第37話
赤い髪に、赤いギターを持ったロック・ギタリストが映る背景画面に、黄色の可愛らしいフォントの文字が浮かぶ。
・赤髪ギタリストアイコン
『今から家でゼルダの伝説やらねぇ!?』
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・うさ助アイコン
『ごめんなさい、今日は学校の友人達との予定があるので。それに、ゼルダの伝説は基本的に1人でプレイするゲームではないでしょうか? スプラトゥーンなどの対戦や協力プレイが出来るゲームならまだしも』
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・赤髪ギタリストアイコン
『えーそんなのヤダヤダヤダァ! 荘子がいないと神々のトライフォース守れないー!!!』
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スタンプ
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既読。
マキナはスマホを畳の上に放り投げた。
「ちぇー、荘子来れないって」
口を尖らせ、チェックのスカートから伸びる脚をバタバタさせている。
「いいじゃにゃいか。たまには学校の友達と遊ぶ時間もあげないとさ。それに、この件は直接的には荘子と関係ない事だし、みぃ達だけでちゃちゃっとやっちゃおうにゃ」
志庵は、皮を剥いたみかんを1房、ぽいっと口の中に放り入れた。
「なづきはどう思う?」
なづきは串の刺さったアイスを口に咥えながら、ブラウン管のテレビでがんばれゴエモンをプレイしている。ちょうど、ゴエモンインパクトの戦闘が始まったところだ。
「いいではないか。たまには荘子にも休息は必要であろう」
「なんか、みんな荘子には優しいよなー!」
そう言うと、マキナは飛び上がりくるっと側転して立ち上がった。
「じゃ、行くべ!」
「にゃにゃ」
「いいトコだったのに」
なづきは、スーパーファミコンの電源をオフにした。
羅刹区錦の地下街入り口に、けたたましく赤色灯を光らせるパトカーが何台も止まり、付近の道路を封鎖している。警察官が慌ただしく動き回り、黄色いテープが日常と非日常を隔絶する。そこに、黒いV37スカイラインセダンを先頭に黒塗りのセダンが数台現れた。スカイラインから、金のメッシュが入ったオールバックの男が現した納屋橋捜査一課長だ。
そして、少し遅れて反対側の助手席から若い女性が降りてきた。ストレートの黒いロングヘアーをしているが、少し寝癖が残っているのか毛先が所々跳ねている。白いブラウスに黒いロングスカート、その上に茶色のロングコートを羽織っている。今目覚めたばかり、というようなとろんとした表情をしているが、これが彼女の常だ。
「栄生、早く来い」
「はい、すみません」
栄生と呼ばれたその女性は、白いトートバックを抱えて小走りで納屋橋の後についていった。
「納屋橋捜査一課長、栄生管理官、お疲れ様です!」
「ご苦労」
「ご苦労様です」
敬礼する捜査員の間を抜け、納屋橋を先頭に捜査一課の刑事達が現場の中を進んでいく。
「捜査一課が入られます」
黄色いテープの張られた規制線の前に立っていた捜査員が敬礼する。
「ご苦労、状況は?」
「はい、こちらへ。遺体は——」
所轄の刑事の説明を受けながら、納屋橋は地下街の入り口に向かう。屋根のついた地下街への入り口は白いシートで覆われており、地下へ降りる階段の手前に、血の海に伏せる男性の姿があった。納屋橋は身をかがめ、観察する。
「鋭い刃のような物で、胸をひと突きです」
側にいた、若い女性の鑑識官が言った。納屋橋は、女性の鑑識官の顔を見上げる。
「君は、新しい鑑識官か?」
その女性の鑑識官は、小柄で、化粧っ気がないせいか幼く見え、ショートボブの頭に乗せた帽子や鑑識官の制服がコスプレのように見える。
「はい! 荒子麻美です。よろしくお願いします!」
麻美はピシッと敬礼した。
「あぁ、よろしく……荒子?」
「ははは、そうなんですよ、納屋橋課長」
麻美の後ろにいた、年配の男性鑑識官が言った。
