その7
『集めた宝物は、
すべて君にあげる。
ぼくはいつでもここにいる。
いつだって、
きみのために。』
一匹のミツバチが歌い、それに応えるように別のミツバチが歌った。
『さあおいでよ、
仲間たちが待っている。
森の中を飛んで帰ろう。
踊るように踊りながら、
生きるように生きながら。』
そうして彼らは、仲よく連れだって、森の奥へと消えて行った。歌うように歌いながら、踊るように踊りながら。
しかし、拍手は鳴らなかった。
何故なら、彼らの歌を聞いていたのは山岸まひろ一人だけだったからだし、そのとき彼女は、『壁』の力で宙に浮かぶ練習をしている最中で、腕を動かす余裕がなかったからである。
そう。
彼女はいま、宙に浮かぶ練習をしていて、実際1mほど浮いていた。
両足をまっすぐ伸ばして揃え、両手もまっすぐ下に、まるでそこに自分を支える『なにか』があるようにして手を置き、それを台にすることで、そこから落ちないよう踏ん張っているように見えた。
もちろん、その『なにか』を我々が視認することは出来ないが、彼女にはそれがそこにあることが感触で分かったし、また例えば、例の赤毛のラチェットレンチを使えば、そこに別の宇宙の木の枝あるいは地面、あるいは宇宙のズレそのものが存在し、彼女はそれを支えにして浮かんでいるのが分かったかもしれないが。
そう。
つまり、ここでいう『なにか』とは、別の宇宙にあるなにか、あるいはそちらとこちらのズレそのもののことであり、この森に来てからこっち彼女は、その別の宇宙があることを理解し把握し、それに触れる、可能ならば利用する訓練を続けていたのである。とここで、
「ねー、まひろくーん」と森の反対側から、例の赤毛が彼女に声をかけて来た。「出来たよー、どうだーい、見に来ておくれよー」
がしかし、先述した通り、いま彼女はその訓練の真っ最中であって、当然彼の言葉は聞き逃がすし、
「なんですかー?」と応えたところで集中は途切れ、「なにか呼びましたー?」と続けたところで、「――あれ?」
ドッスン。
と右手を支える『ナニカ』が消え、彼女はバランスを崩し地面へと落ちることになった。
*
「大丈夫かい? まひろくん」数分後ミスターは訊いた。腰を押さえる彼女に、「痛むようなら、この前みたいに、『どんな病も治すお薬』や『すぐ傷が塞がる絆創膏』とかも出してあげるけど?」
「あ、いえ、結構です」まひろは答えた。間髪入れずに、「こ、これくらいなら、すぐに痛みも引きますので」と。
何故なら前回、それらの秘密道具を使った彼女は、ちょっとここには書けないくらいのハイ=トランス状態に陥ってしまったからだし、絆創膏を貼った部分は、何百匹もの蚊に一斉に噛まれたのかとでもいうほどのかゆみを覚えたからでもあった。
「そうかい?」ミスターは訊いた。取り出しかけた薬と絆創膏をふたたびしまいながら、「地球の人で使ったのは君が初めてだったんだけど、この前のは結構効いていなかったかい?」
「ええ、はい、それはもう」まひろは応えた。まさか自分が地球人被験者第一号とは想いも寄らなかったので、「こんど、こんど、本当に必要になったときにお借りしますよ」と早急に話を戻そうとするのであった。「で、結局、なにが出来たんですか? なんだかとても苦労されていましたけど」
「え? ああ、そうそう、そうだった」ミスターも答えた。彼が苦労していたこと。それは、前回更新分でも書いたとおり、例の樫山昭仁のリスト、それのブラッシュアップ版製作であった。「元のプラグラムは、この惑星の辺境的機械語だけを用いて書かれている上に表示される言語もばらばらで、それに加えて載っている情報も転生者たちの名前と住所、それも現在の、この地球のこの時間帯の住所のみ」
それをワバナッタのブリーゾ&サンズ製ザブッシュ・ヴィガスで逆流時間の調整と不可逆的量子デコヒーレンスのハイゼンベルク的切断をブリート・スラート・バートスラート・ワンナカッタプ・プラシット効果で補正、そこにボーイ・サーフェスの――と、一応ミスターに聞いたとおりに書く作者だが、正直なにを言っていたのかよく分かっていないし、実はこの辺、本筋とはなんの関係もないので、軽くスキップさせて頂くとして、要は――、
「みたいな感じで取り敢えず、前後百年の時間情報と、大体この宇宙の七親等くらいまでの宇宙の確率情報を加味した表に作り替えたってわけだ。どうだい? 美しいだろ?」
と言うことになるのだそうですが――え?やっぱりよく分からない? そりゃまあ、それは私も同じなんですが――ってことでここからは、ミスターの扱いにもそろそろ慣れて来たまひろ君に進行を任せることにしたいと想います。そうそう。それはつまりは、
「ああ、たしかに。こっちの方が断然見やすいですね」と褒められるところは褒めてみたり、
「だろう? 苦労したもんねー」と相手が得意になったところで、
「それで? 結局これでなにをするんでしたっけ?」と妙な計算式とか些末なことはさておいて、自分に関係ありそうな部分のみ言わせるようにすると言うことですが、
「コピーさ」と彼女の誘導通りに話すミスター。しかし、
「は?」と応えるまひろ君。なんだかまた、より分からなくなって来たぞ。「コピー……ですか?」
「あれ?」とミスター。小鼻のあたりをパリポリポリ、「話してなかったっけ?」
「たぶん……?」
「あっれー、そうだっけ?」
「たぶん」
「ま、まあ、それならいま覚えてよ」
「はあ……って結局、それで何をコピーするんですか?」
「ああ、それは能力だよ」とミスター。「リストの人たちの能力。それを君が、それぞれコピーしてペーストするんだよ。何故なら、それが出来るのは、『壁』を使える君だけだからね」
そうして――?
*
ドッスン。
とそうしてこれと同じころ、石橋伊礼は後ろをふり返っていた。まひろが落ちた音をきっかけに。何故ならそれで、彼の預言能力は発動したからである。そうして――、
「あれ?」
とそうして彼は彼女を発見する。預言のフィルター越しに。彼女が問題の赤毛エイリアンと一緒であること、それからその場所に見覚えがあることを。
「※※の森公園じゃないか?」
それは、彼の事務所から西に十数kmほど行った森林公園だった。ただし、
「きっと、ミスターさんの仕業だな」
とその空間が、彼の今いる世界とはまた違った空間であることも、彼にはすぐに分かった。何故なら、彼らの背景に月と太陽が同時に見えていたからである。そのため、
「うーん?」と彼は少し悩むことにもなった。「これは、先ずは誰に報せるべきだ?」
(続く)




