第13話 『冒険者登録』
四人は宿を出て冒険者ギルドに向かって歩いていた。
エレノアが先頭で、その後ろをヤス・グレイシャル・オーディスが横並びで付いて行く。
時々振り返っては三人がしっかりと付いてきているか確認するエレノア。
『何故こんなにも面倒見が良いのだろう』とグレイシャルとヤスは思った。
「エレノア殿。質問、よろしいか?」
ヤスが腕を組みながらエレノアに言う。
彼女は後ろを振り向き、少しだけ首を傾げながら答えた。
「何かな、ヤス君」
「うむ。先程から思っていたのだが、エレノア殿はとても面倒見が良い。弟や妹がいるのでは無いか?」
「あっ、それ僕も気になってました」
グレイシャルも便乗する。
「おっ、よく気付いたね君達。その通り、私は『お姉ちゃん』なんだ」
「ほう、姉でござるか! 拙者も兄がいるが、エレノア殿程優しくは無い……。貴方の様な姉が居て羨ましいでござるよ」
ヤスが溜息を付く。
オーディスは小さな声で「まあ、兄貴はクソだからな」と言っていた。
「そうかなあ? 私は弟が二人居るんだけどね、どっちもバカで困ってるよ。私が目を放すとすぐに変な事して問題を起こすからね」
エレノアは困った様に、しかしそれ以上に。
愛おしそうに自分の弟達の事を話していた。
「エレノアさんは弟さん達の事、大切にしてるんですね」
グレイシャルが言うと、エレノアは少しだけ気恥ずかしそうに答える。
「あはは、まあねー。小さい頃からずーっと一緒だったから。長男は直ぐに暴走するし、次男の方は今も私が毎朝起こしてやらないと起きないくらいだからね。私が数日間マデュールに居たから、多分毎日寝坊してるだろうなー。身体は大きくなっても頭が小さすぎるんだ」
サラッと辛辣な言葉を吐いていたが、言葉の節々に優しさや大切だと思う気持ちが滲み出ていた。
グレイシャルにもエレノアの気持ちは分かる。
「……僕にも妹がいるので分かります。とても優しくて元気だけど、人見知りで甘えん坊な可愛い妹が。今頃どうしてるのかなーって、いつも頭から離れません」
儚げに微笑むグレイシャル。
死体を確認していないだけで、ルルが生きているかどうかは分からない。
状況的には絶望的だ。
それでも、生きていて欲しいと願わずにはいられない。
「そうなんだ。君がどういう経緯でここに居るのかは分からないけど、君の妹なんだろう? だったらきっと、優秀で良い子なんだから大丈夫だよ。君は、君自身の事をできる範囲で精一杯頑張ればね」
「――そう、ですよね」
「うん。だから、そんな悲しそうな顔しないでよ!」
「え、あれ」
魔術で水を出し、鏡代わりにして自分の顔を見る。
気づかない内にグレイシャルは、自分が思っているよりもずっと暗い顔をしていた様だ。
誰かに言って貰わなければ無意識の内に顔だけでなく、気分まで落ちていたかも知れない。
本当にエレノアはよく人の事を見ていると感心した。
「これから楽しいご飯の時間なんだよ? 今だけでも嫌なことは忘れようよ」
「そうだぜグレイ! どうしても家族が恋しかったら、俺のことをお兄ちゃんって言って甘えても良いんだぜ!」
「それなら拙者の事も兄上と呼ぶのだ。かまーん、でござる」
後の二人は半分からかっているのだが、それでも。
『壊れそうな』グレイシャルの心をギリギリの所で保ってくれている。
「ふふ、そうですねエレノアさん。オーディスさんとヤスさんの話も考えておきますよ」
「は? 弟分のくせに調子のんなよ!」
オーディスはグレイシャルの髪の毛をニヤニヤしながら、ワシャワシャーと乱暴にかき乱す。
当然グレイシャルは嫌がっているが、本気で拒否している訳では無いのでヤスは放っておいた。
