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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十五話「正義と自由と公正と平等」
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その13


 最初の三十分は、互いのこれまでを知るのに使った。その三十分は、結構大変だった。


 それから、その三十分で知ったことと過去の自分たち(ときどき今の自分たち)に折り合いを付かせるのに、また三十分が必要になった。こっちの三十分は、想いのほか気が楽だった。


 出された紅茶は美味しかったし、来客用の椅子も座り心地がよかった。


 扉のすき間から、きっとこの家のお手伝いだろう、数人の女性が、まるで品定めでもするかのように、代わる代わるこちらを覗いているのが分かった。が、まあ、それも無理はない、と諦めて無視することにした。


 彼女はいまも若く、美しく、ご主人が亡くなってからこっち、男の影も形もなかったそうだから、そんな屋敷に突然、自分のような……まあ、その、彼女の過去を知る男が現われたのだ、うわさ好きのご婦人方に浮足立つなと言っても、まあ無理な話だろう。


「ふむ」とここで山岸富士夫は、目の前の女性・山賀理主から目をそらすと、先ずは壁の時計を、それから窓の外を見た。「いいお庭だ」そうつぶやいた。祖母の庭を想い出しながら、「手入れが行き届いている」


 もちろん、彼の祖母の庭は、花や草木の咲くに任せた、カオス手前の小さな庭だったので、この屋敷――山賀理主の亡夫が彼女に遺した数少ないもののひとつ――の整然とした広い庭とは、ある種対照的な場所ではあったが。


「庭師の方がね」理主が答えた。「亡くなった主人を子どもの頃から知ってたらしくて、ちょくちょく来てくれてるの」紅茶をひと口含んだ。「ま、とは言っても、実際の作業はその人の息子さんがほとんどしてるんだけど」


「うん?」富士夫が訊いた。「すると、その人はなにを?」


「え?」理主は答えた。「あ、ああ、もっぱらむかし話ね。主人の子どもの頃の話とか、彼が手掛けたお庭の話とか」


「ふむ」富士夫もお茶をひと口すすった。「きっと、いいひとなんだろうね」だいぶ冷めて来ているな、そう想った。


「え?」理主が言った。「あ、ああ、そうね。とても気持ちのいいおじいさんだわ」お茶の代わりをどうしようかと悩みながら。


「ふむ」富士夫は応えた。彼のことを悪く言うつもりはないが、彼はかなりの朴念仁だ。「しあわせそうでよかったよ」そう言って続けた。


「え?」と理主は訊き返そうとして、すぐにそれを止めた。「お茶、冷めて来たわね。替えてもらいましょう」


 別れた理由は未だに見付からないが、別れた理由はよく分かっていた。


「お食事はどうなされますか? 奥さま」お手伝いの老婆が訊いた。


「え? あ、そうね」理主は応えた。富士夫の方に向きなおり、「どうなの? 食べて行くの?」


「え? あ、いや」富士夫は答えた。居住まいを正してから、「まさか、そこまでご厄介は」


 そうして、それからふたりは、やっと本題にはいった。おかげでそこからの三十分と一時間はかなり大変だった。


 先ずは、彼女が彼に、彼らの娘――死んだとばかり想っていたあの赤ん坊――が実は生きており、やさしいご夫婦の下へと引き取られ、元気に、健やかに、とても可愛らしく成長していることを伝えた。恋人はいないが気になる男の子はいることとか、自分に似たのか顔はかわいいけど勉強はそれほどでもないこととか、本と美味しいものには目がないんだけどいつもお金が足りないんだとか、そんな事柄を、想い出すままに。


 すると今度は、彼が彼女に訊いた。どうしてその子はここが分かったのだろうか? とか、その子は私のところにも訊ねて来るのだろうか? とか、私のことは何か言ってなかったか? とか、いつもお金が足りないとのことだがあちらのご両親のお仕事は? とか、自分に出来ることは何かないだろうか? とか、まあ、そんなことを。


 この質問に彼女は、うちのお父さんが教えたのよ。とか、いいえ、それはないわ。とか、うん、まあ、どんな人なの? くらいわね。とか、大丈夫よ、しっかりされている方々みたいだったから、あなたが心配することは何もないわよ――みたいなことを言って答えた。努めて明るく。彼が変に想い詰めないように、そんな風に注意しながら。


 がしかし、それでも彼は、いや、せめて何かの償いを。とか、あちらのご両親にご挨拶だけでも。とか、それが無理なら金銭面の援助だけでも。とか、まあ、そんなことを、延々と言って続けた。まるで何かの殉教者のように。そうして、そのまま、とうとう、


「いちどでいい」そう彼は言った。「いちどでいい。会うことだけでも出来ないだろうか?」


「富士夫さん」彼女は答えた。首を振り、ため息をついて、「それはやめておきましょう」


「しかし、仮にも俺は父親だぞ?」彼は続けた。


「あの子なら、いまのままで十分幸せそうだったわよ」彼女は答えた。


「しかし……だからと言って……俺は……」


 そうして彼らは結局、別れた理由を見付けられなかった。今回も。それは分かっていたはずなのに。それでも今回も。理主は亡くした夫の背中を想い出し、富士夫は妻の、不治の病に掛かっている妻の首筋のやわらかな匂いを想い出していた。


