346.Welcome, Master and Ladies.
ファントムに乗り込んでしばらく走ると周囲の建物が変わった。
一般家屋やビルではなくて宿舎?
「ホテルなの?」
「この辺は企業なんかの保養所街ですね。
そもそもバースはブリテン島で唯一の温泉郷なんです。
だから観光地であると同時に避暑地、いや避寒地でもあります」
そういうことか。
寒い時には温泉に浸かってのんびりしたいのは人間の性だ。
「だからお宿がたくさんあると」
「大企業は大抵研修所とかの名目でバースに宿泊施設を持ってるそうですよ。
もちろん組織も」
まあ、何百年も掛けて力を蓄えてきた組織なんだからその程度は当たり前か。
そんなのと殺り合いたくないなあ。
面倒くさい。
負けるとはまったく思わないレイナだった。
「着きました」
言われなくても判る。
むしろこぢんまりした瀟洒な屋敷だったけど、いかにもお金がかかっていそうだ。
庭なんか見事だったりして。
駐車場にはほとんど車がなかった。
「貸し切りだ」
人払いされたらしい。
贅沢な。
「むしろ誰か同席させたら大変だぞ。
我も我もと押し寄せて来るのが目に見えている」
アルバートがファントムのドアをロックする。
屋敷に向かって歩きながら説明してくれた。
「実は俺もよく知らんのだが、ここは幹部用の保養所だ。
むしろ別荘かな」
「泊まったことあるの?」
「一度だけな。
飯は美味かった」
アルバートの趣味はカレーという話だからインド料理でも出たんだろうか。
管理人らしい初老の男が出迎えてくれた。
「Welcome, Master and Ladies.」
このくらいならレイナにも判る。
「Thank you for your help.」
アルバートが短く返して挨拶が終わった。
助かった。
「レイナ様はご主人様なんですからどっしり構えていて下さい」
そんなもんか。
中年のメイドの案内で部屋に案内されると、やはりそこは豪華だった。
ベッドが天蓋付きだ。
どうしてもお金持ちってこうなるのね。
レイナはもう慣れてしまって何とも思わないが。
「Please call me if you need anything, my lady.」
何か言われたけど聞き逃した。
まあいい。
ソファーに座ってぼけっとする。
そういえば日帰りの観光の予定だったから何も持ってきてない。
替えの下着や寝間着とかどうするんだろう。
80日間みたいに買うとか?
ノックの音がした。
「Excuse me.」
ドアを開けるとさっきとは別の初老の男がスーツケースを押して入って来た。
「This is a delivery.」
さいですか。
デリバリーが聞き取れたので何とか判る。
男は深くお辞儀してから去った。
制服みたいなものを着ていたから、屋敷の従業員かな。
リビングの真ん中でケースを開くと案の定、下着や寝間着にお泊まりセットが入っていた。
誰かが手配してくれたらしい。
ていうかこれ、用意するのに結構手間がかかりそう。
つまりレイナ達がここに泊まることはかなり前から計画されていたと。
これが組織力か。
ミルガンテではこんなに手際よく話が進むことはなかったなあ。
何せ個人主義が蔓延していて、しかも聖力で大抵のことは出来てしまうから逆に非効率で。
まあいい。




