歌と踊りとおっきなオッパイ(2/2)
「なんで! こんなに! 重いのよ!」
山岸ナオは叫んでいた。女神の屋敷を出て半日ほどが過ぎていた。あたりは一面、みどり豊かな草原であった。彼女は次のポータルへと向かっていた。にやけた顔で気絶している相棒を引き摺りながら。彼女は叫んだ。ふたたび。
「見た目! こんなに! ガリガリなのに!」
晴れ渡った空には巨大なガス惑星が浮かび、その複雑な縞模様の前ではこれまた巨大な――地球のオウギワシほどはある――ツグミによく似た生物が横切って行くのが見えた。彼女は叫んだ。みたび。
「ほっんと! きれいな女に弱いんだから!」
ミスターは気絶し、縄で身体をぐるぐる巻きにされていた。と言っても、ぐるぐる巻きにしたのはナオだし、目には目かくしを、耳には大きな絆創膏を貼られていたが、それもこれも彼がナオに命じてやらせたことであった。
「ぜっんぜん! 効果! なかったじゃない!」
ナオは叫んだ。ちょっと声が枯れかけていた。いま彼女は、ぐるぐる巻きの縄の伸びた一端を持ちミスターを引き摺っていた。彼から借りたラチェットレンチ、それが発するビーコン音に導かれるかたちで。
「もー、ほんとに、この道で合ってるの?」
ここは、シァイザの巫女の予言にもあった禁断の衛星『ディオーネ』。巫女の言葉――というかこの星系の伝説によれば、この衛星には美しい三人の妖女が住んでおり、彼らは、その妖艶な歌と踊りとおっきなオッパイ(複数)とキュートなヒップ(こちらも複数)で旅人(主に男)をかどわかし、ムラムラッとさせ、正常な判断が取れなくなったところで捉え、縛り、魂ごと彼らをその糧にしてしまうと言われていた。そのため――、
*
「だったら、見たり聞いたりしなきゃいいってことだろ?」
と、この数時間ほど前ミスターは言った。腰のポーチから目かくしと防音用絆創膏その他を取り出しながら、
「念のため、身体も縛っておいてくれよ」
と丈夫な縄でぐるぐるぐるぐる、ナオに上半身を縛ってもらい、
「子供は対象外だって言うし、方向は僕のレンチが示してくれるからさ」と彼女にレンチを渡して出発、「この音が強まる方向に行けば、そのうち次のポータルに到着するよ」
と彼女を先導者に草地を横断、『異界の書』が用意する次のポータルへと向かおうとした――のだったが、
「くふっ、くふっ、くふふふふふふっ」と出発後ほどなく奇妙な声を上げるミスター。
「なに? 変な声出さないでよ」とナオがそちらをふり返っても、
「え? なに? なんか言った?」と素知らぬ顔。どうやらなんともないようだし、そもそも防音用絆創膏のせいでこちらの声は聞こない。「ほらほら、止まってないで、歩いた、歩いた」
とナオが見ている間はまともそうなミスターだが、
「あんっ、だめ、だめ、だめだってば♡」とすぐさま奇妙な声を出し始める。
「だから! 変な声出さないでよ!」ナオがふり向き、
「なに? なにか怒ってるの? ナオちゃん?」とふたたび素知らぬ顔のミスター。「僕なら大丈夫だよ。妖女の歌も踊りも聞こえて来ないしね」と言って彼女に先を急ぐよう促す。「だらだらしていて日が暮れても困るからさ。さっ、歩いて歩いて」
そうして、そんなことが数回続き、仕方がないのでナオは、彼のことは気にしないことにしたのだが、それでもなんかいやらしいって言うか公序良俗に反するような声はずっと後ろから聞こえて来るし、そのため彼女は、気を紛らわす意味で、この地に伝わるという変わった歌をうたうことにした。こんな感じに。
『レンテッド、ア・テント。
ア・テント、ア・テント。
レンテッド、ア・テント。
ア・テント、ア・テント。
レンテッド、ア・テント。
レンテッド、ア・テント。
レンテッド、アレンテッド、
アレンテッド、ア・テント!』
そうして、しばらくの間彼女は、この火星の軍隊行進曲にも似たおかしな歌に合わせ、夢中になって歩いていたのだが、ふとしたきっかけで、手にしたロープが微妙に重たくなっていることに気付いた。それに、先ほどからずっと、ミスターが喋っていないことにも。
「ねえ」不審に想った彼女は、ゆっくり後ろをふり返ろうとして、「少しはなにか反応を――」
くすっ。
くすくすくすくすくすっ。
くすくすくすくすくすくすくすっ。
とそこに、先ほど見かけたツグミのようななにか、いや、美しい三人の妖女がいることに気付いた。ひとりは白く、ひとりは金色、ひとりは褐色の肌の三人の妖女を。
くすっ。
くすくすくすくすくすっ。
くすくすくすくすくすくすくすっ。
彼女たちはそれぞれ、肌と同じ色の大きな翼を持ち、人間の顔と上半身、それに鳥の下半身をあわせ持っていた。
くすっ。白い女が笑った。
くすくすくすくすくすっ。金色の女も笑った。
くすくすくすくすくすくすくすっ。褐色の女も笑った。
彼女たちは、目かくしの上からは美しい裸を、絆創膏の上からは妖艶な声を、ロープの上からは柔らかな体温をミスターに伝え、今まさに彼の身体と魂を自らの糧にしようとしているところであった。
(続く)




