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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
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その9


 存在すらも疑わしい『センサー』の話を聞きながら戸柱恵祐は、妙な感覚に襲われていた。こころと身体が、妙にまっすぐ、落ち着いて来るのである。まるで、荒れ狂う世界のおだやかな中心にいるかのように。


 右耳の後ろでは雷鳴が、左耳の遠いところでは豪雨が、首筋と繋がる背後の空間にはひびが入り、今にも割れて崩れ落ちそうだったが、それでも、彼のこころと身体は、最近、いや生まれてこの方味わったことがないほどの落ち着きを味わっていた。足が地面に着いていない感じさえした。いきなりすべてを投げ出して、


「ハイホーッ!!」


 と叫んでも許されるような気さえした。それで時空がまっぷたつに引き裂かれたとしても。それでも。それはまだ、右手中指の微かな熱と振動だったけれど。その原子核に中性子が飛び込んでくれば、きっとそれより多くの中性子を放つことになるだろうし、それはとても気持ちのよいことなのだろうな、と彼は考え、


「はいほーっ!!」


 と今度は平仮名で叫んでも許されそうな気さえした。きっと短い間でも、横になり眠ったのがよかったのだろう、この家のお母さんには本当に感謝しなければならない。


「だったら」想いがけなく声が出た。「だったら」ともう一度。


 みんなが一斉にこちらを向いた。みんな驚いているようだった。特に安堂さんが。彼が訊いた。「なに? なにか言ったか?」


 恵祐は応えた。ふたたび、「だったら」


 としかし、考えがまとまっていなかったのか、それとも増えた中性子たちが別の原子核にそれぞれ散っては飛び込んで行くのを確かめるのに忙しかったのか、もう一度彼は、ただただ、「だったら」と言った。


「大丈夫か?」ふたたび安堂が訊いた。「やはり横になっ――」


「大丈夫ですよ」恵祐は答えた。彼の言葉を遮るように、「ぜーんぜん、大丈夫ですよ」とそうして、「だったら」とまとまりかけの考えを、「だったら、その『センサー』を殺せ――間違えた――壊せばいいんじゃないですか?」と。「僕らで、三人で、彼を――また間違えた――その装置を、徹底的に、徹底的に、徹底的に、壊してしまえばいいんじゃないですか?」と。


 みんなが一斉に、今度はいぶかし気な顔で彼を見た。みんな何と言ってよいか分からないような顔をしていた。


「行きましょうよ」恵祐は続けた。「やりますよ、僕」と。


 別の原子核に飛び込んで来た中性子たちが、またそこで新たな反応を、それより多くの中性子を放出させるための反応を、引き起こそうとしている、そんな感じが続き、続いていた。


「お母さんたちに」彼は続けた。「お母さんたちに、これ以上ご迷惑をかけてはいけません。悪いのは、祝部さんの、祝部さんの会社の、会社の上の、その上のひと達だから。だったら、その『センサー』を殺して――って、あれ? また間違えた――壊して、『リスト』も全部燃やしてしまえばいい。やりますよ、俺、安堂さん。そしたら、それから、それからみんなで逃げましょうよ、どこか、どこかきれいな、うつくしい場所へ。その、他の、『リスト』のひと達もみんな誘って、みんなで、きれいで、うつくしくて、ゆっくり眠れ――おれ、もういやなんですよ、安堂さん、おれ、もう、いやなんですよ! 色々とッ!」


 と、恵祐の言葉はまだまだ続くようだったが、そんな彼の言葉を聞きながら祝部優太は、先ほど事務所のパソコンから送った『S』の文字――それは『SOS』の『S』だったが――を想い出していた。それが彼の部下・深山千島に届いてくれていることを願いながら。また、それが届いてくれていないことをも、同時に願いながら。


 と言うのも、前に優太は、家に押し入って来たばかりの戸柱恵祐を見て、その不安定さから、『この子だけは、深山でないと止められんぞ』そう考えたのだが、いまの彼、一見落ち着きを取り戻したかのようなその表情の下で、嵐の中心、自分でも気付かぬうちにその発生源になろうとしている彼の様子に、『これはもう、あいつでも止められんぞ』と、なんの根拠も持たないまま、なかば直覚的に、そう考えてしまったからである。ひょっとすると、


