その10
さて。
戸柱恵祐の能力は進化していた。
最初それは、電子レンジのように、対象物中の分子を激しく振動させることで摩擦熱を発生、それを温めたり、生物であれば、その表面に水ぶくれを起こさせたり、更に熱を持たせてやって、相手の脂肪や着衣などを燃料に、まるで人体自然発火現象のように、対象物を燃やし尽くすというものだった。
そうして、この能力に最初の変化の兆しが見えたのは、彼が彼の母親を殺したその日、左武文雄や小張千秋に捕まり警察で事情聴取を受けていたときのこと。例の49.57秒。佐倉八千代の暴走する思念を経験してから後のことであった。
それは爆弾、あるいは時限爆弾のようなものになった。前述のように熱源は分子の振動で確保出来る。なら、その周囲にもっと効率のよい燃料があれば? 紙とか、木とか、石炭、石油とか。うん。外部から持って来るのもありだが、生物の中には炭素と水素がたっぷりとある――と恵祐本人が考えたかどうかまでは不明だが(きっと理解もしていないだろうが)――と彼の身体と能力は考えた。
対象が紙や木なら、先ずはそれらを燃えやすく変化させてから熱源を与えてやればいいし、相手が生物なら、その一部を石油や石炭や天然ガス(に近い物質)に変化させてから熱源を与えてやればいい。そうすれば、より効率よく彼らを燃やし尽くすことが出来る。
そう。逃亡生活中に彼が燃やしたビルや倉庫や不良少年なんかには、この方法が用いられていた。その場で、あるいは少し時間を置いてから、ボッ! と火は付き燃え広がったのである。
と、まあ、ここまででも、かなり危険で、かなり突拍子のない能力ではあるが、困ったのは、ここからこれが、更なる変化を遂げた点である。
こちらは多分、逃亡生活による過度なストレスと、同じ能力者である安堂夏彦に出会ったこと、それに、そこに加えて、これまた同じ能力者の左武文雄も合流し、彼らからの影響――ミスター言うところの『時空のズレ』――で変化をはじめていたのだろうが、極め付きは、ここ、祝部家に来てしまったことにあった。
この家に着いてからの彼の体調不良(取り敢えず、外見的には)は、右のような事情に加え、この家にいる大変強力な能力者、祝部ひかりの影響を受けてのものであった。
そう。彼女の影響下で彼は倒れ、眠り、夢を見、前世か前々々世かは分からないが、過去の自分、この能力の発端、開いた『窓』を通して見えたクモの糸。もとい、繋がり合った宇宙たちが炎に、自身が燃やしたあの女の炎に包まれていくあの場面、そのようなものを彼は目にし、体験して、その影響を受けた。どんな? それはこれから分かる。が、そう、そうだな。それとよく似た現象を挙げるとすれば、それは、核化学におけるチェーン・リアクション、核連鎖反応になるのかも知れない。
*
と言ったところで。
先に結果だけを書くと、戸柱恵祐のチェーン・リアクションは起きたし、深山千島はあんまりヒーローっぽくはならなかった。
と言うのも彼女は、二階からだとよく見えなかった三人目の犯人が、あの左武文雄――こころを読める警察官――だということにずっと気付かず、ずうっと延々、頭の中でひとり言をしていたからだし、その左武文雄は左武文雄で、思考や感情が結構簡単に表情に表れるタイプだったからである。
そう。それはつまり、やたらと長い深山のこころの声(前回更新分参照)を聴いてしまった左武が、おどろき、目だけで彼女を探そうとし、その途中で祝部優太の顔が見えたときに、つい、『ああ?!』という表情をしてしまったからだし、その表情を、安堂夏彦にしっかりはっきり見られてしまったからであった。
「どうした?」安堂が訊いた。「なにか問題でも?」
すると左武は、この質問になんとか静かに応えようとしたのだが、その反応が気持ちキョドッていたことや、そんな彼の視線がこちらを向いていたことで、諸々気付いたのが祝部優太であった。
彼は彼で、その考えや感情を隠すことが自身が想像するよりずうっとずうっと下手くそで、この時もついつい、『深山が来てくれたのか?』という考えというか、ちょっと安心な表情をしてしまい、こちらもこちらで、その表情を安堂夏彦に見られたのであった。
「おい!」彼は叫んだ。「まさか応援を!」
ガタッ。
とここで驚いたのは、階段の陰に隠れて降りていた深山である。彼女は、段を一段踏み外すと、変なかたちで手足を伸ばし、どうにかストップ。その奇妙な格好を彼らに見付かることになったし、また直後、
ヒュッ。
と飛んで来た二本の荷物紐――これは守希やひかりの手足を縛っているものと同じであった――にとつぜん手足を縛られると、更にバランスを崩し、ズザザザザ。そのまま一階へすべり落ちることになった。
「女?」安堂夏彦は訊いた。「誰だ? こいつは」
彼は、優太とかおるの顔は知っていたが、深山のことは知らなかった。もちろん、その能力も。正確には。なので、そのため安堂は、ある種不用意に、彼女のところに近付こうとしたのだが、ここで、
「あ、安堂さん」とそんな彼を恵祐が止めた。「そ、そのひとです。僕らの能力を――」
彼は深山の『能力者の能力を無効化する』能力をおぼろげながら理解しており、自分はもちろん、安堂にも近付かないよう忠告しようとしたのであるし、彼のこの理解はおおむね合っていた。深山はそれこそ、あと数mほど床をゴロゴロゴロと転がれば、安堂か恵祐、少なくともそのどちらか一方の能力を無効化出来る位置に落ちて来ていたし、それが出来ていれば、彼女はもう少し、『ヒーローっぽく』なれていたかも知れないし、また、恵祐は恵祐で、ここで彼女に、能力を無効化されていれば、問題のチェーン・リアクションを起こさないで済んだのかも知れなかった。が、しかし、
「ふん」と次に行動に出たのは安堂夏彦だった。「事務所のときか」
そうつぶやくと彼は、そのまま、優太の首と手首に巻いておいたピアノ線を締め上げ始めた、ゆっくり。
「妙なことはするなって言ったよな?」ともちろん彼には触れず、近付きもせず、能力を使い、ついでに、若干以上の殺意を込めながら、「たしかに、言ったはずだよな?」
締め上げられた優太は、声も出せず、ただ苦しむだけで、どうにか首とピアノ線の間に指を入れようとしていたが、それも虚しい抵抗であり、その動きを見た安堂は安堂で、と同時に、その視線を守希やひかりの方へと向けた。
「家族に手は出したくないって!」安堂は続けた。「それもたしかに! 言ったよな!」
安堂からして見れば、これは半分本気の半分脅しであり、本当に優太を絞め殺すのかも、本当に守希やひかりのロープを締め上げるのかも、この時点では実は不明。安堂的にも決まっていなかったようなのだが――これがまずかった。何故ならそれは、
「部長!」と叫んだ深山がそのまま、安堂の方へと転がり込み、彼の能力を無効化しようとしたからであるし、そのため彼女が恵祐から離れ、彼の能力の無効化が出来なくなったからでもあるし、そうしてなにより、
パンッ!
と丁度そのとき、廊下の奥から、一発の銃声が、恵祐の額を狙った一発の銃声が、聞こえて来たからでもあった。
(続く)




