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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
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その11


 さて。


 祝部家の異変――戸柱恵祐のチェーン・リアクションの開始――に離れた場所から気付けた者は数名いたが、彼らのほとんどは、『なにかおかしい?』とうしろをふり向いたり首を傾げたりしただけで、それが明らかな時空の歪みから来ていると認識出来たのは、あの赤毛のエイリアン、ミスターひとりだけだった。彼は言った。


「ごめん、ヤスコちゃん」と、いつものレンチを取り出しながら、「すこし出かけて来てもいいかい?」


 彼らはいま、例の『水使い』吉野浩治殺害のニュースを受け、昨日彼と一緒に会った藤間和雄――に扮した灰原神人――の到着を待っているところだった。吉野の家、彼の殺害現場に続く、とある路上に立って。今回のニュースをどう考えるか、いちど三人で現場を見に行くかどうかを打ち合わせるために。


「え?」ヤスコは訊き返した。「出かけるってどこに?」藤間さんもじき来るだろうし、「いまじゃないとダメなの?」


 このとき彼女は、すこし遠慮がちに、これらの問いをミスターに投げたのだが、それは、この時の彼の表情が、いつになく真剣、と言うかおどろき焦っているように見えたからである。


「うーん?」少しの間を置き彼は答えた。彼女の心配に気付き、どこかおどけた調子で、「そうだね、急いだ方がいいかもね」


「私も行く?」彼女は訊いた。


「いやあ、場所もまだ不明だし」彼は答えた。「君はここで藤間さんを待っ――」と言ってふたたび、少しの間を置いた。「うん。藤間さんを待って、ふたりで話して、どうするか決まったら、僕にも連絡を頂戴」


「大丈夫?」ふたたび彼女は訊いた。


「ああ、まあ、大丈夫だろ」彼は答えた。口もとだけでほほ笑んで、「いつも通りさ」


「気を付けてね」彼女は言った。一瞬彼を抱きしめそうになったが、それは止めておいた。「いつものとおり」


「ああ、うん、ヤスコちゃんも」彼は言った。「無理に現場に行く必要も――」がここでも少しの間を置いて、「うん。まあとにかく、藤間さんとよく話してみてよ」


「分かった」


「うん。それじゃあ、また」


 そうして彼は走り出した。残していくヤスコのことが気にはなったが、正直、それどころではなくなる妙な胸騒ぎがあった。


「まさか?」走りながら彼は考えた。「まさか、この辺一帯吹き飛んだりはしないよな?」


     *


 銃弾を放った人物にとって多少の想定外だったのは、実は深山千島であった。


 と言うのも彼女は、新しい『センサー』――この呼び方は好きじゃないけど、他にいいのが想い付かないのよね――のテストで戸柱恵祐と安堂夏彦のふたりが祝部家に侵入したことを知ったのだが、と同時に本日、深山千島は社用車で少し離れたところに行っているはずだ、とそう理解していたからである。彼女は考えた。


『優太さんがどうにか呼んだってことね』恵祐に向けていた銃口を一旦下ろした。『深山さんが無効化してたら意味ないわよね』


 と、この人物が銃弾を放った理由は、大きく分けて二つあった。


 一つは、もちろん恵祐を殺すためでもなければ、囚われの祝部一家を助けるためでもなく、恵祐の能力が実際どれ程のものなのか、どこまで進化しているのか、それをその目で確かめることにあった。


 であるからして彼女は、ここで深山千島が彼の能力を無効化してしまっては意味がない、最悪殺してしまうかも、と一旦銃を下ろすことになるのだが、ここで幸いだったのは、血の気の多い安堂夏彦――だからあの人、仲間にしなかったのよね――が優太の首を締め上げはじめ、焦った深山が――ほんと二人を組ませたのは正解だったわね――恵祐ではなく安堂に、その無効化能力を使い始めたことであった。そう。そのため彼女は、


