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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
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その15


 さて。


 ひとの発言・言葉には、大きく分けてふたつの種類があり、それは、『事実確認的言明』と『行為遂行的言明』のふたつである。


 『事実確認的言明』とは例えば、「いま外は雨が降っていますね」とか、「日経平均が大きく下がりましたね」のような、『客観的事実を叙述する言葉』であり、また、


 『行為遂行的言明』とは例えば、「雨が止んだら散歩に出かけましょうよ」とか、「売上レポートを期日までに提出します」のような、『発話主体がその発言を主体的に実現しようとする誓約の言葉』のことである。


「あなたを生涯愛します」とか、


「国権の発動たる戦争は永久にこれを放棄します」とか、


「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ」とか。


 だがいま、リビングの中央で身動きが取れなくなっている戸柱恵祐の頭の中にあるのは、これまで同様、そのすべてが、『事実確認的言明』だけであった。


「父親に捨てられた」とか、


「母親に殺すよう言われた」とか、


「自分の身体は、いま、町ひとつを吹き飛ばすよう動いている」とか。


 そうして、そんな彼に対して祝部優太が試みようとしていたことは、言ってみれば、そんな彼の頭の中に、どうにかして『行為遂行的言明』を埋め込めないか? と言うことであった。


「どんな能力者も、その能力をコントロールすることが出来る」


 そう彼は聞いたことがあったし、事実、彼の部下も含めて、これまであった能力者たちは皆、それぞれの能力をそれぞれの仕方で制御出来ていたからである。もちろん巧拙の違いはあったが、それもあくまで誤差の範囲――と彼は考えていた。いま、目の前にいる戸柱くんについても、と。


「まずは、俺を見てくれ」優太は言った。恵祐からの熱で皮膚が焦げて行くのが分かったが、それでも彼に近付きながら、「似たような状態になったやつを俺は知っている」


 そいつは硬い、ダイヤみたいな壁を空中に作り出すことが出来たが、あるときそれが暴走し、そこから出られなくなってしまった。


「あれも俺たちの、俺のミスだった」しかし彼は、そこから出て来た。「意識の向かう場所を変えたんだよ」壁が自分を取り囲んでいることではなく、「自分がそこから出たいと願っていることに意識を集中したんだ」


 依然として壁はあったが、そこに道を通したり、壁の中を広く、俺を中に入れても大丈夫なほど広くしてくれたり、扉を開いていつでも外に出られるようにしたんだ。


「君の能力は消えない」優太は続けた。「その罪もな」と。そうして、「これはもうどうしようもない」がしかし、「それでもさっき安堂に言ってたろ?」あれは本心じゃないのかい?「みんなで逃げようって、どこか、きれいな、うつくしい場所に行って、そこでゆっくり眠ろうって」こんなのは、「こんなのはもうイヤだって」


 通りの向こうで犬が吠えた。きっと彼にも分かっていた。彼がなにを、本当はなにを、その手に掴みたがっているのかを。


「だったら」優太は続けた。「いま、ここで、爆発なんか起こしちゃダメだ」調子っぱずれのあいつの歌が聞こえた気がした。「逃げて、逃げて、逃げまくって、その、どこかきれいな場所にたどり着くまで、逃げて、逃げて、逃げまくるんだ」


 優太のメガネフレームは溶けて少し曲がっていた。しかしそれでも、恵祐の放出する熱量は明らかに弱まっていた。もう少しだ。と優太は考えた。しかし、


「でも……」と恵祐は言った。「僕に……そんな……」本当の意味での力があるとは想えない。「僕は……ただの……」


「大丈夫だ」優太は応えた。「君は、もう、子供じゃないはずだ」調子っぱずれのあいつの歌が、ずうっと心で鳴り続けていた。「立派な、一人前の、男に、なれるはずだ」


 一人前の男として、約束の地を信じてなにが悪い?