微笑ましく思いながらエレノアが二人を見ていると、武器を持った柄の悪そうな男達が見慣れたレンガ造りの建物に入って行く。
宿から目的地である冒険者ギルドまでは5分程度、話していればすぐに到着するのだ。
エレノアは手を叩き、未だに戯れているグレイシャルとオーディスに言う。
「ほら、ギルド着いたよ。いつまでも遊んでいないの」
「って、エレノアさんも言ってるのでオーディスさん、止めて下さい」
「しょうがねえなあー。今日はこの辺にしておいてやるよ!」
満足したのか、オーディスは素直に二人の言うことに従った。
「それでエレノア殿。カードの受け取りと晩飯はどちらを先に?」
ヤスはどちらを先に済ませるのか気になったので聞く。
エレノアは「どっちでも良いけど」と言った後に、
「まあ、先にカード受け取っちゃおうか。ご飯食べてお腹いっぱいになって忘れちゃうかも知れないしね」
と言った。
なので四人はまず、入って右側の受付カウンターの方に向かう事に。
登録をした所と同じ一番左のカウンターに行くと、当然と言えば当然だが先程と同じ女性が座っている。
受付の女性はエレノア達を見ると椅子から立ち上がり、後ろにある棚からなにやら薄い木箱を手に取った。
四人が窓口の前に立つと、先に話しかけたのは受付の女性だ。
「お帰りなさいませエレノア様、グレイシャルさん、オーディスさん。冒険者カードが出来ていますので、お渡しする前に不備が無いかだけ、ご自身で確認をお願いします」
彼女はそう言うと木箱を開けた。
その中にはグレイシャルとオーディスの、二人分の冒険者カードが入っている。
初めての身分証。
グレイシャルは5歳の時にリリエルとホルムに見せてもらってから、ずっと自分の物が欲しかったのだ。
『こういう形』で願いが叶ったのは残念だったが、嬉しい気持ちもあった。
ちなみにオーディスは特にそういった感情は抱いておらず、ただ便利なだけのカードと思っている。
グレイシャルとオーディスは自分の冒険者カードを手に取り、不備が無いか一通り確認し、受付の女性に答えた。
「僕の方は大丈夫そうです」
「俺の方も平気だと思うぜ」
女性は二人の返事を聞いて頷く。
「良かったです。それでは知っているとは思いますが、新規冒険者の方には説明する決まりになっていますので、今から冒険者の仕事や規則、カードの活用方法などを説明したいのですが……。お時間は大丈夫ですか?」
グレイシャルとオーディスは後ろを振り返りエレノアに「時間は大丈夫か」聞く。
「あー、うん。大丈夫だよ。でも私とヤス君が居ても特にすること無いから、私達は先に食堂の方に行って席でも取っておくね。行くよ、ヤス君」
「あいや、任されよ。拙者、アズマの国では『宴のヤス』と呼ばれる程、席確保の達人でござる」
「ははは! なにそれ、要はパシリって事かい?」
エレノアとオーディスは愉快な会話をしながら建物の左側、冒険者の集会所と化している食堂へと向かった。
「えーと、大丈夫そうなのでお願いします」
グレイシャルに言われて、受付の女性は説明を開始した。
「承知しました、それでは初めに冒険者の仕事から説明していきますね」
そうして受け付けの女性が説明し始めたのは、少し前に街に歩きながら、グレイシャルとヤスがオーディスに説明した冒険者の概要と全く同じことだった。
それでもグレイシャルは真面目に聞いていたが、オーディスはあからさまな態度で面倒くさがっていた為、グレイシャルに脇腹を突かれ「真面目に聞け」という目で見られたりしていた。
「――という訳で、冒険者のランクは明確に区分されています。是非ともAランクを目指し、多くの依頼を達成し、その過程で困った人々を助けて上げてくださいね」
