歌と踊りとおっきなオッパイ(1/2)
「どうして気付けなかった!
ずっと! 身に付けていたのに!」
「『救われるよりも見限られることを望んでいる』?」
髪麗しきアキピテルの女神は訊き返した。大量のパンや肉、それに燃えるが如き赤葡萄酒を用意しながら――「この宇宙が?」
「『この』というよりは『すべての』宇宙ですね」赤い髪に白い顔のミスターは答えた。腰のポーチにパンや肉を詰めながら――「アルコール以外も貰えますか? ナオちゃん用に」
ここは広壮なる女神の屋敷の中央広間。深夜。冥界下りを終えたナオとミスターは、次の旅へと進むため、先ずは彼女への報告と旅の食料の補給、それに女神の持つ亜空間ポータル『異界の書』の調整を頼むため、こちらに戻って来たところであった。と言うのも、
「それで、『915万2052分の1』?」
と女神も訊き返すとおり、当初彼らは、あらゆる宇宙が重なり合う唯一の場所――『冥界』――を経由し目的の宇宙へと向かう算段だったのだが、
「シァイザの巫女にあそこまで、どのルートも『けっしてそなたを歓迎しない』と言われてはね」
とそのため、問題の『915万2052分の1』を実現させるため、計画を変更、
「念には念を入れられるだけ入れておいた方がよいでしょうし」
女神への相談に食料補給、それにポータルの調整が必要と判断したからであった。
「うーん?」とここで女神は訊いた。「行くのは変わらないのですか?」
「え?」ミスターは訊き返した。「まあ、宇宙を救わないといけませんから」
広間の中央には問題のポータル、六冊の書物の容をした『異界の書』が浮かび、その向こうの長椅子では、冥界行きがよほどこころに堪えたのだろう、ナオが泥のように溶けて疲れて眠っている。
「ふむ」ふたたび女神が訊いた。「しかし、それはあまりに危険な旅路」しかも小さな子供を連れて、「出発を取り止め、この屋敷で暮らすという手もありますぞ」
「え?」ふたたびミスターも訊き返した。「宇宙が終わるかも知れないのに?」
「終わりがこの地に届くのは? きっともっと先でしょう?」
「まあ、この地、この屋敷は、確率論的辺境のような場所でもありますから――」
「いざとなれば、屋敷ごと残っている宇宙へ移動し続ければよいわけですし」
「まあ……女神さまはそれでもいいかも知れませんが……」とミスターは答えかけ、ここでしばらく会話は途切れた。そうして、
ゴゥオォオオオオオオオオオ。
と『異界の書』が奇妙なうなりを漏らし、
コホン。
と女神が咳ばらいをした。小さく。彼女は続けた。
「宇宙自体が見限られるのを望んでいるのでしょう?」と。「なのに、どうして?」と。「それも、あんな小さな子供も連れて?」と。
ミスターは答えた。いつもの彼が答えるように。
「あ、いえ、だからですよ、女神さま」と。「見限られるのを望んでいるから見限る?」と歴史や時間を問い詰めるように、「そう言うのって、なんか、こう、腹立つじゃないですか」と。
*
「ちょ、ちょっと女神さま、苦しいです、苦しいです」
それから、朝のまだきに生まれし指ばら色の陽の光が窓より差し込む頃合いに、女神のポータルの調整は終わった。彼女は最後まで、せめてナオだけでもこの屋敷に留めおくことは出来ないものかとミスターに相談していた。が、しかしそれは、
「それだけは出来ませんよ、女神さま」という彼の言葉にはっきりと拒否された。「彼女は希望だし、彼女を『あちら』に送り届けることこそが、この旅の本来の目的なんですから」
希望を繋ぐこと。それは、それこそが、彼の揺るがせない本来の使命なのだろう。
「希望は、希望があると信じる者のところにしか訪れませんから」
そのため女神は、この回答に目を背けると、ナオの為に新しく丈夫な衣装と彼女の加護、それに精一杯の抱擁を与えてから、ふたりを旅へと送り出した。
「『異界の書』は、私が責任を持って見ておくわ」と。「どうか、旅路の平安を」それから、「すべてが終わったら、またいつか遊びに来てよね、かわいいお嬢ちゃん」
(続く)




