表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
PR
307/405

その3


 さて。


 それから安堂夏彦は、深山と小紫の番号をメモに取ると、優太のスマートフォンを壊した。床に叩き付けるとか洗面台の角にぶつけるとかではなく、彼の念動力で中の回路だけをつぶす方法で。彼は言った。


「『搾取』」と言って先ずは左の手のひらを、それから、「――と『剪定』」と続けて右の手のひらを、くるっと返して見せながら、「なにが保護で管理だ、くそったれ」


 彼の主張――と言うか個人的な調査の結果は、次のようなものだった。


 先ず、優太の会社が、『転生者』と呼ばれる人々を探し出し集めているのは確かだし、彼らをスカウトし仕事を与えていることも、確かに『保護』と呼べなくもないのかも知れない。がしかし、


「そのために、彼らの記憶を消したり、改竄したり、生まれたばかりの赤ん坊をその家族から奪ったりもしている」


 流石にそれはやり過ぎだろうし、彼らが実社会では生きにくい、溶け込みにくい人々であることに付け込み、


「ほとんど洗脳みたいにして」


 彼らにしか出来ないような仕事をさせる。違法な情報収集だとか、ある種の未来予測だとか、会社の都合に合わせて人を動かすだとか、時には、


「邪魔な人間を自殺に見せかけ殺すとか」と安堂。返したままの左手を持ち上げ、「これが、まあ、『搾取』だな」と。


 パチン。


 と指を鳴らしてから、その手をゆっくり下げて行った。それから、


「が、まあ、それでも」と今度は、残った右手をひらひらさせつつ、「残ったやつらは幸せな方さ」そう続けて右の唇を歪めた。「『剪定』されるよりはな」


 前にもどこかで書いたと想うが、『転生者』たちの能力はこの宇宙の『バランスの崩れ』から来ており、その『崩れ方』次第で発現する能力は異なるし、また、どんな能力がどのように発現するかについては、その『崩れ方の可能性』がほぼほぼ無限にあるため、誰にも予測は出来ないし、分からない。正直未知数、発現してみないと何がなにやら不明であり、そのため、発現した能力が、まったく会社の利益にならないどころか、


「会社や世界の不利益――」と安堂は言う。残りの右手をゆっくり上げて、「いや、危険因子になりかねない」そう続けて微苦笑しながら、「もし、そうなった場合は――」


 パチン。


 とふたたび指を鳴らしてその手を下げた。


「別の能力者にそいつを殺させる」手を変え、品変え、人を変え、「その基準を勝手に決めてな」


 俺の友人もそれで消された――という言葉は流石に黙って飲み込んだが、それは、それこそが、自分の弱点、付け込まれる隙になると考えたからであった。


     *


 さて。


 祝部優太にとって、娘が、ひかりが、彼の指をはじめて握った夜のことは、忘れようにも決して忘れられない記憶である――そう彼は想っていた。


 正直なところを書くならば、彼は、妻との間に子供は出来ないだろう、とそう医者に言われたとき、その病院の待合室で、泣く彼女の背中を撫でながらも、「ああ、まあ、そういうものかもな」と妙に覚めた想いを抱いていた。


「こればっかりは仕方がない」とか、


「きっと子供がいても煩わしいだけさ」とか、


「これからずっと、彼女とふたり、死ぬまで一緒に暮らして行こう」とか、なんとか。


 なので、そのため彼は、そんな感じすら忘れていたある日の午後、突然上司から、


「祝部さんのところは確か、お子さんが出来ないんでしたよね」と言われた時は驚いたし戸惑いもした。「子供をひとり、預り育てて欲しいのだけど」


 がしかし、これも正直なところを書くならば、彼はこのとき、この話を、ただただ面倒な、煩わしい話だと想ったし、そのため、「すみません、少し考えさせて頂けますか?」と最初彼はそう応えている。


「彼女はみなし子で」とか、


「実の家族は交通事故で」とか、


「このまま行けば孤児院に」とか、なんとか、


そんな不幸なエピソードを聞かされても、実際問題、彼のこころは動かなかったし、この話を聞いた妻が、


「それは、是非お引き受けしましょう」と使命感と幸福感の入り交じった声で言った時も、


「ああ、まあ、そうだよな」と妙に覚めた感じで聞いていた。「彼女はこういう人だったよな」とか、「でも、彼女が望むなら」とか、そんなこんなを、考えながら。


 そう。


 そうして彼は父になった。


 おむつ替えは大変だった。夜中にミルクを作るのも。妻の興味と関心は全てあの子に奪われた。働いて、疲れて、家に帰って、あの子の世話をする妻を見て、正直むすめに嫉妬した。ベッドで眠るあの子を見て、


