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第36話



 荘子と沙亜紗は、一睡もする事なく、朝を迎えた。早朝5時、荘子は心地好さそうに眠るタダカを起こした。


 タダカはシャワーを浴び、髪の毛を整え、スーツを着てキッチリと身なりを整えた。



「腹減ったな」


「機内で食べられますから、我慢して下さい」

 タダカは不服そうに、部屋を出た。部屋の前には、剛と真山、そして4人の警官がいた。警官は防弾の盾まで装備していた。



「我々が搭乗口まで警護します」


「ご苦労さん」



 SPに囲まれる政治家のように、タダカはホテルの通路を抜け、空港へ入る。その間も、完璧な警護がなされていた。


 剛は志庵のアサルターの特徴をよく理解していた。ピンポイント射撃の威力では防護壁を貫けないし、威力を増した砲撃では防護壁を貫けるが周りにいる警護にも被害が及ぶ。スカムズは、絶対に罪のない者を手にかけない。その弱点を上手く利用した作戦だった。念のため、空港に隣接するビルには捜査員を配置した。完全に、狙撃の可能性を封じていた。食料や酒も警察が用意したものだったし、常にタダカの側には捜査員が付いていた。搭乗ゲートを抜け、ボーディングブリッジを渡る。


 飛行機の乗降口の前で、剛たちは歩みを止めた。乗降口の向こう、旅客機の中にはスーツを着た屈強な男性が2人待ち構えている。タダカが個人で雇ったボディーガードだ。



「では、飛行機に乗ってください」


「はーい」



 タダカはポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと乗降口へ歩いて行った。荘子は後を追うように、一歩前に進んだ。



「あーあ、やっと解放されるわ」



 ゆっくりと歩を進め、搭乗口へ向かう。



「ククク、しっかしお前らって無力だよな。それに比べて、俺は恵まれてるよ」



 そして、ボーディングブリッジと飛行機の接続部分で立ち止まり、剛たちの方を振り返った。



「パパにお礼言わなきゃ」



 そう言って、白い歯を見せ、嘲るように笑った。荘子の、硬く握った拳の中で、指の先の爪が手の平に深く食い込む。



 次の瞬間、赤い閃光のようなものが、タダカのちょうどこめかみ辺りに吸い込まれるようにして消えた。そして、タダカの目、口、鼻、耳から真っ赤な鮮血が吹き出したかと思うと、タダカはその場に仰向けになって倒れた。その顔は、流れ出した血で、顔にバツ印のような模様が出来ていた。


 ——やった。


 荘子は倒れているタダカのそばに駆け寄った。



「救急車!」



 そう叫んだが、即死なのは明らかだった。



「空港封鎖して!」



 沙亜紗が叫んだ。剛は、飛行機の搭乗口とボーディングブリッジの接続部にあたる可動式の蛇腹の部分を見た。そこには、3センチほどの穴が開いていた。穴から、陽の光が差し込み、剛の額を丸く照らした。沙亜沙は、タダカの側で屈みながら顔を上げ、その蛇腹の穴に注目した。



「まさか、目視せずに狙撃したというの?」





 沙亜紗の瞳から蛇腹に開いた丸い穴を通り抜け、そこから3キロメートル離れた廃ビルの一室——





「最後の詰めが甘いにゃ、腐れボンボンが」



 くすんだ灰色の壁に取り付けられた小さな正方形の窓の向こうに、ブレザーの制服に身を包んだ志庵は、右目にゴーグルを付け、アサルターを構えていた。



「ホントに当たったべか?」



 そう言って、マキナは両手でそれぞれ親指と人差し指で輪っかを作り、その中を覗き込んだ。輪っかの先には、目の前にあるビルとビルの間の1メートルほどの隙間から、ボーディングブリッジに接続された旅客機が小さく白いかたまりのように見える。



「ちゃんと指示された座標を狙ったにゃ。3ミリのズレもないはず」



 志庵はゴーグルを取った。なづきも同時にイヤホンを外した。



「警察の無線を傍受した。間違いない、クリミを仕留めた」


「さっすが名スナイパー!」


「まぁにゃ♡」


「しっかし、荘子もすげぇこと言うよなぁ——」





 昨晩、荘子は剛からの連絡があった後、その場で作戦を考え、一緒にいた志庵に伝えた。



「——それで、明日の始発の飛行機でオーストラリアに飛ぶようです」


「その警備体制じゃ、全く隙がないにゃあ。狙撃も出来ないにゃい」


「いえ、一瞬だけ、隙ができる場所があります」


「それは?」


「タダカが、飛行機に乗り込む時です。タダカの身柄を、警察からタダカが個人で雇ったボディーガードに受け渡す間、飛行機の搭乗口に入る瞬間、その一瞬だけ、周りの警護が解かれ、タダカの身体はノーマークになります。そこを狙ってください」


