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第35話



 荘子は家に帰らず、剛に教えられた通りに奈護屋空港に併設されているエアポートホテルへタクシーで向かった。ホテルのロビーで、真山が待っていてくれ



「真山さん、お疲れ様です」


「荘子ちゃん、お疲れ様。状況は聞いてる?」


「大筋は父から聞きました。しかし、一体……」


「突然なんだよ、タダカという大学生をスカムズ対策室が保護しろという指示が警視総監から出された」



 そうなると、易弥の事件をもみ消したのは警視総監か。ますます厄介だ。



「それでは、払田易弥はやはり他殺で、その被疑者はタダカという青年であると?」


「いや、被疑者や、事件性については触れられていない。警視総監の指示は、タダカという罪の無い一般市民(・・・・・・・・)が狙われる危険性があるから緊急に保護しろ、という事だけだ」


「捜査を放棄して、その可能性があるだけの一般市民を保護する為にスカムズ対策室総出で警護しろと?」



 真山は手のひらを上にして両手を上げて見せた。



「流石の部長もブチギレ寸前だよ」



 そう言う真山自身もブチギレ寸前に違いなかった。しかし、この中で1番キレてしまいそうな者は、全てを知っている荘子だった。



「タダカは、このホテルにいるんですね」


「あぁ、スイートルームで手厚く保護されてるよ。明日の朝一で、オーストラリアに留学だ」


「留学……」


「スカムズの一件が落ち着くまで、海外にいるつもりらしい」



 救いようのないゴミだ。そう思った。



「とりあえず、タダカのいる部屋に行こう。そこに白川部長と斑目管理官もいる」



 荘子は真山に案内され、最上階のスイートルームに向かった。


 最上階のエレベーターを降りたところから制服警官が2名ずつ立っており、通路を巡回警備する者、そしてスイートルームの前にも2名の警官が立っていた。真山がスイートルームの前に立つと、警官は敬礼をし、扉をノックする。



「真山巡査部長と白川警部補がお見えです」



 警官がそう呼びかけると、沙亜紗が扉を開けて現れた。



「入って」



 そう言った沙亜紗の表情は、魂の篭っていない能面のようだった。



「あの顔をした斑目はヤバい」



 真山がボソッと言った。



「なんとなく分かるような気がします」



 スイートルームは大きな窓一面の夜景——、かと思いきや、窓側には全て射撃を防ぐ為の防護壁が立てつけられていた。まったく隙のない、万全の警備だ。



「へぇ、可愛い子いるじゃん」



 荘子を見てそう言ったのは、上下黒のスウェット姿でリラックスした様子のタダカだった。ソファに深く座り、片手にはコロナビールを手に持っている。クラブの前ですれ違った時、3人組の真ん中にいた、育ちの良さそうな男だ。そのタダカの後ろ、窓際の防護壁の前に剛は立っていた。



「明日の朝、タダカ君を乗せた飛行機が飛び立つまで、我々が彼をスカムズの手から保護する」


「それはつまり——」



 荘子が一歩前に出た。



「タダカさんが払田易弥さんを殺害した被疑者という認識でよろしいでしょうか?」


「それは……」


「おいおい」



 タダカが剛の言葉を遮った。



「部下への教育がなってないんじゃないの? 俺は何もしていない。あのクラブに出入りしている者として狙われる可能性があるから、保護してもらってるだけ。善良な一般市民を守るのは警察の義務だろ? そのナントカって奴が死んだのだって事故なんでしょ? スカムズって連中が勘違いして俺を狙わないように保護してもらってるだけ。勘違いで殺されたらたまったもんじゃないよね」



 表情が硬くなった捜査員達をなだめるように、剛が前に出て言った。



「今夜は私と真山がこのスイートルームで警護する。斑目管理官と白川警部補は隣室で控えていてくれ。


「ちょっと」



 タダカはガラスのテーブルの上に足を置いた。



「一晩中おっさん達といるなんて厳しいでしょ。キミ達2人で警護してよ」



 そう言って、タダカは荘子と沙亜紗の方を指差した。



「なっ……」


「ちょっと待ちたまえ、警護は私たちで——」


「あ、口答えすんの? 尾乃陀さんに言っちゃうよ〜。そいつらクビにするなんてカンタンなんでしょ? ぎゃはは」


「君、いい加減に——」


「分かりました」



 剛がタダカの胸ぐらを掴まんとしたところで、沙亜紗が制した。



「白川警部補と私で警護します。それで満足ですか?」


「ついでに夜のサービスをしてくれるといいけどね」



 沙亜紗はタダカの発言を無視した。



「その代わり、少し休憩を下さい。白川警部補、真山、休憩行くわよ」


「え、でも俺は休憩なんて——」


「行くの!」



 いたいけな中学生にたかるヤンキーのような眼差しで、沙亜紗は真山を睨んだ。



「はい」



 真山は従うしか術を持たなかった。荘子、沙亜紗、真山の3人はスイートルームを出て行った。剛は重力が2倍くらいかかったような重いため息をついた。





 暫くすると、荘子と沙亜紗がタダカのいるスイートルームに戻ってきて、剛は隣室に移動した。タダカはだいぶ酒を飲んでいるようで、良い気分になっている。時刻は、深夜1時を回っていた。



