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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
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その17


 長いトンネルを抜けたからだろうか、突然ラジオが歌をうたい始めた。たしか、なにかの子ども向けアニメの主題歌だった。



 『悪夢に目覚め、

  どこにいるか分からないとき。

  窓をひらいて、

  昔の記憶を想い出して欲しい。

  山の上の草原、

  僕は君と流れ星を数えていた。』



 ホンダのハッチバックに乗客は三人と一匹。運転は深山が務めて、助手席では優太が案内役を、後部座席ではひかりが、クマのぬいぐるみを横に置いて座っていた。「このクマちゃんとはたくさんの冒険をして来たんだよ」。すこし焼けてしまったが、手放させるわけにはいかなかった。ラジオは歌っていた。



 『僕は知っている。

  ほしが君を永遠に照らすことを。

  保証は出来ないけど、

  ベッドの下に怪物はいないんだ。

  僕が君を守るからね。

  絵葉書の、

  ゴールデンレトリバーのように。』



「私はイヤですけどね」突然深山が言った。沈黙に耐え切れなくなったのか、「逃げましょうよ、みんなで。ひかりちゃんのことも守希さんのことも、もちろん部長のことも、私が守りますから、絶対」


 空はたかく、すっかりと晴れわたり、とおくの森が大きく風で揺らいでいるのが見えた。


「無茶を言うなよ」優太が答えた。あのいつものほほ笑みで。彼女を軽く、たしなめるような感じで、「気持ちはうれしいがな、お前にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかんよ」


     *


 結局のところ、友枝久香の目的は達成された。ふたつとも。


 ひとつ目の目的、戸柱恵祐の能力の程度を確かめること。これは、ここまで長々書いて来たとおり、彼に連鎖反応を起こさせることで成功していた。いま彼は、傷を治された後、薬で眠らされ、『会社の方で保護』されている。


「安堂さんの行方は不明ね」友枝久香は言っていた。素知らぬ顔で。嬉しそうに、「どうやって逃げてるかまでは分からないけど、新しい『センサー』も捜すのに苦労しているみたい」


 左武文雄との交渉も彼女が担当した。記憶を消して元の生活に戻るか、それとも彼らに協力するか、同僚やかわいい女署長のことも考えて、自分で判断しろとかなんとか、結果はまだ出ていなかったが。


「それより問題は」と友枝久香は続けた。「やっぱりひかりさんよね」とここでも嬉しそうに。すこし、ほほ笑みながら、「まさかここまでの能力とは、優太さんも想わなかったんじゃない?」


 ふたつ目の目的。それは、ひかりの能力を、優太立ち会いの下、彼が言い逃れを出来ない状態で、この目で確かめることだった。


 そう。結局彼女は能力を使った。あの爆発の直前、優太を、家族を守るため、どうやったかは不明だが、それでも、彼女自身の意思のちからで。


「『窓』を開く能力」すばらしいわよね、と友枝久香は言った。「戸柱くんの『爆発』をすべて。どこか分からないけどすべて。きっと安全な場所まで飛ばして拡散させたんだから」


     *


「でも、それもこれも、部長を守りたいって一心だったからじゃないんですか?」深山が応えた。ハンドルを持つ手が、怒りだろうか、小刻みに震えているのが分かった。「なのになんで、ふたりを別れさせるようなことに?」


 彼らの他に車は走ってなかったが、ここから先はカーブも増える。優太は応えた。


「まあ、でも、殺されるわけじゃないしな」と極力おだやかに。軽い口調になるように。「ひかりにはお前がいるしな」それから後ろを少し見て、「縁があったら、またどこかで会えるさ」


     *


「天台さんとも話しましたが」友枝久香の話は続いていた。「ひかりさんの能力はあまりにも強力です」と。そのため、「これ以上優太さんの家に、あなたのそばに置くことは、守希さんやひかりさん、それにもちろん、優太さん自身のためにも大変危険でしょう」


 逃亡中の灰原その他、彼女の能力を狙って来る者は更に増えるかも知れないし、であれば、会社の方で直接彼女を管理した方が間違いはないだろう。が、ただ、そうは言っても、


「そうは言っても、そのままお別れするのでは、ひかりさんも優太さんもおつらいでしょうから」


 友枝久香の話しぶりには、どこか、嬉しいような、楽しんでいるような、そんな響きが含まれていた。彼女は続けた。


「深山さんの力を使って、ご家族の記憶を消去、書き換えましょう」と。「そうすれば、お二人が親子であった過去はなかったことに出来ますからね」


     *


 ラジオの歌は続いていた。最初のサビは、深山のセリフで聴き取れなかった。不思議な音のギターが続き、間奏のあと、もう一度、同じサビがくり返された。



 『君の輝きを、

  君の成長を、

  ずっと見続けていたい。

  道標を置いておくよ。

  いつでも道に迷わないように。

  こんなに娘を愛している父親はいない。』



「いやよ」とうとうひかりが言った。沈黙をやぶり、「いやよ、絶対にいや」と。「お父さんやお母さんのことを忘れるなんて、絶対にいや」とまるで六才の女の子に戻ったかのように。駄々をこね、シート越しに優太に抱きつきながら、「いやよッ! なんで平気な顔してんのよッ! お父さんッ!」


