第14話 『赤毛の女と銀髪の男』
エレノアが帰った。
先程まで賑やかだったのが一気に寂しくなった気がする。
「ほんじゃ、俺達も用事すませたし宿に帰ろうぜ」
オーディスはヤスを運ぶのが面倒になって来たので、さっさと宿に帰って寝たかった。
道に捨てていっても良いのだが、グレイシャルに怒られそうなので止めておく。
「そうですね、今日はもう帰って寝ましょうか。明日の事は明日になってから考えましょう。ヤスさんも寝ちゃいましたし」
三人は宿に向かって歩き出す。
と言ってもここから5分程度で付くので大した距離ではない。
ヤスは気持ちよさそうに寝ている。
結構雑にオーディスが扱っているというのに起きないのだから大したタマだ。
それにしてもオーディスと喧嘩をして付いた拳型の腫れがすっかり引いている。
サムライは肉体も頑丈なのかと思い、ふとオーディスの顔を見ると、グレイシャルはあることに気がついた。
「あれ? オーディスさんも顔の腫れが引いてる……」
オーディスとヤスは少し前に結構本気で殴り合いをし、その果てにお互いの顔面を強く殴って腫れ、痣が出来ていた筈である。
ところが、今見たら痣が消えているのだ。
「ん? えっ、ほんとじゃん。なーんか痛くねーなーって思ってたら治ってたわ」
「いつくらいから痛みが消えましたか?」
「確か、エレノアが転移した直後くらいから」
その言葉で謎が解けた。
人の転移の魔術を恐らく無詠唱で使い、ヤスをボコボコにする様な人物だ。
治癒魔術の一つくらい使えてもおかしくない。
「なら、多分二人を治したのはエレノアさんです。いつかクロード王国に行ってお礼を言いに行きましょうか」
「んなこと言ってよ、オメー本当はエレノアに惚れてるだけじゃねーの? ほれほれ」
オーディスが空いている片手でグレイシャルの頬をプニプニしている。
「そんな訳無いじゃないですか! 確かに綺麗で優しくて素敵な人だなとは思いましたけど、僕は子供ですから……」
自分で言ってて恥ずかしかったのか、どんどんグレイシャルの声が小さくなっていく。
オーディスはグレイシャルの頭を軽くポンポンと叩き、無言で慰めた。
そうこうしている内に三人は宿に着く。
マスターが受付で何やら『王族』の様な服を着ている人達に必死に頭を下げていたが、そんな事に気を取られていれば、階段を上がりながらヤスを落としかねない。
グレイシャル達はチラッとその光景を眺めるだけで、直ぐに視線を階段に戻して上り始めた。
彼等が泊まっている部屋は五階。
人を抱えた状態では一つ階層を上がるのも大変だと思うが、オーディスは仮にも地獄の戦士。
腹筋バキバキマッチョの仲間なので体力には自信があった。
まあ、魔術師だが。
「うぇい、到着だぜ。あれ、部屋はどこだっけグレイ」
「お疲れ様です。部屋はこっちですよ」
部屋の場所を忘れたオーディスに代わり、グレイシャルが先頭を行く。
少し歩いた所でグレイシャルは左の扉を開け、
「ここですオーディスさん。重いでしょうしお先にどうぞ」
と言ってオーディスを先に入らせる。
彼は「あんがとな」と言い部屋の中に入り、寝ているのを良いことにヤスをベッドに放り投げた。
「オーディスさん、もうちょっと丁寧に置いてあげるとヤスさんも良い夢が見れると思いますよ?」
「一人だけ酒飲んで、自分だけ大して歩かずに寝てんだ。十分良い思いしてるからこれ以上の贅沢は許さねえぜ」
オーディスの言い分も尤もだ。
なので彼の好きにさせておいた。
ソファーに座り、現世に来てからの出来事を思い出すグレイシャル。
まだ一日二日しか経っていないのに、この短期間で多くの出会いがあった。
貴族の子として毎日家で勉強するのと違い、冒険者として動くのはその準備段階でさえ目まぐるしく景色が変わるので、面白くもあり疲れもする。