「白川警部補、コーヒー飲む?」


「ありがとうございます、いただきます」



 沙亜紗は、コーヒーメーカーでコーヒーを入れた。



「タダカさんはいりますか?」



 その声に、一切の抑揚はなかった。



「俺はいいよ、それより酒をくれ」


「分かりました」



 沙亜紗は棚からウィスキーを取り出した。一切の感情を表さずに、一つ一つの作業をプログラムされた機械のようにこなした。



「ねぇ、俺そろそろベッドルーム行くからさ、どっちかついてきてよ。2人でもいいけど。ははは」


「プロの方をお呼びしましょうか?」


「いらねぇよ、つまんねぇな」



 タダカがそう吐き捨てた時だった。部屋が暗闇に包まれた。



「な、なんだ!? 」



 視界はゼロになった。窓は防護壁で覆われている為、月の光も入って来ない。



「お、おい! 警察は何してんだよ!?」



 その時、タダカの身体に衝撃が走った。衝撃と共に身体のバランスが崩れ、後ろに倒れこむ。そして、大きく開いた口の中に冷たく硬いものが挿入された。


 仰向けでソファに倒れ込むタダカの上には、黒装束に身を包み顔を仮面で覆った者が馬乗りになっていた。そして、タダカは自身の口に挿入されたものが何であるのか理解した。


 拳銃だ。



「あ、あああああ!」


「お前が払田易弥を殺したのか?」


「ち、ちが、ちが……」


「本当の事を言ったら、命だけは助けてやる。言え!」


「ふぁい、俺がやりました、リンチして突き落としました! 許ひて!」


「許すわけねぇだろ」


「あ……ああああああああ!」


「バン!」



 発泡は、されなかった。ただの、人の声が発した擬音だ。そして、部屋の明かりが灯り、その様子が明らかになる。黒装束は、ひょっとこのお面を取った。そこに現れたのは、真山の顔だった。タダカは顔面蒼白になり、四肢をガクガクと震えさせていた。そこへ、荘子と沙亜紗が上から見下ろした。



「どう? 少しは自分の行いを悔いたかしら?」


「……ったく! つまんねぇことしてんじゃねぇよ! どけ!」



 タダカは真山を押しのけ、ソファに起き上がり、髪をかきあげた。



「もしこれが本当のスカムズの仕業だったら、アンタ殺されてたわよ」


「お前らのくだらねぇ冗談だろ! 殺されたりしねぇよ」


「冗談ではないわ。スカムズはとても恐ろしい連中なの。海外に逃げても無駄よ。影のようにどこまでもあなたを追いかけて、その命を取りにくるわ。今からでも遅くない。罪を認めるの。そして警視庁に行きましょう。そうすれば、私達が全力であなたを保護するから」


「けっ!」



 タダカは瓶の底に少しだけ残っているビールを飲んだ。



「スカムズは日本、それも奈護屋の奴でしょ? 海外には現れねぇよ。それに、スカムズはターゲット以外殺さないから、飛行機には手出し出来ない。機内ではお前らよりも優秀なボディーガードがいるしな。飛行機に乗れば、俺の勝ちだ」



 そう言って、タダカは品のない笑い声を上げた。



「お前ら覚えとけよ。善良な大学生に拳銃を向けたんだ。クビだけじゃ済まないからな。そうだな、女2人はやらせてくれたら許してやってもいいけど?」


「お前いい加減に——」



 タダカに飛びかかろうとした真山を、沙亜紗が制した。



「やめなさい」


「でも……」



 沙亜紗は、真山の腕を力強く掴んで引き寄せた。



「我々の仕事は、彼を警護すること。さぁ、持ち場に戻って」


「ははは、その女は物分かりがいいな。さっきのは暴行と自白強要だからな。俺は何もやってない。分かったらさっさと出てけよ、おっさん」


「くっ……」



 真山は、タダカを睨み、部屋を出て行った。荘子は、タダカの顔すら見なかった。馬鹿は相手にするだけ無駄だ。



 いくら優秀な沙亜紗や真山であっても、権力の前ではどうすることも出来ない。ただひれ伏すだけ。逆らえば潰される。それが今の警察組織ではあり、日本だ。この悪しき構造も、やがては変えなくてはならないわたしには、為すべき事が沢山ある。




「そろそろお休みになられてはどうですか?」



 荘子が言った。



「あぁ、そうだな。お前らのせいでシラケちゃったし、もう寝るよ」



 タダカはソファから立ち上がり、ベッドルームに向かった。その後に、荘子と沙亜紗も続く。



「なんだ、やる気になったのか?」


「安全上、あなたから目を離す訳にはいきません。照明も、完全には消せませんがよろしいですか?」


「お好きなように」



 そう言うと、タダカはキングサイズのダブルベッドに潜り込んだ。荘子と沙亜紗は部屋の隅に立ち、周りを警戒した。



 目の前には、目標のクリミがいる。無防備に、寝息を立てている。今殺そうと思えば、殺せる。



 しかし、そのような事は出来ない。沙亜紗に目撃されてしまう。こんなゴミ屑の為に、これまでの全てを無駄に先の未来をする訳にはいかない。ここは耐えるべきだ。しかし必ず、殺す。



 沙亜紗の言う通り、海外でも地獄の果てでも追い詰めてわたしはお前を殺すだろう。覚悟しておくがいい。


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