「くっそッ!」深山が叫んだ。ブレーキを踏み、車を路肩に寄せ、その振動で、ひかりのクマは床へと落ちた。「そうですよ! 部長! なんで平気な顔してんですかッ!」


 しかし優太は、それでもふたりの問いには答えなかった。いつもの微笑を崩さないまま。きっと一番、『かなしい時間』に出会っていたのは彼だろうが、それでも。それでも、その問いに彼は答えなかった。何故なら、少しでもその問いに答えてしまえば、その『平気』とやらが壊れてしまうのが分かっていたから。そうして、それはきっと、彼のためにも、彼女ら娘たちのためにもならないだろう。と、彼にはそう分かっていたから。無言のまま、道路の先を眺めた。ラジオの歌は、なぜか先ほど飛ばしたパートをくり返していた。まるで時間が、少し戻ったかのように――いいかい? ひかり。



 『直観を信じて。

  釣りをする時のように。

  糸を投げ入れ、

  何かがかかるのを待つ。

  時間を売り渡すな。

  市場に価値なんかない。

  みんなを救うんだ。

  残酷な夜に怯える、

  全ての人の力になるんだ。』



 とうとう優太は言った。肩に回された娘の腕に触れながら、ふるえる声で、


「いいか? ひかり」と。なみだが数筋、彼の頬を伝った。「俺ほどこんなに」と続けて言葉に詰まった。娘の手をきつく握った。「俺ほどこんなに、娘を愛している父親はいない」


 沈黙が降りた。


 誰もそれ以上、何も言えることはなかった。


 空はたかく、すっかりと晴れ渡り、とおくの森が大きく風で揺らいでいるのが分かった。


 こんな日には、どんな奇跡だって起こってもおかしくはない。そんな不思議な夏の日だった。突然――、


 ジリリリリッ。


 と誰かのスマホが鳴った。無粋にも。


 がしかし、哀しい社会人の性だろうか、先ずは深山が、次には優太が、それぞれチラ。と自分のスマホを見た。が、どうやらどちらも違うようだった。


 そのため彼らは、『きっとすぐに消えるさ、自分のじゃないし』とそう考え、しばらくそれを無視していた。が、


 ジリリリリッ。

 ジリリリリッ。


 と、それでもまったく、そのベルは鳴り止む気配を見せなかった。


 仕方がないので先ずは深山が、チラ。とひかりの方を見て、続けて優太が、


「なあ、おい」と声に出して言った。色々台無しじゃないかと想いつつ。ひかりに、「お前の携帯じゃないのか?」


 ジリリリリッ。

 ジリリリリッ。


 そう。それは確かに祝部ひかりのスマートフォンだった。先ほどの急停車でクマと一緒に床に落ち、そこでそのまま鳴っていたのである。


 そう。そうして、これもかなり奇妙で不思議なことなのだが、このシリアス真っ只中の場面で、彼女は何故だかそれに出た。床からスマホを拾い上げ、ほこりを払い、深山も優太も、不思議なことだと感じはしたが、と同時に、何故だかそれを、まるで当然のことだと想いながら。


 そうして――?


 そう。そうしてそれはたしかに、八度目か九度目のベルの時だったと想うが、


「もしもし?」と祝部ひかりは相手に訊いた。「どちらさまですか?」


 相手の番号はもちろん非通知だった。


『祝部さまでいらっしゃいますね?』相手は応えた。『**からお電話が入っております』


 なんだか知らない、外国の名前を出された。


「え?」彼女は訊き返した。「あの、すみません、きっと何かの間違――」


 と突然、


 ブツッ。


 と言って電話は切られ、直後、


 バンッ!


 と、とてつもなく硬い、そうしてとてつもなく柔らかいナニカ、そんなナニカとナニカとナニカたちがぶつかり合う音が、車の外と言うか上の方から聞こえ、


 ドッシーーーーーー―――ン!!!


 とその車の屋根にナニカ、なんだかひょろっとしていて細長い、人型エイリアンみたいなナニカの落ちる音はした。そうして、


「いっててててててて」とそのナニカは痛がり起き上がり、「えーっと?」と自分のいまいる時間と空間を確認すると、「なんだ、まだ地球かよ」


 と続けて屋根から降りて来た。車の中をのぞき込み、


「すみませんね、急に落ちて来ちゃって」優太に向かってほほ笑んだ。「ちょっと着地に失敗したようなんですが、よければ近くの町か村ま――あれ?」


 とそうして改めて、優太の顔をジイッと見詰めた――なあんだ、


「なあんだ、やっぱりお父さんか。相変わらず暗い顔してるけど安心して――助けに来ましたから」



(続く)

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