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その13


 さて。


 第十四話(その16)でもすこし触れたとおり、『SEP』とは、『Somebody Else’s Problem(所詮他人ごと問題)』の略である。


 この技術は、特殊な電磁気フィールドを張ることで、『あ、この辺の事柄は自分には関係のないことなんだな』と周囲のひとに想わせ目を逸らせるためのもので、東銀河辺境域は野蛮惑星・地球に突如として現われた大天才、ダグラス・アダムズ老師が、西暦一九八二年に発表した名著『Life, The Universe and Everything』(邦題『銀河クリケット大戦争』)の中で初めて出したアイディアを、未来の世界のネットデパートが丸パクリ、実用化させたものである。


 であるからして、それが実用化された未来の世界では、この『SEP』に対抗するための技術『NIYP』つまり、『No, It's Your Problem(いいえ、それはあなたの問題です)』や、あるいは、そんな技術を使わなくても――NIYPにはまた別の特殊かつ危険な電磁気フィールドが使用されていた――、ちょっとした方法で、SEPの向こうにあるものに気付く、見るコツが、『暮らしの手帖 (未来版)』に時々掲載されていたりした――皆さま、面倒なことがあるとすぐにSEPに隠れるパートナーに辟易していたのである。


 が、ただ、まあ、そうは言っても、それらはもちろん遠い未来のお話で、いま、我々が住む現代の地球においては、そんな便利な秘密道具もなければ、未来の総合生活情報雑誌もない。


 で、あるからして当然、問題の赤毛エイリアンがこちらの森林公園に張ったSEPフィールドも、誰も気付かない、気付かれないハズ、だったのだが――、


     *


「いいですか、部長」と深山千島は言った。ゆっくり、しずかに、右手の人差し指をある方向に向けながら、「あっちを見て下さい」


 と、そう言う彼女の顔そのものは、指とはまったくちがう方向を向きながら。


「うん?」優太は訊き返した。「どっちだって?」


 深山の指は奥の竹林を、深山の顔は大きな楡の木を見ていた。


「ですから、あっちですって」深山は答えた。


「ふむ」優太はうなずいた。分かった顔で。それから、「うん?」と黙って首をかしげ、それからついでに肩をすくめた。「だから、どっちだって?」


「ですから、あっちですって」ふたたび深山は言った。ひき続き竹林を指しながら、大きな楡の木を見詰めながら。


「ああ、なるほど」優太は言った。


「見えましたか?」深山が訊いた。


「いや、なんにも」


「ああ! もう!」


「怒るなよ、俺にもお前が何を言っているのか分からないんだから」


「私だって自分が何を言っているのか分かりませんよ」


 優太は、ゆっくり、目を見開いて、深山の横顔をジッと見詰めると、そのまま大きく反省した。


「いや、すまない」彼は言った。真摯に。「たしかに最近、ハードワークが続いていて、お前にもかなりな負担を掛けてはいたが、まさかそこまで、お前が追い込まれているとは想っていなかった」と。「いや、これはもう、上司としての俺の責任だ」と。そうして、「どうだ深山。実はいい心療内科の先生を知――」


「ちがいます!」深山は叫んだ。それでも声のトーンは落としながら、「私が! 訊いてるのは! 部長にあれが見えたかどうかです!」


 優太はたじろぎ、ふたたび深山の方を見た。彼女は真剣な表情で、引き続き楡の木を見、奥の竹林を指差していた。彼女は続けた。


「たぶんこれは、あの赤毛の能力かなにかなんだと想います」と。これに気付けた自分に感心しながら、「きっとこれは、自分やなにかを、人から見えない、人に見ようと想わせない、所詮それは他人事で、自分には関係ないと想わせるなにかなんだと想います」そうして、静かに驚きながら、「『所詮、他人ごと』。脳はそれを意識から消して、盲点をつくる。そこになにがあるかきちんと知っていれば別なんでしょうけれど、でなければ直接見ようとしても見れない。深夜、不意に聞こえた物音。道を歩いている時に、急に飛び去って行ったなにかの影。そんなものを捉えるように、自分自身の不意をついて、目の隅で捉える必要があるんです」


「は?」と、しばらく優太は、呆けたような顔つきで、彼女の言葉を理解しようとしていたが、やっぱり全然、なんのことやら分からず、仕方がないので改めて、彼女にそれを訊き返そうとして、