 優太の右手が恵祐の前に差し出された。それは、『この手を取れ』と彼に要求していた。強く。


「し、かし……」しかし恵祐はそれを躊躇った。彼の手はいまだ燃えるように熱く、そうしてまた、母親を殺したときの感触がそこに残っていたから。


「構わんよ」優太は応えた。「何かを始めるには仲間が必要だろ?」約束の地を信じる仲間が。「どんなに汚れていようと、どんなに熱く燃えていようと、仲間の手は握ってやるもんだ」


 そう。


 そうして彼らは手を取った。恵祐の熱も収まり、このまま行けば、彼も自身の能力をコントロール出来るようになっていたかも知れない。


 が、しかし、あなたもご存知の通り、この世界は残酷だ。あまりにも。


 そう。


 前にも書いた通り、今回彼を銃撃した人物――天台烏山の秘書・友枝久香――の目的はふたつあり、その目的のひとつは、いままで見て来たとおり、恵祐の能力がどれ程のものかをその目で見極めることであったし、それはほとんど達成出来たと言ってよかった。


 が、しかし、残るもうひとつの目的については、未だ達成されていないどころか――予想外の優太の行動により――このままでは試すことすら出来ない状況になりつつあった。そのため、


 パンッ!


 とふたたび、今度は家の奥から銃声は聞こえた。


 パンッ!

 パンッ!


 と、計三発。前回のように空中で止められ溶かされることを懸念して。


「戸柱……?」


 優太には何がなんだか分からなかった。


 目の前の青年の首と肩と左の頬に銃弾が当たるその瞬間がはっきりと見えた。


 それはまるで、コマ送りのスローモーションのようだった。


 そう。


 そうして彼は、戸柱恵祐は崩れ落ちた。その場に。優太の手からすべり堕ちるかのように。


 そのため彼は、祝部優太は飛びふせた。その場に。次は自分だと直感したからである。


 が、次の銃声は起きなかった。


 何故なら彼女の、友枝久香の残るもうひとつの目的は、優太を殺すことでもなければ、ましてや恵祐を殺すことでもなかったからである。


 そう。


 この銃撃で恵祐を殺すことは――少なくともその場で殺すことは――出来なかった。急所を外し、銃弾は貫通させ、彼にはあくまで、誰かに狙われた恐怖と、死が近付こうとしている痛みを感じて貰えれば十分だった。


 そう。


 その痛みと恐怖さえあれば、先ほど止めた連鎖反応は再開されるし、


「今度は止められないでしょ?」


 そう久香も言うとおり、恵祐の身体と能力は、いまや、彼の意思や意識を無視したまま、周囲を吹き飛ばすまで、その反応を終わらせることはない様子であった。


     *


 小張がその場に到着したとき、引き続き彼らは静かに混乱していた。と言うか、男二人がその場にうずくまり、この家の夫人が彼らを心配、背中をさすっているのが見えた。


「左武さん!」彼女は叫んだ。車から降り、彼のもとへと駆け寄りながら、「大丈夫ですか?」


 と言うのも、腹を押さえてその場にうずくまる左武の姿に彼女は、きっと何者かが――それは多分、戸柱恵祐と一緒に彼を連れ出したもう一人の誰かだろう――彼を攻撃したと考えたからである。であるが、


「あれ?」と続けて彼女は訊いた。なんか様子が違ったからである。「戸柱さん?……戸柱さんと一緒に来た誰か?……に攻撃された?……んですよねえ?」


 左武は首を横に振った。隣でうずくまる赤毛も一緒に。


「蹴られた……んです」左武は答えた。「容赦……なく……」と。「あの……くそガキ……俺はただ、ただあの子を止めに…………」


 ご婦人方の手前、彼もミスターも具体的な名称は伏せていたが、要は、彼らふたりは、蹴り上げられたのである。その……あの……男性特有の……、ほら……あの……、丸くてぶらぶらしてて、男の人なら各人二個ずつしっかり持ってる……、あの急所を。想い切り。ひかりちゃんに。走り出した彼女を止めようとしたせいで。


「ごめんなさいね」守希が謝った。彼らの背中をさすりながら、「ほんと、ただただ加減が分からなかっただけだと想うの、あの子」


「え?」とそうして小張は訊いた。彼らの混乱に混乱させられながら、「すると……その……、蹴った本人? ひかりさんは?」


 そう。彼女はひとり、家の中へと戻っていた。今まさに爆発が始まろうとしている家の中へ。どうにか優太を助け出そうと。



(続く)

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