長々と続く説明がようやく終わりに近づきいて来た。
「はい、頑張ります」
「おいーっす」
「あっ、ちなみにですけど。Aランクになると様々な特典と言いますか、恩恵を受けられますよ」
「「えっ」」
グレイシャルはともかく、オーディスの目の色が変わる。
彼は興味がない風に見えるだけで、実際には結構真面目に冒険者を頑張ろうとしていた。
ベルフォードが甘やかして来たし、地獄の戦士達も『仕事が出来れば言葉遣いはどうでもいい』という感じだったので適当なだけだ。
「具体的には、ギルドの方から優先的に好条件の依頼を回したり、渡航や馬車の費用が安くなったり、ギルドの食堂の料金を割引にしたりと。移動が多い冒険者の方にとっては何かとお得ですよ」
「そうだったんですね。あ、聞きたいんですけど、渡航の費用が安くなるって言ったじゃないですか」
「えぇ」
「例えばなんですけど、今の僕達のランクでここからバゼラント王国のバーレルの街までは、どれくらいの料金がかかりますか?」
グレイシャルが聞きたかったのは、自分の目的地であるバーレルの街に帰るのに必要な『具体的』な金額だ。
もしそこまで高くない様ならわざわざここで冒険者をせずとも、エレノアがくれたお金でそのまま船に乗って故郷に帰れば良いと思った。
だが、現実はそう甘くは無い。
受付の女性は後ろの棚をゴソゴソと漁り、世界地図を取り出してカウンターに広げた。
それを指差しながらグレイシャルに説明する。
「うーん、そうですねえ……。そもそもなんですけど、マデュール王国からバゼラント王国への直行便は無いんですよ」
「えっ」
「ここからバゼラントまではかなり距離がありますので、どうしてもモルデスト王国かライン王国、クロード王国で補給が必要です。それに、バーレルの街と言ったらバゼラントの端っこです。ここまで離れていると、船で行くよりも陸路で行った方が安全なんですよ」
「そうだったんですね……」
「はい。それに距離が遠ければ遠いほど渡航費は高く付くので、バゼラントがあるエンデロ大陸に行くのもここからだと結構な額になってしまいます」
「それは、僕がエレノアさんから貰った金額で足りますか?」
グレイシャルは、最も聞きたかった事を受付の女性に聞く。
彼女は数秒間考えた後にグレイシャルに言った。
「エレノア様がグレイシャルさんに渡した金額は結構なものです。ですが、どう節約してもここからクロード王国のメルデル公爵領までは『一人しか』行けない金額です」
それだけならまだ救いはあった。だが、次の言葉でグレイシャルは言葉を失う。
「そしてそこからは陸路。バーレルの街までかなりの距離がありますからかなりの日数、馬車を使うなりする必要があります。そうなれば当然自分の食事だけではなく馬の餌代などもかかります……。長くなりましたが、結論としてはエンデロ大陸までは『一人だけ』行けますね」
「そうですか、ありがとうございます……」
グレイシャルは落ち込む。
もしかしたら一気に、前に進めるかも知れないと思っていたからだ。
期待していた分だけ、その反動も大きい。
しかも受付の女性が言ったのはあくまでも一人分だ。
グレイシャルは自分だけでなく、オーディスもバゼラントの街に行くことになっている。
渡航費だけで無く陸路での代金も考えると当然、全く足らなかった。
「はぁー……」
溜息を付きながらうなだれるグレイシャル。
そんな彼をオーディスは励ました。
「まーまー。そんなトントン拍子で進むとは思ってねえよ。力抜いてゆっくり行こうやグレイ」
「まあ、はい。そうですね。焦ったからと言って簡単に解決する問題でも無いですし」
「おう、分かってんじゃねえか!」
オーディスに励まされ幾分か元気になったグレイシャル。
