閑話休題(その2)(2/2)
さて。
時間と空間と確率にはそれぞれ虚数と実数があり、ある虚数はある実数の写し鏡であると同時に、その逆もまた然りである。
虚を実に、あるいは実を虚に置き換えることが出来れば、例えば一度消えてしまった虚数空間をその双子の実数空間から、あるいはある実数時間を鏡の虚数時間から、創り出すことも可能である――と、問題の彼女は考え、理解し、実行した。
そう。
つまり彼女は、その理解に基づき、いくつかの宇宙を材料(あるいは犠牲)に、それを実行しては失敗(つまりは宇宙の消滅)し、それをくり返した。
トライ&エラー&トライ。
くり返して、くり返して、くり返した。
幾十、幾百、幾千、幾億……。
そうして、結果彼女は、彼女が元いた宇宙にそっくりな宇宙を創り出すことに成功した。
ハイッホー!
彼女は喜び、ステップを踏んだ。
そうして、ステップを踏み終わってから彼女は、旧知の星々を見、旧知の銀河を確かめてから、その宇宙の自分(らしき人物)をその宇宙から消した。何故なら彼女は、その人物に成り代わらなければならなかったから。その宇宙に彼女は、彼女ひとりで十分だったから。
らら、ら、らっら、ららららら。
彼女は微笑み、問題の時間と空間へと向かった。
*
サメやマンボウが踊り出しそうな激しい雨は止んでいた。
彼女を乗せたバスは、10分ほど遅れて空港へ到着していた。
『もしも、まちがいに気が付くことがなかったのなら?』
彼女は自問した。が、しかし、この時ばかりは、まちがいに気付かない方がよかったのかも知れない。何故なら彼女は、空港の到着ロビーで、出て来た恋人の名を呼び、手を取り、抱擁を交わし、そのバラのような頬に口づけを贈ってから、その事実に気付いてしまったから。
『ここは、私の愛した宇宙ではない?』
彼女は気付いてしまった。気付くのが遅すぎたのかも知れないが。
そう。所詮その宇宙は、別の宇宙を犠牲に彼女が創り上げた別の宇宙でしかなかったからである。
「っざけんじゃないわよ……」
翌朝彼女は、その事実を受け入れると、苦笑し、苦情し、空笑してから決意した。
この宇宙も消し去って、また新たな、より彼女の望む宇宙に近い宇宙を創造してしまおう。
素材となる宇宙なら、まだまだまだまだまだまだまだまだ、無限に近い数あったから――片目を閉じて、また開いた。
そうして、その後彼女は、いくつかの――それはつまりは『数え切れないほどの』という意味だが――宇宙を消滅させては創り直し、また消滅させた。
何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
――そうして、
「っざけんじゃないわよ……」
とそうして、ある晴れた木曜日の午後、彼女は、とてつもなく重要で、そうしてとてつもなく絶望的な事実へとたどり着いた。たどり着くのが遅すぎたかも知れないが。
そう。それは、考えてみれば当たり前のことだが、たとえ無限に近い宇宙を巡ってみたところで、たとえ無限に近い宇宙を犠牲にしてみたところで、なんと言うか、その、結局のところ、一度失くした彼女の宇宙は、もう、どうにも、どうしても絶対に、確実に、取り戻せない、という事実である。何故ならそれは、すでに、完全に、失われてしまっていたから。
ふんっ。
彼女は理解し、ほほ笑んだ。
そうして、そんな当たり前の事実にたどり着いてしまった彼女は、その時ともに旅をしてくれていた女性――彼女もまた、彼女が失くした彼女にうり二つの女性だったが、それでも彼女は、やはり、彼女とは違う彼女であった――に、長いながい別れの口づけを贈ると、その宇宙も消し、またふたたび、ひとりの夜へと戻ることにしたのであった。
彼女は泣いたか?
それは、こんな作者には分かりようもないが、ただ、彼女が次のように決意し、計画を立てたことは知っている。
『本当に愛したものが取り戻せないのなら、このすべての宇宙を、この私の手で、すべて、消し去ってしまおう。』
そう。
そうして彼女は、別の宇宙の彼女、赤い髪に白くて丸い――ってちがった。この時の彼は金髪碧眼関西弁のお喋りお姉さんだった――と彼女の仲間たちを利用し、この計画を実行に移すことにした。
が、しかし、そんな彼女の企ては、その宇宙の彼女と彼女の仲間たちによって喰い止められ、結果、すべての宇宙は護られ、取り戻され、彼女が愛した宇宙も――って、あ、いや、これは、彼女と私だけの秘密なのだった。(注1)
そう。
これは、そんな我々が住むこの宇宙も、我々が読んでいるあの宇宙も、多分に含まれる、ありとあらゆる宇宙たちともちがう別の宇宙たち、だけれどかなりそっくりで、だけれどまったく似ていない、そんな宇宙たちで起きた、ある愛しい、女性をめぐるおとぎ話なのであった。
そう。
であるからして、おとぎ話はおとぎ話らしく、このお話にこれと言った教訓 (モラリティ)があるわけでもなければ、忘れ去られぬ運命 (モタリティ)があるわけでもないのだが、ここでひとつ皆さまに、元の物語に戻る前に、ぜひ覚えておいて頂きたいことがある。
そう。
それは、いまのおとぎ話で女性がやろうとしていたこと、そうして、未然に防がれたこと、
『すべての宇宙をつなぎ合わせ、それらすべてを同時に消し去ってしまうこと。』
その、実現可能性についてである。
(続く)
(注1)この愛しき女性、ミセス・エンドラ・パンドラ・ホワイトが引き起こした、引き起こし掛けた事件の顛末については、樫山泰士製作の『時空の涯の物語』に詳しく書いておいたので、気になる方は、是非そちらもお読み頂ければ幸いである。
『時空の涯の物語』
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