「せめて」富士夫が訊いた。「せめて、写真くらいはないのか?」


「だから」理主は応えた。「それもやめておきましょう」


 が、しかし、これについては、いくつかの押し問答の末、結局理主が折れることになった。訪ねて来たひかりと撮った写真を想い出し、それを富士夫に見せたのである。


「これっきりにしてあげてね」彼女は言った。


 富士夫は黙って、それを見た。


 あごや鼻のかたちが山岸の家のものだと、祖母や妹のそれに近いなと、そんなことを想いながら。


     *


 さて。


 とここで突然恐縮だが、すこしの間、話は横道に逸れる。


 と言うのも、賢明かつ懸命なる読者の中には、右のパートの最後の一文を読んで首を傾げられた方が――まあ、全体の0.1%くらいは――おられるかも知れないと想ったからである。あなたはどうだろうか?『祖母や妹のそれに近いの?』と疑問に想ったりはしなかっただろうか?


 たしかに。富士夫の実の娘・ひかりと、彼の実の妹・まひろについてなら――彼らが出会った際にもそんな風なことを書いておいたし――、『あごや鼻のかたちが近い』と言われても、まあそこそこ、納得はしてくれるかも知れない。ひかりちゃんはかわいいし、まひろくんはイケメンだし。


 がしかし、そんな彼女たちのあごや鼻のかたちが、富士夫の実の祖母・咲子のそれにも『近い』と言われれば、それでもやはり、これを読まれている読者の何人かは、「うん?」となって、以前のページを読み返されるかも知れない。何故なら私は、彼女の外見を描写するにあたり、『彼女の鼻はするすると長く、彼女のあごはやたらと長かった』とまるでおとぎ話の魔女のような表現をして来たからである。


 であるがしかし、それでもそれは、無口で引っ込み思案だった彼女が、戦前・戦中・戦後というなっが~い年月を、歯を食いしばり、一家を支え、えんやこらさっさっとばかりに、ずーずーしくもたくましく乗り越えて来た結果であって、見る者が見れば、あのするすると長い鼻や、やたらと伸びた長いあごの奥に、『花も恥じらう乙女だったんだよ』(本人談)な彼女の輪郭が見えて来ることもなきにしもあら――、


 トントン、トントン。


 とここで突然、作者は誰かに肩を叩かれた。自宅の書斎で。誰もいないはずなのに。『?』と想い作者が後ろをふり返ると、そこには、


「ちょいとすみませんがね、作者さん」いつもの悪魔、朱い顔の不破友介が立っていた。「ちょっと奥さまからご伝言が」


「ご伝言?」作者は訊き返した。『まさか魂とか取られないよな?』そう怯えつつ。すると、


「まさか」と不破友介は嗤って応えた。「作者さんには続きを書いて頂きませんと」とそのままこころを読みながら、「奥さまから頼まれたのは写真ですよ」


「写真?」作者は訊いた。


「咲子さまの若いころのお写真ですがね」悪魔は続けた。「『どうもあのひと、信じてないっぽいからね』そう言われまして」


「はあ」


「人間の女と云うのは、流石の奥さまでも、やはり、年齢関係なく、見栄を張りたがるものなのでしょうな」


「はあ……ってまた炎上しそうなことを……で? その写真ってのは?」


「あ、すいません。こちらです」


「ありゃ、こりゃまた古そうな」


「たしか、いまのひかり様と同い年くらいの時に撮られたとか――いかがです?」


「うん? ああ……」


 そうして、ここで作者は、小さなため息を吐いた。セピア色の、その小さな写真に。その写真に写された、凛とした少女の佇まいに。


「あの空襲で、前のご家族との写真もあらかた焼き尽されたそうですがね、そいつはどうやら、奇跡的に残ったもののひとつだそうで」


「なるほど……」


 作者は想った。さすがに美少女とは言い難いが、それでも、それでもどこかの椅子に座り、派手ではないがしっかりとした着物を着、こちらを向く彼女の目は美しく、ひざに乗せられた手は、まるでしろい、なにかの花のようであった。


「いかがです?」悪魔が訊いた。自慢げに、「『花も恥じらう』も大げさではないでしょう?」


「なるほど」作者は答えた。ついつい声に出しながら、「これは可憐だ」と。そうして、「富士夫さんの気持ちが分かりましたよ」


 たしかに彼女は美しく、また、その顔やかたち――と言うより彼女の持つ雰囲気が、ひかりちゃんやまひろくんのそれに、大変よく似ていたからである。


「これなら富士夫さんが、ひかりちゃんの写真を見て、実の娘だと確信してもおかしくはないですね」



(続く)

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