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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十七話「絵葉書のゴールデンレトリバーのように。」
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その2


「あんたらのやってるのは、体のいい、搾取と剪定だろ?」


 そう安堂夏彦が言った時、祝部優太は、先ず、咄嗟につかんだ娘のぬいぐるみから彼女のことを、それから次に、台所にいるはずの妻のことを、更には今日、例の森で落ち合う予定の部下のことを考えようとし、その目の端に、例の刑事――と言うよりは『他人のこころが聴ける能力者』――左武文雄がいることを想い出し、急いで意識を違うものへと移すことにした。剃り残した髭のこととか、剥がれかけてるペンキのこととか、数年ぶりに会った安堂がすっかり老けてしまっていることとか、そういう取り留めもないことを、手を変え品を変え、断片的に、すばやく、途中、本来考えるべきことを、左武に気取られない程度に混ぜ込みながら。


「ちっ」左武が舌を打ち、安堂が「どうした?」と訊いた。こころを読ませぬようにと優太がしていることを彼は説明した。


「ふん」安堂が応えた。洗濯機の上のスマートフォンに気付き、「まあいいさ」と続けるとそれを自分の手もとに引き寄せた。もちろん一歩も動かずに、そいつを宙に浮かせてから、「どうせすぐに喋ってもらうさ」


 安堂夏彦の能力はいわゆる念動力・サイコキネシスだが、重いもの・大き過ぎるものは動かせない代わりに、いくつもの小物を同時に動かすことが出来た。なので、刃物やなんかを扱われたら大変厄介だし、彼の裏をかこうとしても、隣にいる左武の能力がそれを邪魔するだろう。がしかし、


「がしかし」と優太は考える。先ほど触った蛇口の熱さや、手もとのタオルに付いた小さな焦げ目を想い出しながら、「一番の問題はこの子だな」とおびえる青年を一瞥してから。


 彼の能力がどこまで発展・進化しているかは分からないが、この青年・戸柱恵祐の身体は、常になにか薄い陽炎のようなもので覆われているように見えたし、その奥には、いまにも噴き出しそうな焔の固まり、それに類するものがわだかまっているようにも見えた。しかも、


「しかも」と続けて優太は考える。彼の実家で見た火災の跡を想い出しながら、「聞いていた以上の不安定さだな」


 青年の呼吸は落ち着きがなく、目はうつろで、身体はずっと小刻みに震えていた。


「くっそ」と優太は考えた。もちろん昨夜の御飯とか、阪神戦の結果とか、1123を41で割ることを考える合間にだが、「この子だけは、深山でないと止められんぞ」


 彼の部下の深山千島には、他人の記憶を消すことの他にも、『転生者』たちの能力を弱らせる、無効化させる能力があるのだが、先ほど書いたとおり、彼女と優太とは、この日、問題の森――山岸まひろとミスターが隠れているあの森――で落ち合う予定となっており、彼が呼び出しでもしない限り、ここに突然、彼女が現れることは先ずなかったし、その呼び出しのためのスマートフォンも先ほど、


「うん? これか?」とつぶやく安堂夏彦に取られたばかりだった。「家族と会社以外だと、この『深山』ってのと『小紫』ってのとばかり連絡を取ってるな」


「ちっ」と優太は舌を打ち、急いで別のことを考えようとしたが、


「その『深山』ってのがそれだ」と一瞬はやく、左武文雄に、こころの声を聴かれてしまった。「例の、力を邪魔する女だ」


     *


 さて。


 深山千島が祝部優太の部下になったのは、小紫かおるが一時期会社から逃げ出していた頃、それと入れ替わるように見付かった・発見された彼女を、友枝久香が優太に紹介する形でであった。


 が、ただ、そのとき優太は、かおるは必ず戻って来る、見つけ出してやらなければならない、とそう考えていたし、また正直、若い女性と組まされることを面倒にも想っていたので、


