その15
ポイッ。
と大きな水の固まりが森の中を飛んで行き、そのまま、
ドッボーン。
と向こうの池の中へと落ちた。大きな水しぶきが上がり、祝部優太は、
「な、なんだ? いまのは?」
と目を丸くして驚いた。口もバカみたいにあんぐりさせて、
「ね、念動力の一種か?」と。
「そ、それともなにか別の力か?」と。
「あ、あいつ、なんの予備動作もなしに、手を振っただけで水を集めて放り投げたぞ?」と。
*
と言ったところで。
引き続きここは、練馬区某所にある森林公園。SEP(所詮他人ごと問題)フィールドを掛けたタイムバブル内にいる山岸まひろと赤毛のミスター、それに、そんな彼らを陰から見ている祝部優太と深山千島である。優太が続けた。
「しかもあいつ、宙に浮かんでないか?」と嫌な感じを抱きつつ、「まさか灰原と同じタイプじゃないだろうな?」
と言うのも、本来転生者たちが持つ能力は、基本ひとりひとつまでで、その中でも例外中の例外が、現在逃走中の灰原神人――彼は他の能力者を殺すことでその能力を盗み取る能力者だった――からである。深山が訊いた。
「どうします? 声かけてみます?」と。優太の驚きが分からないわけでもあるまいが、「石橋先生から教えて貰ったって言えば、警戒はされても、話は通じるでしょうし」と。
どうやら彼女は、優太ほどにはまひろのことを恐れてはいないようであるが、これはきっと、灰原と対峙した時の経験から、まひろのそれが、灰原の邪悪さとはまた違う、なにか柔らかさを含んだもののように感じられたからであった。
「うーん?」優太は考えた。なんだかとても平気そうな深山の顔に、「うーん?」と小さく首を傾けながら。
そうして――?
*
「うーん?」とそうしてミスターも考え込んでいた。両手を組んで、例のリストを空中に映し出し、「うーーーーーん?」と大きく首を傾けながら。
「どうかしたんですか?」まひろが訊いた。「そんな難しい顔して」
「うん?」生返事で彼は応えた。「うーーーーーーーん?」
と言うのも、いま彼は、まひろの能力の強さ・正確さに驚きながら感嘆し、次の『コピー』候補を探していたのだが、そのリストの一部、ある人物の数字が、いまだ計算中と言うか、変動を続けていることに気付いたからである。
「灰原……神人?」まひろが訊いた。彼の視線に合わせつつ、「なんでその人だけ、数値がふらついているんですか?」
「うーん?」ふたたび生返事でミスターは応えた。「この彼? だけかなあ?」と、自身の記憶にあるリストと現在のリストを比べ合わせながら、「だれか……消えてる?」
もちろん。この「消えてる?」について、作者である私と、読者である皆さまは、その原因らしきものにこころ当たりがあるのだが、この時点、このタイムラインでのミスターは、いまだ灰原のことも、彼の能力のことも知らない。そのため彼は、このように首をひねることになるのだが、
「うーん?」と引き続き、いつになく真剣な顔のミスター。それでも、「多分だけどね、まひろ君」とどうやら我々と近い理解にはたどり着いたのか、「あ、いや、まってよ」とそれとも、もっとまずい事態を想像したのだろうか、「もう少し、慎重に動いた方がいいのか……?」
そうひとり納得すると、ようやくまひろの方を向き、「いいかい? まひろくん」と彼女に注意とお願いをした。
「注意?」まひろが訊き返した。
「この灰原って人の能力は、絶対にコピーしないこと」ミスターは答えた。「少なくとも、僕が泣いてお願いでもしない限りね」
「どうしてですか?」
「詳しいことは調べてみないと分からないけど、かなり危険な能力なんだと想う」
「危険?」
「うん。調べてみないと分からないけどね」
「うん?」とまひろ。詳しく訊こうかとも想ったが、いつになく真剣なミスターの表情にそれは止めておくことにした。「お願いっていうのは?」
「うん」とミスター。顔を上げつつ彼女を一瞥、「どこまで出来るか分からないけどね」とそれから周囲を見回して、「コピーした能力はすべて『壁』に保管、可能な限り憶えておいて欲しいんだ」そう言って答えた。「彼らのもとから盗まれる? 宇宙から消される? 前にね」
そうして――?
*
ビクッ。
と突然、左武文雄は目を覚ました。病院のベッドの上で。左耳に何か当たる気配を感じたからである。
そのため彼は、反射的に、右側面に回転、そのままベッドから起き上がろうとした。が、
グッ。
と左の手首と鎖骨、それに上腕骨頭の辺りに違和感を覚えるとそれを止め、左右どちらかの足が動かせないものかとやってみた。が、
チクッ。
とそこには、小さいがするどい痛みが、両足のつけ根や太衝、それに半月板やアキレス腱の辺りから上がって来たのでそれも止めた。もちろんこちらも、反射的に。そのため、それから彼は、
スーッ。
とゆっくり、息を吸い、
フーッ。
と気持ちを落ち着かせ、意識を整えるため、吸った時より遅くなるよう注意して、こちらもゆっくり、息を吐いた――直後、
「さ、さたけッ、さん」と彼にささやく声が聞こえた。「う、うごかないでッ、ください」
彼が探し、また心配している青年の声であった。声は続けた。
「あ、あなた。は、」と左武の肩に触れながら、「ふっ、ふっ、吹き飛ばしたくない」
窓のブラインドは下ろされ、病室はうす暗かった。耳をすませてみたが、空調の音は、以前のように狂ってなかった。
スーッ。
とふたたび息を吸い、
フーッ。
とふたたび息を吐いた。もう、かなり落ち着いたものだった。彼は言った。
「戸柱……?」相手を驚かせないよう、十分注意した声で、「よかった。生きてたんだな」
出口の辺りに、また別の人間の気配を感じた。彼を動けなくしているのはその人間の能力だろうか。彼はそれを、敢えて無視した。
「おまえ、どうして」――勝手に逃げたのか?
左武文雄はそう訊きたかったが、それより早く青年・戸柱恵祐は言った。
「あ、あなたッ、は、」と左武の肩に置いた手を、左上腕部へと移動させながら、「し、信用。で、出来る。きょ、協力し、して欲、下さい」
「協力?」左武は訊き返した。
「か、かたき討ち」恵祐は答えた。「か、母さん。と、ぼ、お、俺、やッ、あ、あなたッ、を、こ、こんな、こんな風にしたやつらへの」
(続く)




