その8
さて。
もう何年も前のことになるが、あるとても実直な女性から身の上話をされたことがある。
どうしてそんな話になったのか、その経緯はもう忘れたが、彼女は私も「とても実直そう」な人間に見えたというのが、その話をしようと考えた理由だったという。
ここでいう「実直」とは、日々をまじめに働き、生活を行ない、不道徳・不正直的なものに対して抗議の声を上げる。とまではいかなくても、せめて黙って首を振り、彼らから距離を置くことが出来る、というくらいの意味であった。彼女は言った。
「今度の五月で私は三十六になるんですが、あなたの意見を聞かせてもらえませんか?」
意見? と私は少し首を傾げたが、それでも、
「いいですよ、どうぞ」と言って答えた。「私なんかの意見でよければ」彼女は続ける。
「実は先日、子どもを妊娠していることが分かりました。もちろん今のパートナーとの子どもです」
ああ、それは、「おめでとうございます」と反射的に言い掛けて私は口ごもった。彼女の声にはまだ別の続きがありそうだったからだ。彼女が少しほほ笑んだ。
「このことを彼に伝えると、彼はよろこび、私を抱きしめ、例えば籍とか結婚式とか、私の両親への挨拶はどうしようかとか、そんなことまで言ってくれました。とてもやさしい――失礼ですが樫山さん、お子さまは?」
私は首を横に振った。彼女は私の詳しい私生活やパートナーのことを知らなかったのである。
「あら、すみません、それは……」
と彼女も口ごもり、軽率に身の上話を始めた自分を反省している様子であったが、これは当然、その辺りの背景情報を隠し続けて来た私に非がある。私は彼女の手に触れて、
「あ、どうか、そんな気にしないで」と言った。「どうぞ、話を続けて下さい」
何故なら、それでも彼女が、話したがっているのが分かったからである。
「そうですか?」彼女はつぶやき、目をふせ、私の手を握りかえし、しばらくの逡巡のあと、「実は」と言って話を続けた。「実は、とても不安なんです」
「もちろん、子どもを授かったことは大変うれしいことですし、奇跡のようなことだとも想っています。まさかこの年になって、と。彼もよろこんでくれていますし、私にとってはこれが――すみませんね、樫山さん――これが最後のチャンスなのかも知れません」
私は首を横に振った。ぎこちない笑顔になっていないかが心配だった。がしかし、彼女の方はそれどころではなかっただろう、彼女は続ける。「ただ、それでも」
「ただ、それでも、どうしても不安なんです」と。「こんな、こんな……」と言葉を選ぼうとして選べず、それでも正直に、「こんなクソみたいな、恐ろしい世界に、新しい生命を送り込んでもよいものなのでしょうか? この世界の恐ろしさを、くそったれ加減を、この子が理解したとき、私はこの子を産んだ責任を取れるのでしょうか?」と。
彼女と私は、この小さな、静かな喫茶店に入る前、駅前で外国人排斥を訴える政治家の演説を耳にし、家電量販店のテレビで、そこに映る戦争や民族浄化や民主主義打倒を目指す大統領の姿を目にしていたところであった。
「絶対に産まない方がいい」
もう少しで私は、そう答えるところだった。
その子が彼らの被害者になることもあれば、その子が彼らと同じクソ野郎になる可能性だって十分にあるし、きっと将来その子は、世界を敵と味方に二分して、相手を年収やいいね!の数だけで評価するような人間になるか、あるいは、神も悪魔もお金に変えてしまうようなキチガイにでもなることだろう。しかも、その子が信奉する神と来たら、ひとを愛した人間に罰を与えるようなくそったれだ。その子が育つこの社会では、我々貧乏人に学習の機会は与えられず、与えられるものと言えば、SNSと戦争、あるいは、ネットの海に電子で描かれた仮初めの平和くらいのものだから。
「着床後四週間なら母体への負担も軽微でしょうし、絶対、いますぐにでも、中絶手術を受けた方がいいでしょうね」
と私は、確かに、もう少しでそう答えるところだった。
いや、答えかけた。
すんでの所だった。
結構、ギリギリだった。
「あのー」その店のウェイトレスが私に声を掛けた。「おかわり、いかがですか?」
「おかわり?」私は訊き返した。
「今日、コーヒーおかわり無料なんですよー」彼女は答えた。なのに誰もおかわりを頼んでくれなくてつまらないんですよ、とかなんとか、「よければ、飲んでもらえませんか?」とかなんとか。
彼女は背が高く、赤毛で、美人と呼ぶと語弊があるが、それでも明るい富士額と、かわいい鼻には好感が持てた。
「あ、そ、そうね」私はカップを差し出した。「**さんは?」と向かいの相手に言い掛けて口を閉ざした。
彼女が別のものを、胎児のことを考え、カフェインの入っていない別のものを頼んでいたことに、ようやく想いが至ったからである。
「そうですね」
結局私はこう答えた。カウンターに戻る彼女の背中を不思議に想いながら――生きていてよかった。
「生きていてよかった。そう想わせてくれるものが世の中にはいっぱいあります。音楽とか映画とか小説とか。ここのお飲み物も美味しいし、夜、空を見上げればきれいなお月様が。運がよければたくさんの星が。公園通りの桜並木もきれいだし、グラウンドを飛び回る男の子たちとか、角のパン屋の焼き立てパンの匂いとか――」
季節はめぐり、風は朝を告げ、草の香りに夜は包まれる。糸杉の森が歌をうたい、
「耳をすませば、かすかに聞こえる、どこかの誰かの、くすくす笑い」
そうして、とうとう私は泣いた。声はあげなかったが、おいおいおいと。なにも分かっていない駄々っ子が、なにも分からないままに駄々をこねるような顔をして。向かいの**さんが心配するくらいに。私はくり返した――生きていてよかった。
「生きていてよかった。そう想わせてくれる人たちがたくさんいます。あんなくそったれどもに負けないくらいに、たくさん」例えばさっきの、ウェイトレスの子みたいに。「彼らはきっと、いや、いまも、どんなに堕落した社会においても、きっと、いまだって、立派に振る舞おうとしているんだと想います」
それから私はなみだを拭いて、そこで**さんと別れた。彼女が子どもを産んだかどうか? それはここには書かないが、あの日、と言うか、あの日も含めてずっと、あの喫茶店が、『コーヒーお替わり無料』をしたことがないのを私が知るのは、それからずっと後のことである。
そう。
たしかに希望はある。どんな時にも、どんなところにも。私はそれを、あの赤毛のウェイトレスを通して理解したし、希望がひとのかたちをしているとしたら、きっと、あの女の子みたいなかたちをしているのではないか? と密かにずっと想っている――のだが、まあ、これは、私とあなただけの秘密にしておいて頂きたいし、この長々とした脱線も、そろそろここで切り上げたいと想う。
何故なら話は、そろそろ、氷川神社の木花エマとミスターの会話に移らないといけないからだし、私が感じた希望のようなものを彼女もまた、私なんかよりもずっと強く、長く、佐倉八千代から受け取り続けているから。
(続く)




