゃっ?」とロウフィストラにひとつの提案をした。「なにゃ、にゃっ!」
『はっ?』ロウフィストラはおどろいた。『い、いや、しかし、それはお嬢さん』
「な、みゃあ、なあ、にゃあ」ネコは続けた。ロウフィストラを励ますように。
『し、しかし……、それは……』とロウフィストラは答えた。『おふくろとはもう何千年も会うておらんし――』
それから彼は、母への懐旧の念耐えがたいのか、そこで言葉を切ると、そのまま下を向き口を閉ざそうとした。がしかし、
「な、なにゃ、なんにゃ、にゃ」とそれでもネコは続けた。根気づよく。このまま彼を再び孤独な夜に戻してはならないと、「なッ! にゃにゃ! なにゃににゃ、なにゃにゃにゃにゃッ!」と。
『し、しかし』ロウフィストラは言った。『こ、こんな化け物になったワシをおふくろが――』
「なあん、にゃあにゃあにゃあ」ネコは応えた。彼の弱気をたしなめるように、「なん、にゃ、なん、なあなあ、にゃなん」
と、子を想う母の気持ちはどこの銀河、どこの宇宙でも同じではないのか? と。
『い、いや、それでも、ワシは――』
「なんなん、にゃあ、なん、ななん、にゃん」
『そ、それは、アンタがワシの過去を知らんか――』
「なあん、なにゃあがにゃん」
『いや、まあ、それはそうじゃが――』
「なんなん、ななん、なななん、なん」
『それはまた、痛いところを突くのう(苦笑)』
「ななん、にゃ? なんなん」
『うんうん。それはほんとに、お嬢さんの言うとおりじゃ』
「な? ななんにゃ、なんなん、なにゃ?」
『なんじゃ? その『幸せの黄色いなんとか』っちゅうのは』
それからネコは、トニー・オーランド&ドーンが西暦1973年にヒットさせた名曲『幸せの黄色いリボン』と、その歌詞を下敷きに製作された西暦1977年の日本映画『幸福の黄色いハンカチ』(監督:山田洋次、主演:高倉健)のあらすじをロウフィストラに語って聞かせた。
「なん……にゃん……なあーにゃ、なんにゃ…………なん?」
とまるで、桃井かおりさん演じるヒロインのひとり、内気な女性・小川朱美のような声と語り口で。
『お、お嬢さん!』とうとうロウフィストラは言った。『ほんまに、ほんまにおふくろは、ワ、ワシを待ってくれているんじゃろうか?』と、おいおいおいおい涙を流しながら。
「にゃん」ネコは応えた。やさしくほほ笑みながら、「なんなん、にゃあにゃあ、ななんにゃ、にゃん」とロウフィストラが流す滂沱の涙にずぶ濡れになりながら、「なにゃん?」
するとここで、
「なに? あれ?」とようやくナオは訊いた。横に立つミスターに、「あれ、うちのネコのフェンチャーチよね?」
「まあ、ねえ……」ミスターは答えた。若干、苦々しそうに、「きみの家のネコとも言えるし、あらゆる宇宙のきみの家のネコとも言える」
と言ったところで。
ここは以前、「第十四話の前に」で盲目の予言者『シァイザの巫女』が語った通過点のひとつ『悲しい化け物に変えられた王子が棲む時空と時空の透き間』である。
前回、不思議な衛星『ディオーネ』で、三人の妖女とふたつの化け物に囲まれ身動き取れなくなっていたナオとミスターであったが、その後彼らは、宙から不意に降って来た大量の『行方不明物質』に道をひらかれると、なんとか次のジャンプ・ポータルへと移動、アキピテルの女神が準備・設定してくれていた経路をとおり、そのまま、この『透き間』へとたどり着いたわけなのだが……、
「“あらゆる宇宙のきみの家”?」とナオは訊き返し、それから、
「って言うか、なんであの子も生きてたの?」と続けて質問を重ねた。
「って言うか、なんであそこに突然出て来たの? って言うか、なんで当たり前のようにジャンプに付いて来たの? って言うか、なんであんな化け物と普通に会話出来てるの?!」
「ま、まあまあナオちゃん落ち着いて」ミスターは応えた。「正直、僕もおどろいてるんだけどね」
とパニクる彼女を座らせながら、
「彼女はなんと言うか、あらゆる宇宙で一匹だけの存在なんだよ」と。
「しかも、限定的ながらも、単独でのマルチバース・ジャンプも自然に行える変わったネコなんだよ」と。
それから、
「そう。そうして、これが一番重要なんだけどね――」と一瞬宙を見上げてから、「だからこそ彼女は、今回の物語への参加は見送りになっていた……はずなんじゃあないですかねえ?」
と今度はこちらの方を向き、
「ねえ? 作者さん?」そう私に訊いた。「これ、ほんと大丈夫なんだろうねえ?」
(続く)