「僕の娘です」
「荒子さんの」
納屋橋は、麻美と荒子鑑識官の顔を見比べた。
「似ているな」
「え、そうですか?」
麻美は驚いたような顔をした。
「ところで」
納屋橋は話しを遮り、本題に戻した。
「この手口は……」
納屋橋は、荒子鑑識官の方を見た。鑑識官は丸い眼鏡を外して言った。
「やはり、あの時と同じでしょうか」
納屋橋は返事をせず、何かを考えるように口元に手を当てて俯いた。
「先に起きた他の2件は?」
「はい、全く同じ手口です。地下街と、その付近で殺害されていました」
納屋橋は再び遺体の方に視線を移した。
「3年ぶりですね」
荒子鑑識官が言った。
「あぁ、地下街の辻斬りだ」
納屋橋は立ち上がった。
「EV機動隊を呼べ。錦を中心に地下街の出入り口に配置しろ」
「はい!」
1人の刑事が返事をし、走ってシートの外に出て言った。
「栄生、私のエボルヴァーを用意しろ」
「おぉ、とうとう伝説の百人斬りの納屋橋の姿が見られるのですね!?」
栄生は両手を胸の前で組んで瞳を輝かせて言った。
「おい栄生、それでは私が人殺しみたいじゃないか」
「え、違うんですか?」
納屋橋は手袋で栄生の頭をはたいた。
「あいてっ」
「馬鹿言ってないでいくぞ」
「はいぃ」
納屋橋たちは、シートの外に出ると、車に向かって歩き出した。
「栄生、捜査本部はお前が指揮を取れ」
「はい、納屋橋課長は?」
「私は地下に潜る。何か進展があったら報告しろ」
「自由な捜査一課長ですねぇ」
「お前に言われたくない」
旧時代の街並みが残る、羅刹区錦長者町。その一角の細長いビルの3階に、荘子と萌、千聖の3人はいた。
真っ白に塗られた壁に、1枚の油彩画が展示されている。その油彩画には、ただの意味のない模様のような、しかし花のような、ぼんやりとした、または鮮烈で訴えかけてくる、そんなイメージが描かれている。油彩画のそばに添えられているキャプションには、高橋千聖の名前があった。
「いつもは具象画が多いのに、今回は抽象画なんだ。でも、色味が綺麗ね。観ていると、なんだか吸い込まれそうな、不思議な感覚になるわ」
萌が千聖の作品を見つめながら言った。
「えへへ、ありがとうー」
「何か、心境の変化でもあったの?」
別の壁に掛けられた作品を見ながら荘子が言った。そこには、緑と赤を基調とした、やはり花のように見える模様が描かれている。
「ううん、別にないかな。気分!」
「気分か。アーティスト気質と言うべきか」
今日は、千聖が作品を出展した展覧会に3人で来ていた。千聖は、幼い頃から絵画教室に通い、美術を嗜んでいた。高校生になった千聖の油彩画の技術は、嗜むという領域を遥かに超えたものになっていた。
「やっぱり、進路は美大にするの?」
「うん、そうしたいんだけど……、今お父さんを説得中」
「お医者さんだもんね、お父さん」
千聖の父は、そこそこ大きな病院の院長だ。そして、千聖は一人娘。なので、選ばれし勇者が定められた運命に導かれて伝説の剣を抜くのと同じように、あたりまえのように医者になるものだと周囲からは思われている。
「でも、私は思うのよ。私みたいなのんびりしたのが医者だったら、患者さんは不安にならない? やっぱり、医者になるにも資質ってものがあるのよ。医者の子供だからって、必ずしも医者になる必要はないと思うんだよね」
「じゃあ、病院は誰が継ぐの?」萌が訪ねる。
「そんなの、他の誰かが継げばいいのよ。もっと適性のあるひとが。世襲なんかにこだわってるから、衰退していく」
「千聖のそういう柔軟な発想、良いと思うよ」
萌がそう言うと、
「やっぱりぃ? えへへへ」
千聖は満足げに笑った。
「すぐ調子に乗るところは減点」
「えー! なんでよ」
千聖はポコポコと両手で萌を叩いて抗議した。千聖みたいなお医者さんに診てもらったら、患者さんは安心するんじゃないかな、と荘子は思ったけど、言わないでおいた。
手術の時にのんびりまったりされたら、ちょっと困るけどね。
ギャラリーの1、2階はハンバーグが美味しいレストランになっており、荘子たちはそこで昼食をとった。そして、店を出ると、地下街に向かった。
