その11
「あなたならアレを、どんな風に評価します?」
そう問われた時ミスターは、彼はまだお天気雨のことが気になっていたこともあって、しばし質問の意図をくみ取ることが出来なかった。そのため、
「評価?」と口に出しかけそれをやめ、「とても素晴らしいじゃないか」と言いかけそれもやめると、引き続きお天気雨が気になっているようなそぶりで一瞬時間を稼いでから、「ああ、まあ、そうですね」と言って答えた。
「たしかに興味深い能力だとは想いましたが、いかんせん弱いですよね」と。
「弱い?」灰原神人は訊き返した。「どういう意味ですか?」
「あ、いや、別に悪気はないんですけどね」続けてミスターは答えた。「水を扱えるとは言っても、せいぜい、あのペットボトルくらいの量でしょ? さっきの彼の様子だと」
「そう……ですかね?」
「あくまで憶測ですけどね。にしても、あれだけ力を入れて水を動かすだけと言うのも微妙と言うか、例えば藤間さんの結晶化能力、あっちの方が断然強いし上ですよね、能力という意味においては」
この時のミスターの口調は、多分にわざとだろうが、いまはここにいない吉野をどこか揶揄うような、侮るような調子もあり、それが灰原の気にさわった。
「いやあ、でもそれは」彼は返した。藤間に扮していることを忘れないよう注意しながら、「使い方次第じゃないですかね」
「と言うと?」ミスターが訊いた。
「例えばそうですね」灰原は答えた。「例えば、私の結晶化能力と組み合わせれば、結構面白いことになると想いませんか? 彼が集めたり動かした水を、私がそのまま結晶化する」
「なるほど?」
「私の結晶化は、いまは球形のみですが、彼の能力と組み合わせれば、例えば棒とか四角とか、色々な形が試せるかも知れない」
「ふむふむ」
「それに、少量の水でも、十分武器や凶器にはなり得ますよね」
「凶器……?」
「ええ。例えばそれこそ、肺に空気が不足している状態なら、数滴の水でも人を窒息死させることは可能ですし、あの能力が水以外の、例えば人の血液なども操れる能力なのであれば――」
ハッ。
とここで灰原神人は言葉を切った。吉野の能力を、これから自分が奪い取ろうとしている彼の能力を、軽く見られたことが気に食わなかったからだろうか、ついつい彼は、自分が藤間和雄に扮していることも忘れ、想い付くまま、吉野の能力の強みや活用方法について、ミスターに話し出していたからである。
「うん?」とミスター。話を止めた彼に向かって、とぼけた顔で黙っている。彼は続けた。
「ま、まあ、でも、取り敢えず」と自分がいま藤間和雄であることを意識しながら、「吉野さんの能力もこれからもっと強力になるかも知れませんし、そもそも能力はひとそれぞれ」と、そもそも自分が出した『評価』という言葉も忘れながら、「それに強いとか弱いとかはあまり関係ないじゃないですかね」
後半彼は、少々あせったこともあってか、奇妙な早口になっていた。ほんの少しの、意地悪な間を置いて、ミスターは応えた。
「うん、まあ、そうですよね」と引き続きのとぼけた声で、「能力に上下はないですもんね」とそこに何かを問うように、「すみませんが、藤間さんって――」がしかし、
ガラッ。
とここでヤスコと吉野が戻って来て、ふたりの会話はそこで終わった。吉野が言った。
「すみません、おふたりさん」手にスマートフォンを持っていた。「仕入れの用事が入っていたのをすっかり忘れていて」――この続きは、明日以降でもいいですか?