外の世界に出て、剣を振って生計を立てることに憧れていた時期もあったが、実際にそういう生活をしなければいけないとなると、辛いものがあった。
カールやアリス、サレナやルル。
そしてリリエル達との穏やかで幸せに満ちた暮らしが懐かしい。
「――」
思い出せば思い出すほど悲しくなる。
いつしかグレイシャルは涙を流して泣いていた。
もう二度と戻ってこない父の温もり、友との時間。大好きだった街。
悲しみだけでなく憎しみも膨れ上がる。
だがそんな時、不意にグレイシャルの隣にオーディスが飛び込む様にして座った。
フカフカのソファーでふんぞり返りながら彼は話し出す。
「お前は本当に真面目だからな。復讐とかを具体的に筋道立てて考えてるんだろうけど、今は自分の事に集中しとけよ。それに、オメーのサポートしてやれって親父から言われてるからな。俺の仕事増やすんじゃねーぜ?」
オーディスは軽く、けれどひたすら真摯にグレイシャルに向き合い、彼の頭を撫でた。
気がつけば憎しみで歪んでいたグレイシャルの顔は笑顔に変わっている。
「オーディスさんこそ、もっと考えてくださいよ」
「何言ってやがる、俺の分までお前が考えるんだよ。俺はお前がいっぱい考えられる様に問題を作る係だ。ヤスもな」
おかしそうにグレイシャルは笑い、オーディスに短く言う。
「全く……」
グレイシャルは立ち上がって窓の外を眺めた。
少し遠くにはどこまでも続く海が広がっている。
『きっと家族は生きている、大丈夫だ』と自分に言い聞かせながら。
いつになるかは分からないが、きっとバーレルの街に帰ってみせる。
そして、また家族と暮らすのだと心に誓う。
オーディスはそんなグレイシャルを見ていると何かを思いついた様に立ち上がって言った。
「あ、風呂入ろうぜ。三階にでけえ風呂があるってエレノア言ってたろ」
「え、僕もう疲れたので寝たいんですけど……」
「うるせえ! おら、行くぞ!」
オーディスはグレイシャルに有無を言わせず無理矢理脇に抱える。
ヤスは寝ていたので誘わなかった。
「ちょっと、降ろしてください! 本当に!」
夜の高級宿にはグレイシャルの声が、部屋の中にはヤスのいびきが響いていた。
――――
時を同じくして、赤毛の女は自分の屋敷がある場所、クロード王国シルバーアーク領トルマータに到着した。
転移の出現先は印を用いても微妙にズレてしまう。
今回も例外ではなく、自分の屋敷の門の外に出てしまった。
女は「門までそこまで離れていないので良し!」とする。
ちなみにそのズレは術者の実力によって大きく変わるのだ。
この女の場合は、非常に高度で精密な魔力制御が成されているので、そのズレは僅か数メートルと言った物に収まっていた。
「さてさて、あのバカちん達は元気にしてるかなー?」
女は荷物を抱えていたので、片足で蹴る様にして門を開ける。
そのまま真っ直ぐ進めば正面入口が見えて来た。
再び足で玄関を開けようとするが開かない。
いつもは開いているのに……。
足で扉をゲシゲシと蹴りノック代わりにする。
しばらくすると中から足音が聞こえ、扉越しに要件を聞いてきた。
「こんな夜更けにどちら様ですか? もしや、またエリザベスお嬢様が……」
聞こえて来たのは若い女性の声だ。
赤毛の女は溜息を付きながら答える。
「『また』ってなに、またって。私が居ない間にベスがまた何かやったの?」
「……! その声はエレノア様! 申し訳ありません、いますぐ扉をお開けします!」
「うん、お願いね」
そこから更に十秒ほど待つと、屋敷の中からはバタバタと人が集まってくる音が聞こえる。
それと同時に扉が開く。
赤毛の女が中に入ると五人の若いメイド達が横一列に綺麗に並んで頭を下げていた。
「「「お帰りなさいませ、エレノア様」」」
「ただいまー」
五人が寸分の狂いもなく同時に同じ声を出す。