頃合いを見計らって受付の女性が喋りだす。
「他にご質問等はございますか?」
「じゃあ、あと一つだけ。冒険者登録の際に口座も同時に作って貰ったと思うんですけど、現金ってどこで引き出せるんですか?」
「現金は商業ギルドで引き出すことが可能です。冒険者の方が商業ギルドに行くこともそれなりにあるので、特に変わったことでも無いですしね」
「どこの国に行ってもお金は使えるんですよね?」
「えぇ。口座の中のお金はその国に行けば自動的に、その国の通貨に換算されますので。今どきは魔導決済が主流なので、現金を使うこともあまり無いですからね。中には『現金手数料』なんて言って、現金払いを嫌がる所もあるくらいですから」
「ちなみに依頼の報酬ってのは――」
「成功した場合、受付で依頼の成否を伝えてくれれば依頼料は即座に口座に振り込まれますよ。幾らくらいか分かりやすいように明細書もお付けしています」
受付の女性はとても丁寧に教えてくれた。
彼女のお陰でグレイシャルの疑問は取り敢えず落ち着く。
グレイシャルとオーディスは受付の女性に礼を言い、カウンターを後にした。
これで第一の目的、冒険者登録と身分証の入手はクリアだ。
渡航するには身分証の提示がどうしても必要なので入手しておきたかった。
それに金を稼ぐのも冒険者なら、冒険者カードさえあれば何とでもなる。
二人はギルドの反対側にある食堂に向かう。
古びた木で出来たテーブルや長椅子が並んでおり、奥には少し汚れていたがいい香りが漂ってくる厨房があった。
食堂とは言っているが、そこはどちらかというと酒場に近かった。
というか、ものすごく酒臭い。
酔っ払って騒いでいる者や女性に絡んでいる者。
その全てが冒険者だ。
初めて見たが、ここはグレイシャルの知っている洗練された貴族の世界とは違う、別の世界が広がっていた。
嫌悪感を抱いている訳では無い。
ただ、自分の知らない世界に驚いていただけだ。
「おーい! こっちこっちー! おいでおいでー!」
グレイシャルが唖然としていると、奥の方から知っている女性の声が聞こえてくる。
赤毛で美しく、とても優しい女性、エレノアだ。
彼女の隣にはヤスも座っており、彼はもうすっかり出来上がっていた。
グレイシャルとオーディスは邪魔な酔っ払いを押しのけて二人の元に向かう。
長椅子に到着するとエレノアが「座りなー」と言って来たので、軽く返事をして座る。
テーブルの上には既に料理が並べてあった。
肉やスープ、そしてパン。
特にこれといった特徴も無い、普通で質素な見た目をしている料理だった。
「これ、不味そうに見えるでしょ? ところが……。って味してるんだよ。食べてみなよ」
「えぇ。お腹も空いていますし、それにエレノアさんの奢りです。残さず頂きます」
「俺もー」
「そうこなくっちゃ!」
二人がそれぞれ、パンと肉に手を付ける。
『どうせベルフォードやサレナの手料理と比べたら美味しくないだろう』と思っていたグレイシャル達だったが、その考えは直ぐに覆される。
一口、グレイシャルがパンを齧ると、想像していなかった味が口の中に広がる。
それは熱々にとろけるチーズだった。
「えっ、なにこれ美味しい」
チーズとパンを別々に食べたことは何度もあるが、チーズパンとして同時に食べた経験は無かったので、パンとチーズの相性の良さに大層驚いた。
「んー。美味えけど親父に比べたら肉は今ひとつだぜ」
オーディスは肉にがっつきながらも文句を言っている。
及第点と言った所なのだろう。
「ちなみにこの料理、いくらなんですかエレノアさん」
「んー? パン一つ115デル・肉一皿225デル・スープ一つ150デル、だよ。ちなみにお酒は一杯100デルだよ! いえーい!」