*
妙な頭痛とお腹の痛い日が重なったこともあり結局学校は休んだ。
お腹が痛いのはいつものことだし、妙な頭痛も、痛み止めのおかげでかなり抑えられていた。
がしかし、それでも彼女の頭とお腹はぐるぐるぐるぐる回り続けて止まらない感じだった。
「ヤマギシフジオ?」ベッドの上で彼女は言った。つぶやくように。枕もとのスマートフォンに手を伸ばし、「ヤマギシ、フジオ?」そう続けて、またつぶやいた。
確かに、昨日出会った女性はそう言っていた。その名前の男性が彼女・祝部ひかりの本当の父親なのだ、と。
検索アプリを立ち上げて、取り敢えず『やまぎし』と入れてみた。『山岸』と変換されたので、続いてそのまま『ふじお』と入れてみた。『不二雄』『不二夫』『藤生』『藤尾』……漢字は分からないので平仮名のまま検索を掛けた。ずっと昔のお医者さまやよく知らない政治家、白黒写真の禿げた頭や、色んなSNSのプロフィール画像が流れて来た。どうせ見ても分からないんだろうなって気持ちと、見た瞬間「この人だ!」ってなるかも知れない期待と不安で余計にぐるぐるぐるぐる、頭とお腹はまわり続けた。そうして、
「ああ、もう」と結局、そのままアプリを閉じて、スマホも元あった場所……よりも気持ち遠くに置いた。ジャージの裾をズボンに入れて、手足を伸ばして仰向けになった。目を閉じ、呼吸を整えて、昨日、あの女の人――名前は確か、友近だか友枝だか――に言われたことを想い出してみた。
*
「本当のご両親の出会いについては知っているわよね?」と友枝だか友近だかは言っていた。「理主さん、山賀さんから聞いているものね」と。
ひかりが理主から聞いたお話――彼と彼女の出会いから別れ――については、父母双方に認識の差はほとんどなく、別れてから後、理主がひかりを産み、生き別れになるまでの経緯もまあ、理主に聞いた通りだと想って貰っていい――とこれも、友近だか友枝だかの言葉であるが、
「なので、今日知って欲しいのは」と更に彼女は続ける。「お父さんその人についてのことなの」
彼の住まいや家族構成、社会的地位とか、怖く見られることも多いが基本的には善人であることなんかを。それに、
「これも、理主さんから聞いているとは想うけど」
彼女の妊娠を当時の富士夫は知らず、それを知ったのは――とここで彼女は嘘を吐く――ひかりが祝部の家に貰われて行った後、しかも「彼女は死んだ」という誤った情報とともにであった――そう彼女は続けた。
ちなみに。ここでの嘘に友枝は軽い能力をまぶしていたので、話の矛盾・違和感にひかりは気付かないし、気にも留めない。
「彼はいい人よ、とてもね」と、更に彼女は続けたが、ここの部分に嘘はなかった。「あなたが死んだって聞いた夜には涙も流したそうよ、ひとりで。いまの家族にはとても話せないからって」
が、どうしてそんなことまで彼女が知っているかを彼女は話さないし、ひかりも疑問に想わない。話は続く。
「そうして今回、理主さんからあなたが生きているって聞かされたらしいわね、彼」と。
「え?」とひかりは驚き、
「でも、理主さんに止められたようなのよね、あなたに会うのを」と友枝は続ける。ここでも少し、嘘を吐きながら、「その理由はよく分からないけれど」と。
そのため――そう。そのため、
「それで?」とひかりは訊き返す。「その――フジオさん? はなんて?」
「さあ?」友枝は応える。わざとらしく肩をすくめ、彼女の質問には答えずに。「会ってみたくない? ひかりちゃん。お父さんに。本当の、お父さんに」
そうして――?
*
そう。
そうしてここで、ひかりの記憶は一旦途切れる。正確には、断片的な、旧い写真のフィルムみたいな記憶なら残ってはいるが、次に記憶がはっきりして来るのは、自宅の前の通りを、深山千島に肩を抱かれて歩いているシーンである。
自宅の前では母親の――彼女を育ててくれた母親の――守希が心配そうに彼女を待っていた。暗い夜道に、電柱の灯かりがなんだか星のかけらのように見えた。
「だいじょうぶ?」深山は訊いたが、彼女は応えられなかった。守希の後ろに父親の――彼女を育ててくれた父親の――優太の姿が見えた。
「部長」と深山が、ひかりを守希に渡してから彼の方へと歩いて行った。「実は――」
となにやら彼に事情を話していたようだが、その声はひかりには届かず、また届いたとしても、それを聞けるだけの余裕が彼女にはなかった。
「大丈夫?」と守希も彼女に訊いたが、ひかりはこれにも応えられず、彼女の胸に顔を埋めるばかりであった。「大丈夫? ひかり」
彼女が答えられなかった理由。それは彼女が、守希や優太の気持ちも考えず実の母親に会いに行ったことを改めて後悔していたからであったし、それに加えて今回は、友枝久香から出された提案――実の父親・山岸富士夫に会いに行くこと――に、彼女自身、強くこころを惹かれていたからでもあった。
(続く)




