閑話休題(その2)(1/2)
さて。
これも、ちょっとしたおとぎ話である。
舞台は、とある宇宙たち。
我々が住むこの宇宙や、我々が読んでいるあの宇宙もきっと含まれていた、ありとあらゆる宇宙たちのお話――とは言っても始まりは、そのありとあらゆる宇宙のひとつの宇宙だったけど。
そう。
その日の夜、空は赤く雷は鳴っていた。彼女は恋人を迎えに空港行きのバスに乗っていた。街は、サメやマンボウが泳いでもおかしくないほどの激しい雨にみまわれていた。
『彼女の乗った飛行機は無事だろうか?』
窓の向こうの街の灯かりが、雨の中、まるで昔の自分のように彼女を見据えていた。彼女の瞳は、我々のよく知るあのエイリアンのように碧く、美しかった。
『もしも、まちがいに気が付くことがなかったのなら?』
空港バスのBGM、その甘美なストリングスに思考を重ねるように、彼女は自問した。
もしも、間違いに気が付くことがなかったのなら?
きっと彼女はいまでも、いつまでも、宇宙のありとあらゆる時間と空間を、彼女の気のまま、風の吹くまま、自由に行き来していたことだろう。こんな辺鄙な惑星で、あんな短命種をパートナーにすることもなく。
『もしも、まちがいに気が付くことがなかったのなら?』
BGMの歌手はくり返した。
もちろん。彼女のパートナーは、彼女よりずうっとはやく齢を取り、ずうっとはやくその生命を終えるだろう。それでも、
『それでも私は、この地に残るのだろうな』――彼女の想い出と共に。
新たな生命やなんかと出会ったり、彼らをこの地に迎え入れたりしながら。
そう。たしかに。この惑星の住民どもは、我々種族には想いも付かないほどの蛮行を行う、愚かなサルの末裔だけれど、それはあくまで集団になってしまった場合のことで、この惑星の住民たちは、本来とても善良で、本来とても希望にあふれ、本来とても、そんな絶望すら気軽に乗り越えられる力を持っていた。
『ふん』彼女はわらった。小さく。『きっと、宇宙七不思議のひとつになるわね』
海の向こうに空港が見えた。買っておいたカルピスをひと口飲んだ。これも、彼女がこの地に留まろうとした理由のひとつだった。
『もしも、まちがいに気が付くことがなかったのなら?』
並行する宇宙の私は、いま、どこで――どんな姿で?――生きているのかしらね? 窓に、白く丸顔の赤毛男が映った。
『え?』彼女は苦笑した。『ちょっと待ってよ』と。『もしまた男になるんなら、もうすこし美形に――』
プツ……。
と突然、窓の向こうの景色が消え――いや、まったくの『無』になった。
「え?」
彼女はおどろく――よりも早く、ポケットのラチェットレンチを取り出した。
「なにが?」
と周囲の位相をズラして逃げ――が、ズラした先も『無』であった。
「は?」
とそれから彼女は、更に位相をズラして行った。ひとつ、ふたつ、みっつ……が、しかし、そこにあるのは、どこまで行っても、ただただただただ、『無』だけであった。
「まさか?」
そうして彼女は想い出した。とある絶望と共に。彼女の故郷に伝わる古いふるいおとぎ話を。
*
そう。
それは、ある大きな戦争、その原因を説明するためにしばしば用いられるおとぎ話だった。
『七百年戦争』
そう。たしかにそれは、そんな名前で呼ばれていた。少なくとも、彼女の宇宙では。
と言うのも、その戦争は、ありとあらゆる宇宙で、手を変え品を変え、名前さえ変えて、起きて、起こされ、くり返されていたからである。
起こしたのは、それら宇宙を創造し、想像し、統治し、管理していたある存在。と彼のふたりの妻であった。
彼らは、無限に近い宇宙の中から、それぞれ「これは」と想う種族なり人物なり時間なりを選び取ると、彼らに長いながい戦争を始めさせていたのである。
目的は、『増え過ぎた宇宙を減らすこと』
もちろん、理由は不明。