『ひょっとすると、あいつの能力が、彼の暴走を開始させる引き金になるかも』と。


 そうして、そんな考えが頭に浮かんだ直後、彼はハッとなった。左武文雄がこちらを見ていたからである。


『聞いたのか?』優太はつぶやいた。もちろんこころの中だけで、『いまの、あれを?』


 左武文雄の『他人のこころの声を聴く能力』は、ある一定の集中力を必要とするし、また、複数人が同じ場所にいる場合、その特定のひとりを選り分け聴くには、更なる集中力を必要とするのだが――、


 こくッ。


 と彼は微かに素早く、しかし確かに、首を縦に振った。優太にだけ見えるよう注意して。彼は、恵祐の提案について優太がどう考えているか、また、そもそも優太が安堂にした話がどの程度真実なのかを確かめようとしていたのである。


 彼は困惑していた。なんなら優太以上に。恵祐を心配しここまで付いて来たのは、衰弱している彼の様子から、どこかでまた説得するチャンスが回って来るという予想に賭けたからだったし、また、優太の家に来れば、例の女が恵祐のストッパーになる目も出て来ると考えたからであった。が、いまや恵祐は、進んで事態を悪化させようとしており、しかもあの女が彼の引き金になりかねない? ふたたび左武は、優太のこころの声を聴こうと意識を集中した。が、するとそのとき、


『いち……、にい……、さん……?』とささやく、問題の女のこころの声が聞こえて来たのである。しかも彼女は、『もうひとり?……いる?』とどうやらこの家の、左武の姿が見えない位置にいる様子であった。


 そうして――?


     *


 そう。そうしてこのとき深山千島は、『事務所よりこっちに来たの大正解じゃない?』と自画を自賛していた。優太からのSOSは事務所発だったのだからなおさら、『我ながら無茶苦茶グッジョブじゃない?』と。


 呼吸は乱れ、心拍数は上昇し、日頃の不摂生と運動不足を反省しつつ、両手には汗が滲んでいたが、それでも、『ここでみんなを助けたら、かっこよすぎるわよね、私』と上から彼らを眺めながら。


 そう。彼女はいま、この家の二階に居た。どんな直感が働いたのかは分からないが、チャイムは鳴らさず、玄関も開けず、いつかの清水朱央がしたように裏庭から、えっちらおっちら、はしごを上って、ひかりの部屋の、窓のひとつから、長くてきれいな足から侵入、仕事用に持たされている小型拳銃を確認してから。


 ふー。


 と彼女は息を整えた。整えながら考えた。人質は、部長に守希さん、ひかりちゃん。部長以外は手足を縛られている。犯人――って言っていいわよね――は三人。ひとりは知らない、ひとりは見えない、ひとりは『あの』戸柱くんじゃん! と。


 ふーーー。


 ふたたび彼女は息を整えた。呼吸は静かに、心拍数も下げて。運動しなくちゃね。とか想いながら。走り込みかな? ヒップアップ効果もあるって言うし、バストアップは元手が足りないし、拳銃は……これは使っちゃダメなシチュよね。


 戸柱恵祐の能力は、自分が考えている以上に危険だ。一発で仕留められるのならまだしも、この銃がなにかの引き金にならないとは限らない……ってか、そもそもあたしの腕で『一発で』は無理があるわよね。


 深山千島の能力が同時に使える相手はひとりまで。知らない男と見えない男の能力は知らないけど、一番危険なのは戸柱くんと考えていいと想う――このへん軒並み吹き飛ばすかも――先ずは彼を無力化して、その隙に部長になんとかしてもらう?


『くっそ』と深山千島はつぶやいた。もちろんこころの中だけでだが、『かおるちゃんがいればなあ』と。


 小紫かおるが殺害されてからまだ十日と経っていなかった。もちろん補充はなし。にも関わらず、仕事は減らないどころか増えており、『か弱い私には荷が重すぎるのよね』的シチュエーションも多く、男手が欲しい、特に若くてカワイイのが……あ、いや、若くかわいくなくてもいいかな、あの減らず口が懐かしいし、それに、


『それに彼の力なら』と続けて彼女はこう考える。『遠くからでも人を操れたのに』


 とか、まあ、そんなことを。あの減らず口とぶっきらぼうな笑顔と一緒に……って、いやいやいやいや、


「たそがれてる場合じゃないわよ、深山千島」とここで彼女は腰を上げる。ゆっくり足を伸び縮みさせ、「死んじゃった人はどうしようもないわよね」と海で死んだときのこと、『子供十字軍』だったときの記憶が一瞬脳裏を過ぎったが、「先ずは、生きてる人を助けなきゃ」


 とその記憶はどこかへしまって、そのまま階下へ向かうのであった。



(続く)

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