「えっ?」と突然、やっと、『それ』に気付いた。「ああ……」と彼は息を漏らした。「なるほど……、だからお前は……」


「やっと気付きましたか?」深山が言った。これ以上は、なにも言わなくても大丈夫だろう。


「なるほど……」優太は続けた。「だからお前は、さっきから、飛んだり跳ねたり……、背伸びをしたり……、まばたきをしたりしていたんだな……」


「どうです?」深山が訊いた。「これで納得でしょ?」


「なるほど……」優太は応えた。「するとあの赤毛が、石橋先生の言ってた『ミスター』か?」


     *


 くっきゅぅうぅうぅうぅうぅうううう~ん。


 と言ったところで。


 丁度これと同じころ、問題のタイムバブルの中では、右のような奇妙な音が響き、そのため、


 ザッバアァァァア。


 と宙に浮かんでいた大きな水の塊が地面の方へと流れて落ちた。山岸まひろの集中力が途切れたからである。彼女は驚いた。


「うわっ」と浴槽0.7杯分はあるだろうか、水しぶきを避けながら。そうして、「なんですか? いまの音」と後ろをふり向き言いながら。


「あ、いや、ごめん、ごめん」赤毛のエイリアンが答えた。「どうやら、僕のおなかのようだ」


「おなか?」まひろは訊き返した。「おなか空いたんですか?」


「うん。結構ペコペコ」


「でも、さっきも例の豆を」


「たしかに食べたけど、いくら栄養価が高いからって、あんな小さいの食べた気にならないよ」


「はあ……」


 先ほども書いたとおりここは、前のシーンで優太と深山が気付いた、見付けた、タイムバブルの中であり、時間的には、


「リストの人たちの能力。それを君が、それぞれコピーしてペーストするんだよ」


 と彼が彼女に伝えて、数日ほどが過ぎた時点(もちろん彼らの主観時間的時間でだけど)であった。そうして、


「まひろ君、おなかは?」続けてミスターが訊いた。


「あ、いえ、全然。だいぶ前に僕も半分頂きましたけど、すごいですね、あの豆。まったくお腹が空きませんよ」


 と先ほどから話題に上がっている豆形携帯食品『ハーミット・ファーバ・ビーンズ(隠者のそら豆)』、それに、


「あ、あと、あの真っ白い飴みたいなお薬のせいなんでしょうけど、全然ねむくならないし、体力も落ちないんですよね」


「『エイジャ・キャンディ(エイシャの飴玉)』ね。本来は老化を防ぐ薬なんだけど、『壁』を模した空間にいるおかげで、そういう副作用も出ているのかも知れないね」


 と、なにやら怪しい薬のおかげもあってか、まひろ君の修行も進みに進み、先ほどお見せした水の塊は、その『コピー』でコピったどこかの『水使い』――先般ご紹介した吉野浩治――の能力を使い、彼女が浮かせたものであった。どうやら吉野よりも巧みに強力にこの能力を使いこなせていたようだが、それが寝ずの修行によるものか、彼女と能力の相性によるものなのかはよく分からないが、多分に後者によるものだろう。何故なら、「波長を合わせる」は彼女の得意とするところでもあったから。


 そう。そうしてそれはまた、この『コピー』と『壁』が、どのように関係しているかの話にもなるのだが――って、そだ、その前に。


 すでにお気づきの方もおられるかも知れないが、一応補足だけしておくと、ここで出て来た奇妙な食品&医薬品、『ハーミット・ファーバ・ビーンズ』と『エイジャ・キャンディ』は、どちらも二十世紀地球は日本のマンガ作品からのパクリで――、


     *


「ひとつは、『ドラゴンなんとかボール』ってアニメに出て来る栄養機能食品がモデルで――」


 とミスターも言うとおり、こちらは、ひと粒食べれば十日間は何も食べなくても平気だし、色はみどりで形はそら豆に似ているし、食べる時には『ポリポリ』という擬音が使われるほどに元ネタまるパクリの食品であり、もうひとつの医薬品の方も、


「F先生の傑作SFマンガ(注1)に出て来るお薬がモデルで、特定の時代に長くとどまるタイムパトロールが――」


 その時代で年を取り過ぎないよう開発された老化を防ぐものだそうで、


「飲み過ぎると赤ちゃんになっちゃうから気を付けてね」


 と、こちらも原作をきちんと読んだ上で、元ネタまるパクリした代物だそうである。ミスターは言う。


「やっぱり二十世紀日本のマンガ・アニメはアイディアの宝庫なんだろうね」とそうして、


「これらの販売元である未来の国のネットデパートでは、他にも色々と二十世紀日本のマンガ・アニメを丸パク――リスペクトした商品が多数売られているから、またいつかどこかで紹介するね」と。


 うん、まあ、叱られない程度にね。


     *


 と言ったところで。


 これで一応、不思議な豆と薬についての補足も終わったので、本題の『コピー』と『壁』と山岸まひろの関係について、きちんと説明しておきたいのだが――って、こちらもやたらと長くなって来たので、続きはまた、次回更新分で。



(続く)

(注1)

 西暦1978年から1986年にかけて発表された、藤子・F・不二雄先生の代表作のひとつ『T・Pぼん』(タイムパトロ―ルぼん)のこと。

 普通の少年・並平凡が、ひょんなことからタイムパトロール隊の一員となり、太古の大昔から遙かな果ての未来まで、さまざまな時代・場所を飛び回りながら、歴史の谷間で不幸にも命を落とした人々を救助する歴史冒険SFマンガの傑作であり、第一部のヒロイン、ぼんの先輩リーム・ストリームの可憐さにこころと魂を奪われた少年少女は多数いるようである(作者もそのひとり)。


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