きっと、自分が作った世界が気に食わなくなったか、あまりに増えた宇宙がうるさ過ぎ、昼寝の邪魔にでもなったのだろう。
減らすのは、『取り敢えず、半分』
これももちろん、根拠は不明。
だが、まあ、それでも、決めてしまったスケジュールは進行、信仰、侵攻させなければならない。
そこで彼らは、各宇宙で大規模な戦争を起こさせては、どの宇宙が残すに値するかを見極めようとしたのである。残すに値しないのなら、消してしまえばいい。どうせ昼寝の邪魔だから、と。
そう。
そうして彼女が巻き込まれた『絶望』とは、彼女が愛した人々、海、星、空、夕闇などなどが、その存在そのものが、その宇宙ごと消し去らわれてしまった、という絶望であった。
*
「っざけんじゃないわよ……」
が、しかし、もちろん。その程度の絶望で折れるような彼女ではなかった。何故なら彼女は、それまでにも、何度も何度も何度も何度も何度も、彼女の住む星や宇宙や人々や近所のパン屋なんかを救って来ていたから。
「奪われたものは、取り返さなければいけない」
彼女は彷徨った。
消された宇宙から別の宇宙へ、別の宇宙からまた別の宇宙へと。
『ある存在』を見つけ出し、そいつの鼻っ柱に蹴りを入れ、首根っこをつかんでふり回し、自分を敵に回したことを、あの宇宙を消したことを後悔させ、そうして、あの宇宙を復活させるために。
彼女は彷徨った。
『ある存在』の痕跡を追って。幾十、幾百、幾千、幾億もの宇宙を。
『ある存在』の妻のひとりを見付けた。しかしその女は、そいつの居場所を知らなかった。そのためその女は、永久すらないゼロ次元に潰し閉じ込められることになった。
彼女は彷徨った。
『ある存在』の痕跡を追って。それはいくらでもあった。
いくつもの宇宙が始まり、終わるのを横目に彼女は進んだ。
『ある存在』のもうひとりの妻を見付けた。その女も当然、そいつの居場所を知らなかった。
がしかし、そいつは『ある存在』との繋がり、ふたりの幼い子どものようなものを抱えていた。
そこで彼女は、それらを奪うと、女がそれらを永遠に触れられないように、『虚』の状態へと換えてやった。どんなに彼らが泣き叫ぼうが、どんなに存在したことを後悔しようが、どんなに自分たちを生んだ女を呪い憎もうが、それでも決して永遠に、彼らに触れられないように。
彼女は彷徨った。
子どもを見付けられたのは幸運だった。
彼らから、彼らの存在の痕跡から、彼女はとうとう、『ある存在』が存在するだろう確率へと辿り着いた。
がしかし、そこにそいつはいなかった。
いや、もう少し正確に書くと、そのクソ野郎は、あらゆる宇宙の、あらゆる時間の、あらゆる空間の、あらゆる確率からいなくなっていた。
きっと、自分が創ったすべての宇宙に嫌気が……いや、きっと飽きて捨てたのだろう。小さな子供が、お気に入りの人形を、ある日とつぜん、ポイッと捨てて、そのまままったく忘れてしまうように。
*
「っざけんじゃないわよ……」
がしかし、その程度の絶望でこころが折れるような彼女ではなかった。何故なら彼女には、類いまれなる知性と、強靭な魂と、彼女との想い出が残っていたから。
彼女は考えた。
『ある存在』がいた確率の椅子に座り。そこに遺されたものを見渡しながら――ひょっとして、『あれ』も遺されているのかも?
彼女は考え、見付けた。
『ある存在』が宇宙を半分にするために創った、装置のようなものを。
彼女は調べ、考えた。
あのクソ野郎は、宇宙を半分にするために、残る半分の宇宙のエネルギーを使ったのではないか? と。
この装置のようなものを使えば、それが確かめられるのではないか? と。
そうしてそれが確かなら、残っている宇宙を使い、彼女が愛した宇宙も、ふたたび創り出すことが出来るのではないか? と。
彼女は考え、実行した。
(続く)