「ホントの一瞬だにゃ。でも、どうやって狙うにゃ? 撃つタイミングは分かったけど、目標が目視出来ないと狙いようがにゃいよ。あの距離じゃ透視機能も使えないし」


「タダカのスマホのGPSで位置を特定出来れば良かったのですが、スマホは破棄してしまったので使えません。タダカに別のGPSを取り付けるのは可能ですが、それだと内部の人間、わたしが疑われてしまう危険性があります。なので、わたしのスマホのGPSを目印にしてください。ボーディングブリッジ内で、わたしはタダカとの距離を彼の背後から正確に2メートルを保つようにします。それとタダカの身長、狙撃ポイント等を計算に入れて頭部を撃ち抜いてください」



 ひゅう、と志庵は口笛を吹いた。



「目測で2メートルの距離をきっちり保てるにゃ?」


「出来ます」



 荘子は志庵の茶色い瞳を真っ直ぐに見つめて言った。志庵は頷いた。



「それでいくにゃ」


「ありがとうございます。父や沙亜紗さんもスマホを携帯しているので、その電波状況でタダカの周りにいる人間の位置関係を把握して下さい。それなら万が一の誤射もなくなる筈です」


「りょーかいにゃ。もし上手くいったら、耳舐めさせてくれる?」



 そう言って、志庵はペロっとピンク色のやわらかそうな舌を出した。



「任務遂行は当然の義務です。ご褒美はありません」


「キビシイ司令官さんだにゃ。まぁ、拒否されても舐めちゃうけどね」



 そう言って、志庵はウインクした。その後、荘子の作戦を伝え聞いたなづきが一晩で荘子のGPSを基にした狙撃プログラムを作り上げ、志庵のアサルターにインストールした。



「今回マキナの出番がない!」



 マキナはひとしきりふくれて駄々をこねた後、なづきがプログラミングしている横でぐっすり眠った。










「学校に向かおう」



 なづきはポータブルゲーム機をスクールバッグに仕舞いながら言った。



「りょーかい! 後から荘子にもお疲れ様言ってあげねぇとな。学校終わったらラーメン行くべ」


「いつものトコ? たまにはスガキヤが食べたいにゃあ」


「まぁ、たまにはそれもいいだろう」



 3人は素早く廃ビルを出ると、そのまま学校へ向かった。




 しかし、段々と我々に対する策も厳しくなってきたな。


 今回は、荘子がいなかったら作戦は未遂に終わっていただろう……












 剛が自衛隊に依頼していた弾道追跡システムにより、タダカを狙撃したエネルギー弾は空港に隣接する市街地の中にある廃ビルから放たれたものと判明した。廃ビルで鑑識が行われ、付近の監視カメラの確認が行われた。


 沙亜紗と真山は、廃ビルの屋上に立っていた。


 落下を防止する鉄の柵は錆び、何者かに破壊された出入り口の扉は風に揺れ、ギイギイという寂しげな音を響かせている。どこからか、風に乗って時報のチャイムの音が聞こえてきた。


 沙亜紗は柵の前に立ち、廃ビルの手前に立つデパートと、オフィスビルの間からかすかに見える空港の滑走路を見つめていた。



「スカムズは、ここからタダカを狙撃した」



 ボーディングブリッジに接続された旅客機が見える。その大きさは、親指と人差し指で潰してしまえそうなものだった。真山は、沙亜紗の隣りで双眼鏡を覗いている。



「この距離で、あのビルの隙間を縫い、姿の見えない人間をピンポイントで撃ち抜ける可能性は?」



 沙亜紗が言った。



「俺が警視総監になれる可能性よりかは高いと思いますよ」



 双眼鏡を覗き込みながら真山が言った。



「内部の様子が見えてたとしか言いようがないわね」


「見えてた?」



 真山は双眼鏡を顔から離して沙亜紗を見た。



「えぇ。スカムズは、あの時のボーディングブリッジ内の様子を間接的に見ていた」


「間接的に……カメラを通じて?」


「あるいは。それも可能性の一つ」


「でも、調べたけどカメラは出て来なかった」


「それなら、他の方法で間接的に見ていたのね」



 あるいは、あの場にいた誰かが何らかの方法で内情を伝えていたか——



「斑目管理官、刑事部長から召集がかかりました」


「わかったわ」



 沙亜紗はもう1度滑走路を振り向き、廃ビルを後にした。










 荘子は、誰もいなくなった教室でひとり試験を受けていた。試験の監督をしている宮部先生は、教室の隅で椅子に座り窓にその身体を任せて気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 荘子は3回目の見直しをした後、自然と瞼が落ちるとともに、手に握ったシャープペンシルはカタっと音を立てて試験用紙の上に転がった。穏やかな午後の日差しの中で、教室に存在する全てのものが眠りについているようだった。その様子を、扉の外から萌と千聖が眺めていた。



「これが、全国模試一位と有名進学校教師の姿……」


「平和でいいじゃん」


「平和ねぇ……」



 萌と千聖は心地よい日向に身体を暖めながら、時報のチャイムが鳴るのを静かに待った。


 



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