「錦U37階(地下都市の37階)にスタバがオープンしたんだって!」
千聖が嬉しそうに言う。
「スタバなんて、そこらじゅうにあるじゃない」
「うん、さっき地上にあったよ」
萌の意見に、荘子が同調する。
「新しいところ、行きたいじゃない!」
「どこも一緒だと思うけどなぁ」
奈護屋の地下には、巨大な地下都市が存在する。地震対策でこれ以上高層ビルを建てられないという事で、地下に目が向けられた。
奈護屋ジオフロント計画と銘打たれ、急ピッチで開発が進められた。地下50メートル以降は地上とは全く別の土地割りになり、地価や税金も安いということもあって、人々は地下に流れた。地下に集合住宅や病院、学校までも出来、地下から全く出ない人もしばしばいる。そういう人は、モグラと呼ばれていたりする。
そして開発は進んでいき、その深く掘られた地下都市の底はどうなっているのか、今や誰も分からない。その為、最深部には秘密のUFO研究所がある、または異世界への入り口があるなどと、まことしやかに都市伝説が語られるようになった。
荘子たちはギャラリーのそばにあった地下街の入り口から階段を降り、地下街に入った。浅い方の地下街は古くに作られたものであり、とくにこの長者町の地下街は昔ながらの雰囲気が残っている。近所のおやじが気軽に立ち寄れる居酒屋や、お洒落なワインバーが並ぶ飲み屋街だ。
「あ、羅刹高校の子だ。制服可愛くていいよねぇ」
前から歩いてくる女子高生を見て、千聖が言った。荘子たちが通う奈護屋高校の制服は伝統のセーラー服で、中学の頃とあまり代わり映えのしない地味なものだ。それに比べて前方からこちらに歩いて来る羅刹高校の制服はブレザーで真っ赤なリボンもついており、とても可愛らしい制服になっている。
「スカートも短くていいなぁ」
「私はこっちの方が好きだけど。あんなギャルみたいな格好をして、なんの為に学校言ってるのかわかったものではないわ」
萌はブツブツ言っている。確かにギャルギャルしい——と思って前を見たら、よく知ってる方達だった。
「あれ、荘子でねぇか!」
そのギャルギャルしい羅刹高校のJKは、マキナ達だった。
「こんにちは。こんなところで会うとは、奇遇ですね」
「きっと運命だにゃ」
なづきは相変わらず、ポータブルゲーム機でポチポチとゲームに興じている。
本当に奇遇だ。それより——
荘子は思った。
マキナたちがここにいるということは、何かある。
「じゃぁな!」
「ばいにゃ〜また明日!」
マキナ達はヒラヒラと手を振って反対側へ歩いていった。
「ちょっと、荘子。どういう関係なの? 羅刹高校の子なんかと……」
萌は、娘の交友関係を問い詰める小うるさい母親のような口調で訪ねた。
「毎朝電車で一緒になるんだ」
「いいなぁ、羅刹高校の制服着てみたい!」
千聖は嬉しそうで、萌は不服そうにしている。
暫く地下街を歩くと、地下に高速で降ることの出来るエレベーターの前についた。荘子はボタンを押し、3人でエレベーターを待つ。その間も、萌は荘子の交友関係についてブツブツと文句をつけていた。
「ホントに奇遇だにゃ、やっぱ運命の糸で結ばれているのかも♡」
「でもよ、地下街にいて危なくねぇかな? 荘子は大丈夫だとしても、友達がさ」
「安全、とまでは言えないが、相手もプロだし、こちらもプロだ。一般人に危害が加わるような無茶はしないであろう」
なづきはデータをセーブして、ゲーム機の電源を切った。
「ま、早く済ませるに越したことはないにゃ」
「そうだな」
「さっさと殺っちまおう」
「あら、あなた達も駆り出されたの?」
「あ、封羅さん」
まるで、ずっとそこに居たかのように、封羅が3人の横を歩いていた。
「どっちが早く片付けるか、競争しましょうよ」
「よーし負けねぇぞ!」
「じゃあ、私が勝ったら荘子ちゃんの処女をもらうわね」
「なっ、それはダメだべ! 荘子はマキナ達ものだ!」
「フフフ、愛は力づくで奪うものよ」
そう言って、封羅は赤い日傘を持って優雅に歩いていった。
「くそー! 負けねぇぞ、あの淫乱ババアなんかに!」
マキナはブンブンと大きく腕を降った。
「ちょっとやる気出てきたにゃ」
「急ごう。奴には、勝つ」