赤毛の女は左のメイドから順に荷物を持たせる。
「よっと。じゃあこれあとで洗濯しておいて、お願いね。あ、あと。今日はもう寝ていいよ。いつも遅くまでありがとう」
メイド達は顔を見合わせて困惑する。
「ですが、本日はまだ仕事が……」
「良いって良いって。たまには休まないと。なんなら明日も明後日も休んでも良いよ。私がしばらく、代わりにやっておくからさ。久しぶりに街に行って、お母さんとお父さんに顔見せに行ってあげな」
赤毛の女は優しそうに微笑む。
メイド達はその優しさを素直に受け入れることにした。
「承知しました。ご厚意感謝します、エレノア様」
「うん。あ、でも後でお金渡すからさ、帰りお菓子買って来て。ベスが喜ぶから」
「ふふ。そうですね、美味しい物を探して来ます」
「よろしくねー」
メイド達との会話も程々に、赤毛の女は目の前の階段を上り二階に行く。
だが、用があるのは二階では無い。
二階は屋敷の住人が住まう、個人の部屋がある階層だ。
目的の人物は恐らく、まだ自室には戻って来て居ない筈。
だからもう一つ上の階に行く必要がある。
階段を上がり廊下をぐるり。
反対側に三階へ上る階段があるのでそこまで歩き、階段を上った。
「んー、よしよし。ちゃんと掃除してたんだな。偉い」
赤毛の女は嬉しそうに呟きながら三階の廊下を歩く。
目的の部屋、そこに辿り着くにはこれまた廊下をぐるりと周り、反対側に行かなければならない。
初見ならば長く感じるかもしれないがこの生活を続けて久しい。
とっくに慣れている。
気がつけば『ルウィンの執務室』と、看板が吊るされている部屋の前に赤毛の女は立っていた。
中からはペンで紙に記入をする音が聞こえてくる。
やはり、まだ仕事をしていたのだ。
女はノックを三回するが、相手の返事を待たずに中に入る。
部屋の主は男だった。
整った顔に銀髪、髪型はオールバック。
瞳はグレイシャルやアリス、エレノアと同じ透き通る様な空色。
背は170センチ後半と言った感じ。
年齢は二十代前半と言った所だ。
彼女が扉を開けると同時に、部屋の主は下を向いて仕事を続けながら、赤毛の女に向かって声をかける。
「姉貴……。いつも言ってるだろ、俺が返事をするまで待っててくれって」
「えー? だってルウィン、仕事が忙しいと無視するじゃん」
溜息を付きながら男は返事をする。
勿論、仕事は続けながら。
「それは姉貴が、俺の忙しい時を狙って来るからだ……。それはそうと、マデュールへの出張はどうだった? 成果はどんな感じ?」
「ぼちぼちかなー。この前ルウィンが言ってた『冒険者ギルドの魔導具入れ替えの件』はね、ギルドマスターのオルガ、渋い顔してたよ」
赤毛の女は銀髪の男が仕事をしている机に腰掛け、後ろを振り返らずに話した。
「いや、金の問題を気にしてる場合じゃないだろ。あの魔導具はそろそろ寿命だ。何十年使ってると思ってんだ……。入れ替えないと近いうちに機能不全を起こす。そうなったら冒険者ギルド本部の処理機能が停止して――」
「そ。だから私も全く同じことをあのちょび髭に言ってやったんだよ! 『アンタのとこだけじゃなくて、世界中のギルドが混乱に陥るぞ』って! そしたら、すごく嫌そうな顔をした後『分かった、変えるよ』って低い声で言ったの! 感じ悪かったなー」
赤毛の女は不満そうに話す。
だが、銀髪の男から見れば、いつもよりも大分機嫌が良さそうに見えた。
気になった男は女に聞く。
「それは災難だったな。それにしては姉貴、随分と機嫌が良さそうな声と顔をしてる。何か良いことでもあったのか?」
「んー? 分かっちゃう?」
「まあな。小さい時からずっと、俺とライウッドと姉貴の三人で一緒なんだぞ。鈍感なライウッドだって分かる」
「嬉しいことを言ってくれるねー。……実は今日ね、マリカスの街の冒険者ギルドで時間潰してたら、あの子に会ったんだ」