「すみませんが、友枝さん」とそのまま最初は断わろうとした。がしかし、


「ああ、もう、あんま気にしないで下さい、祝部さん」と言う深山の軽さと言うか明るさに、ついつい、苦笑しつつも引き受けることになってしまった。「その小紫って人が戻って来たらすぐに出て行きますし、探すのも手伝いますし、それにほら、私かわいいしキレイなんで、男連中籠絡するにはもって来いですよ」とかなんとか。


 なるほどたしかに、彼女は男――だけではなく一部の女性にもだが――受けがよく、それが難しい仕事や社内の調整に役立つこともよくあった。がしかし、それは彼女の言う「かわいいしキレイ」が理由と言うよりは、きっと彼女の持つ能力の副作用なのだろう、と優太は理解していた。小紫かおるのように他人を自由に操れる――ほどではないにしろ、彼女の言葉や態度には、男を籠絡――とは言わないまでも、他の人間が彼女に興味や関心、好意を持つようになる力のようなものが自然とまとわりついているからだった。あるとき彼女は言った。


「まあ、だから、かなり注意はしてるんですよ」と半分真面目に、半分笑いながら、「部長が私に、好意を持たないようにって」


「は?」優太は訊き返した。「なにを言ってるんだ、お前は」


 正直、彼にとっての彼女は、有能な部下以上でもなければ以下でもなく、よくて近しい親戚の子くらいの存在であった。それも結構危なっかしい、距離を置きたいタイプの。深山は続けた。


「だって、かなり理想ですもん、部長のお宅」とひき続き、半分真面目に、「守希さんキレイだし、ひかりちゃんカワイイし、部長は守希さんにまーだまだまだメロメロだし」と半分笑いながら、「それを私の魔性で壊すなんて、恐れ多くてもったいなくて」


 この彼女の言葉は、家族を知らない彼女、『子ども十字軍』だった彼女にとっては真実本当のことであり――そう言ってよいと私は想うが――、これが彼女が優太を、その家族をずっと気に掛けている理由でもあった――が、まあ、それでも、


「魔性?」と言って優太は呆れる。くり返しになるが、彼にとっての深山は、よくて近しい親戚の子くらいのポジションでしかなかった。「にしては色気が足らな過ぎるだろうが、おまえは」


「あ、ひっどーい」深山が応えた。「足とか結構自信あるんですよ、わたし」


「色気はないだろ」


「えー、そうッスか?」


「ああ、まったく」


「くっそー、やっぱ守希さんみたいな大人の女にならんとダメですかね」


「それも難しいと想うぞ。ああ見えてうちの奥さんかなりな美人だから」


「うえ、ナチュラルにのろけられた」


「話をふって来たのはお前だろうが」


「うーん?」


 とそうしてそれから、少しのあいだ彼女は、考えるふりをしてから彼女は、


「あのね、あのですね」と声のトーンを落として言った。「ちょっとマジな話なんですけどね、部長」


「なんだ? 難しい顔して」


「さっきのアレ、結構マジな話なんですよ、部長のお宅が理想だっての。守希さん優しいし、ひかりちゃんはほんといい子だし」


「は?」と一瞬優太は、いつものからかい口調で訊き返しそうになったが、彼女の声のトーンにすぐにそれを止めた。「あ、ああ、ありがとう」


 そのため彼女は、優太の代わりに、「ないですよね?」と彼に訊くことになった。


「ないですよね?」と。捨てられる、一人になることの怖さを彼女は知っていたから、「部長がひかりちゃんを手放したりするのって」


 ひかりが会社からの預り物であること――もしもひかりに能力が発現した場合、優太は彼女を会社に返さなければならないこと――を、深山は知っていたからである。


「ふん」とつぶやき優太は答える。「大丈夫さ」とこちらを見据える彼女の目から、ゆっくり顔を背けながら、「あいつに『能力』なんてないさ」と小さいが強い口調で、「あってたまるか」と。



(続く)

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