エレノアの顔は全く赤くなっていないが、先程よりも少しだけテンションが高くなったのはアルコールの所為だろう。
「なあグレイ、さっきから気になってたんだけど『デル』ってなんだ?」
「デルって言うのは、マデュール王国におけるお金の単位ですよ。それぞれの国がそれぞれの通貨を使っているので呼び方が違うんです。そして国の影響力によって、その国の通貨の価値も変わります」
「へー。ちなみに一番価値が高いのは?」
「いや、知りませんよ。毎日微妙に変動しているらしいですから」
通貨が違うという事は知っていても、どこが一番かまでは知らない。
オーディスがグレイシャルに対して不満そうな顔をしていると、エレノアが代わりに答えてくれた。
「一番影響力がある国はクロード王国。その次にアラドラメク帝国とベイローグ王国・ライン王国・バゼラント王国・テレアス教皇国・ノートリア三国・アズマの国・ヴァイタリカ王国って言う順番だね」
『ちなみに』と付け加えてエレノアは、
「それぞれの国の通貨には呼び方があるんだ。マデュールのデルみたいにね。クロードは『ロード』だしベイローグとアラドラメクは『エルド』だ。ラインはそのままライン。バゼラントは『ゼラ』で、ノートリア三国は『ノア』だね。アズマは『アズマエン』っていう、なんか変わった呼び方だよ。そんで、マデュールが知っての通りデル。ヴァイタリカが『ライト』だ」
エレノアは一気に喋って疲れたのか、一息で酒を飲み干した。
オーディスはそんなのも気にせず話しかける。
「なあ、もしかして一部の国では同じ通貨を使ってんのか?」
オーディスが気になったのはエレノアが、ベイローグ王国とアラドラメク帝国、ノートリア三国で同じ呼び名の通貨を使っているかの様な発言をした事だ。
エレノアはパンを齧りながら言う。
「そうだよ。ベイローグとアラドラメクは仲良しだし、ノートリア大陸のモルデスト王国・サラディオン王国・デアルドール王国も仲良しだからね。実質、全部合わせて一つの国みたいな感じさ」
「そうなんか。じゃあよ、他の国だけ規則性はあったのに、どうしてヴァイタリカだけは『ライト』っていう単位なんだ?」
「それはね。ヴァイタリカ王国の前の国でネクロライト王国ってのがあったんだけど、そこの国が随分前にたった一人の魔術師に攻められて滅びちゃったんだ。それで生き残ったベルガモット王の子孫が国を立て直したんだけど、その時にネクロライトの事を絶対に忘れ無い為に、通貨だけはかつての名前にしておいたらしいよ」
「……ちなみにだけど、そのネクロライトを滅ぼした魔術師ってのは男だったか?」
「いーや? ネクロライトを滅ぼしたのは女の青級魔術師で、現在の序列第一位のマルドロック・フィルレーンだよ。もしかして知り合い?」
「いや、男だったら知ってたかも知れねえけど、俺の女の知り合いはエレノア、あんたしかいねーぜ」
オーディスはそう言うと水を飲み干す。
ちなみにヤスは既に爆睡。
グレイシャルは腹が減っているし、そもそもオーディスの質問には答えられないので黙々と食べていた。
「ちなみに少しだけ前の質問に戻るけど、どういう風に国の影響力は決まるんだ?」
「それは国の持つ生産性や武力で決まるよ。簡単に数値化することは出来ないから、過去の実績とか今の状況で評価されてたりするけどね。例えば、どの戦争にどうやって勝ったとか、今はどれくらい青級や赤級がいるかとか。ま、総合的にね?」
「はー……。現世は面倒だなあ」
「現世?」
聞き慣れない言葉がオーディスの口から出てきたのでエレノアは聞き返す。
グレイシャルに横腹を叩かれたのでオーディスは、