「あの子? 誰だ、それは」
赤毛の女はいたずらっ子の様な笑みを浮かべながら答えた。
「カール・フリードベルクの息子、グレイシャル・フリードベルク」
グレイシャル・フリードベルクという単語を聞き、銀髪の男は書類に文字を書く手が止まる。
ゆっくりと顔を上げ、目の前に座っている『姉』の背中を見た。
先程までの家族に向ける自愛に満ちた目ではなく、鋭く真剣味を帯びた目で。
「――どうして保護しなかった?」
「んー?」
「とぼけないでくれ。俺は姉貴がマデュールに行く前に言っておいた筈だ。もしも『グレイシャル・フリードベルク、または月剣を見つけたらトルマータまで連れて来るなり運ぶなりしてくれ』と」
赤毛の女は白々しく「そういえばそうだった」と言いながら、机の上に足を上げて回転し『弟』の方を向く。
彼女は愉快そうに笑っていた。
「私も初めは連れて来ようとしたんだけどね。ボディーガードみたいなのがどうやら二人、仲間になってるみたいだから、もう少し自由な時間を上げてもいいかなーって思ったんだ。ゆっくりと世界を見ても良いんじゃないかってね」
銀髪の男は首を傾げた。
「ボディーガード? 分かっているのか? グレイシャルを狙っているのはバジリスクだけじゃない、帝国もなんだぞ! それをどこの誰だか分からん奴に任せるなど、姉貴は一体何を考えてる!」
その言葉は怒りを含んでいた。
鬼気迫る表情で銀髪の男は自らの姉に言う。
「事態は一分一秒を争う、あの子自身の命が懸かって――」
「まーまー! 落ち着きなよルウィン。私が本当に『弱っちい奴』にグレイシャルを任せると思っているのかい?」
赤毛の女は弟の鼻を指先で押す。
犬の様な扱いに銀髪の男は不満を覚えるが、いつもの事なので堪える。
深呼吸をしてから男は姉に聞いた。
「なら、一体どういうことなんだ?」
待ってましたと言わんばかりに、赤毛の女は机を飛び降りて弟の後ろに回り込む。
そして、首から両手を回して抱きついてから、彼女は話し出した。
「二人いるって言ったでしょ? 一人は魔術師だったけど実力はまだまだ。でも、すごい伸びると思うんだ」
「……それで、もう一人は?」
赤毛の女は弟の頭を撫でながら答える。
「アズマの国のサムライ。それも只者じゃないよ。色々あって、そのサムライの子とも手合わせをする事になったんだけど……」
突然、赤毛の女は弟から離れて服を脱ぎ、上半身の素肌を露わにした。
白く美しい肌と豊満な胸が月の光に照らされて美しく見える。
銀髪の男がジーッと見守っていると、赤毛の女の脇腹には今まで男が見た事も無い傷があった。
傷は既に治癒魔術で治療して完全に塞がっていたが、男はそれを見て驚愕する。
「姉貴に傷を付けたのか?」
姉の事を傷つけられたのが許せないから出た言葉では無い。
姉の実力を知っているからこそ、信じられなかったのだ。
「うん、そうだよ。私だって結構本気で戦ったんだぜ? それなのに、私の『赤雷』を完全に見切った上でカウンターを入れて来たんだ。多分あの子が新しい青級のサムライじゃ無いかな。しかも、そのサムライ君もまだまだ発展途上って言うね。どうよ、ルウィン」
女は服を着ながら得意げに話した。
銀髪の男は腕を組んで考えてから、
「そう、だな。そのサムライがグレイシャルと一緒に行動してくれているなら、今すぐ俺達が干渉する必要は無いな」
と言った。
「だろー? やっぱ私の方が賢い! 謝りな!」
赤毛の女は弟の頭を叩きながら謝罪を要求。
銀髪の男は溜息を付きながらそれを飲んだ。
「悪かったよ、姉貴」
「違う! エレノアお姉ちゃんでしょ! 言い直して!」
「……ごめんなさい、エレノアお姉ちゃん」
男は顔を少しだけ赤くして言う。
赤毛の女は満足そうに頷いた。
分割地獄終わり。