「でも、俺たちの子じゃないんだよな」といつも疑問に想っていた。


 彼女を腕に抱くとき、俺なんかが抱いて壊れないかな? とそんな風に想っていた。


 正直、俺みたいな男には、父親の自覚なんて持てないんだろうな。と、そんな風にも想っていた。


 この子を、責任感ではなく、愛情をもって抱ける日が来るのだろうか? と、そんな風に考えていた。


「能力の徴候が見えたら、すぐに教えて下さい」上司の言った言葉が頭から離れることはなかった。「そこから先どうするかは、我々の方で決めます」


 ある時、彼女が熱を出した。夜遅くに。荷物を持って、タクシーを呼んで、病院に向かった。とても苦しそうだった。


「大丈夫よ、大丈夫だからね、ひかり」と妻は彼女にずっと話しかけていた。


 深夜の病院は明るかったが、明る過ぎるライトは優太を妙に不安にさせた。診察には異様に時間がかかった。


「お父さま?」と看護師に呼ばれ、一瞬自分のことだと分からなかった。


 病院のベッドに寝かされた彼女は大分落ち着いているようだった。早口の医者が、寝不足の顔で薬やなんかの説明をしてくれた。優太は、


「大丈夫かい?」と小さな声で彼女に訊いた。彼女の胸の辺りに、人差し指を出しながら、


 ぎゅっ。


 それが、はじめて彼女に指を握られた夜のことだった。涙が出た。声には出さなかったが、妻が心配するほど泣いていた。きっと、よほど不細工な顔になっていたのだろう、妻も彼女も、彼の顔を見て笑っていた。大きく。いまも我が家で笑っているような、そんな大きな声で。


「大丈夫だ」彼は言った。彼女にだけ聞こえる声で、「お父さんがついてる」


 彼女の壁の向こうに、小さな、まぶしくひかる窓のようなものが見えたが、きっとそれは涙のせいだろう。そんなものは見えなかった、と彼は考えることにした。


「大丈夫だよ」優太はくり返した。彼女にだけ聞こえる声で、「いつでも、お父さんがついてる」


     *


『どうするつもりだ?』優太は訊いた。ただし心のなかだけで、『この子が暴走したら、この家どころじゃすまないぞ』


 安堂夏彦の説明――と言うか演説は続いていた。復讐で心が満たされているのがよく分かった。彼の前に立つ戸柱恵祐の息はひき続き荒く、細切れで、洗面室内の温度は、先ほどよりもコンマ数度、あがっているように想えた。優太は続けた。


『聞こえてるんだろ? 刑事さん』と、もちろん心のなかだけで。左武文雄にだけ聞こえる声で、『要望があるんなら聞く。あんたが間に入ってくれ』


 何故なら彼は、左武の『他人のこころが聴ける能力』のことを知っていたし、ここでは一番彼が、まだ冷静に物事を見ているように想えたからである。


『戸柱くんを見てくれ』優太は言った。安堂の方を向いたまま、『彼のこころに彼の力は強すぎる。これ以上緊張させない方がいい』石橋伊礼の預言が想い出された。『たのむよ、刑事さん。聞こえてたら鼻の頭を掻いてくれ』左の目だけで左武を見た。


 もちろん声は届いていた。がしかし、左武はすぐには応えなかった。何故なら、これまでの経緯と安堂から聞いた話、それらを勘案した場合、どこまで優太を信用してよいものか、正直、なにも聞かない方がよいのではないか、と彼は考えていたからである。がしかし、


『たのむよ、刑事さん』とそれでも優太はくり返した。『戸柱くんのお母さんのことは知っているんだろ?』


 そう。


 左武文雄がここに来た理由。


 それはもちろん、このふざけた状況の背景を知り、可能ならば、能力そのものを消す、捨て去る方法を知りたいということもあったが、それより何より、この不安定な青年――自らの手で母親を殺してしまったこの青年――をほうってはおけない、そばにいてやらなければいけない、そういう想いからであった。


 ふー、

 ふー、

 ふー、

 ふー、

 ふー、


 荒くなる呼吸を、恵祐がどうにかして抑えようとしているのが分かった。痛々しかった。


「安堂さん」とうとう左武は言った。しばらくの沈黙と逡巡の後、「むかしの話はもういいだろ」額の汗を拭きながら、「祝部さんも分かってはいるようだ」とそのまま手早く、鼻の頭を掻いた。「そろそろ本題、俺たちの要望ってやつを彼に伝えようぜ」



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