「あー、こっちの話。俺は今まであんまり人と関わって来なかったからなー。世間の事はよく分からねんだ」
と言っておいた。
「そうなんだ。オーディス君は、私が名前も知らない程の田舎の出身なのかな?」
オーディスが言葉に詰まりだしたので、グレイシャルは仕方なく食べるのを止めてフォローに入る。
「エレノアさん、僕とオーディスさんはバゼラント王国のバーレルの街の出身です。僕達は昔っからの友人なんですよ。オーディスさんはずっと魔術の修行ばっかしてきたから世間知らずのペーペーになってしまったんです」
オーディスは露骨な悪口に顔をしかめたが、自分ではエレノアを誤魔化しきれないと判断してここはグッと堪えた。
「そうなんだー。グレイシャル君って家の名前フリードベルクでしょ? もしかしてオーディス君もそうなの?」
「うーん、あーいや、まあ……。親戚なのでそうですね。オーディス・フリードベルクです」
「へー、二人共良い名前してるね」
エレノアがニコニコしながら二人を交互に見る。
オーディスは自分の名前を褒められたのが嬉しかったのか、
「ったりめえよ! 俺の名前は親父が付けたんだ! 俺の親父はたまにバカだけどすげーんだぜ!」
と言って鼻が高そうに胸を張った。
エレノアはそれをみて笑う。
「君はお父さんを大切にしてるんだね。うんうん、良いことだ」
そう言って彼女は、最後の酒が入ったジョッキを飲み干した。
「ぷはー! 美味しかったし楽しかった。そろそろ私は時間だから帰るね。今日は付き合ってもらっちゃってありがと」
「いえ、僕達の方こそ何から何まで本当にありがとうございます」
エレノアは満足気に微笑みながら荷物を持ち席を立った。
グレイシャル達も寝ているヤスを叩き起こして彼女の後に付いて行く。
が、ヤスは起きなかったので結局オーディスが肩を組んで運ぶ事に。
外に出る前、エレノアは食堂のカウンターで代金を魔導決済で払った。
払い方は簡単、店の誰かに一声かけて魔導決済をする旨を伝えると、決済に必要な魔導具を持って来てくれる。
後はそこに冒険者カードか身分証をかざすだけ。
するとクレジットカードの様に口座から引き落とされるのだ。
「どういう仕組みなんだよこれ」
外に向かって歩きながら、オーディスがグレイシャルに聞くが当然知る筈も無い。
なので再びエレノアが代わりに答える。
「口座とカードは複雑な魔術の回路が編まれてるんだよ。一種の鍵みたいにね。で、特定のカードを『本人』が魔導具にかざすと、口座の方に魔力の情報が行って、口座からお金が引き落とされるって仕組み。分かった?」
「全然分からん」
「ははは、それで良い。むしろそれだけで分かったら大したものだよ!」
少し話していると四人は外に出る。
エレノアは少し歩いた所で三人の方に振り返り、今日一番の笑顔を見せた。
「じゃあ、私はトルマータに帰るから。君達も頑張るんだよ!」
「はい。もし僕がトルマータに行くことがあれば、今度は僕に食事を奢らせて下さい」
「ふふ。君は本当に、女を誘うのが上手だね」
グレイシャルが慌ててエレノアの言葉を否定する。
「違います! そういう訳じゃ――!」
「良いよ。それじゃあ今度は君に奢ってもらうから。楽しみに待ってるね」
エレノアがそう言うと同時に、彼女の身体に赤い雷が出現する。
グレイシャルはともかくとして、戦闘の経験が豊富なオーディスでさえ、これほどの魔力を感じた事は無かった。
「じゃあね、グレイシャル」
次の瞬間、周囲に一瞬だけ赤い閃光と稲妻が走り、その眩しさでグレイシャルとオーディスは目を瞑った。
それは、転移の魔術でどこかに飛んだ時にのみ生じる独特の光だ。
再び目を開けた時、エレノアの姿は無かった。
また分割。次で分割地獄は終わる。