 パンッ。


 とここで初めて改めて、恵祐の額に向け銃弾を放つことになった。彼女は考えた。


『やっぱり軽いのよね』と会社支給のベレッタに物足りなさを感じつつ、『バッグに入れるには丁度いいけど』


 と言うのも彼女は、ホルスターやなんかでスーツのラインが崩れるのを嫌がる人だったからだし、過去の経験から銃の扱いにも十分慣れていたからだし、射撃の腕前も、その辺の警察官よりずっと上だったからである。発射の反動も、その小さな身体で見事に受け流し、その銃弾はまっすぐ、こちらを向いている恵祐の額へと向かい、その眉間へみごと命中――しなかった。


 アハッ。


 彼女はわらった。彼女に似合わない、小さな女の子みたいな声で、「すばらしいわ、戸柱くん」


 そう。それは、その彼女の銃弾は、彼の額10cmほどのところで止まっていた。止まったまま浮いていた。まるでそこに、うすい、透明な、ダイヤモンドの膜でもあるかのように――って、いや、ダイヤモンドのような鉱物を例えに挙げるのは不適切だった。


 何故ならその銃弾は、ただ宙に留まり浮いていただけではなく、急速に溶けてもいたからである。先ずは融点の低い――とは言っても300度以上はあるが――鉛の部分から、それからそれらを覆っている銅の部分――こちらは1,000度以上ある――へと、またたく間に。きっと、恵祐も理解していないほどの速さで。


 そう。戸柱恵祐は理解していなかった。いま、自分が、どんなことをしているのかを。


 が、それと同時に、それでも彼は理解していた。すこし遅れたテンポだが。何者かが自分を、殺そうと想って? その溶ける銃弾を放ったということを。


 そうしてそれが、その恐怖が、彼の、『連鎖反応』の引き金となった。


 そうして――?


     *


 そう。そうして、優太たちの事務所に着いた時、最初に小張千秋がやったことは、そこの扉の鍵穴を確認することだった。スマホのルーペ機能を使って。彼女は言った。


「うーん?」とどこからともなくヘアピンと針金を取り出してから、「不法侵入……はない? ですかね?」


 とそれから、「あ? ちょっと署長?」とそれを止める右京の忠告も聞かずに、


 カチャ。


 とすばやく手短に、「すみませんけど、むこう向いてて下さい、右京さん」と言うが早いか、扉をピッキング、部屋の中へと入って行った。


「まったく」右京は応えた。そうは言いつつ彼女に続いて、慣れた動きで扉を閉めると、そこに陣取り、「はやくして下さいよ、こんな昼間っから」


「分かってます、分かってます」小張も応えた。業務用の白手袋をはめながら、「来たかどうかの確認だけですから」


 いま彼らは、左武文雄の失踪を知り、先ずは彼が入院している病院へ向かうと、そこにあった痕跡――シーツの焼けこげや床に残った土の跡――等々から、戸柱恵祐と、その他少なくともプラス一人が、左武の病室を訪問、彼を連れ去った、いや、争った形跡等のないことから、左武が彼らに付いて行ったと判断。その後――これは小張の直感に近いが――左武と戸柱のふたりが能力を持つ直前に出会っていた女性の話(おそらく深山千島)から、ふたりが彼女あるいは彼女が関係する何事か(おそらく能力関係)を追うため、行動をともにすることにしたのでは? と推理、その痕跡を追っているところなのだが――、


「どうですか?」右京が訊いた。


「少なくとも」小張は答えた。「左武さんは来ていないですね」と引き続きスマホのルーペで事務所の壁やら床やらブラインドやらを確認し、「戸柱さん……も来てはいないかなあ」


 左武文雄は大柄で、足のサイズは28.0。また、病室の状況から、いまの戸柱恵祐がここに来たのなら、なにかしらの痕跡を残していてもおかしくない。が、どちらの痕も見えはしない。


「つぎは?」右京が訊いた。いくら三人しかいない事務所とは言え、どうして昼間のオフィスに誰もいないのだろうか? そう考えながら、「祝部さん宅でいいですよね? ここの本社じゃなく」


「うーん?」すこし考え小張は答えた。「ご主人が居るならベスト。居なくても奥さまか娘さんが居たならベター」


 それから、あの一家を取調べした時の、妙な違和感を想い出し――ひょっとして、


「ひょっとして、戸柱さんたちの狙いは彼らかも?」と続けて彼女は考えたが、それは口に出さずにおいた。「それだと」と。「それだと悪手過ぎますよ、左武さん」と。



(続く)

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