第18話
下水道からアジトであるビル内に侵入したが、内部の様子は異様だった。通路に、黒服達の死体がゴロゴロと転がっている。死体は、どれも頭や心臓を綺麗に撃ち抜かれていた。
『おうおう、先客だべか?』
『恐らく、磨瀬木がやったのだと思います。拳銃の扱いには慣れていたはずだから』
『この鮮やかな手口、やっぱ荘子の兄貴分だけあってただ者じゃないにゃ』
『どういう意味なのでしょうかそれは』
『そりゃあ決まってるべ! バケモ……』
『す・て・き、ってコトにゃ♡』
『さぁ、急ごう』
下の階層は磨瀬木が片付けてくれた為、敵もおらず静かだったが、荘子達は油断せず慎重に進んだ。
『ボスの部屋はドコだべ?』
『最上階の8階だ』
6階までは何事もなく進んできたが、7階へ上がる階段の途中で、ヒトの気配に気付いた。
『いるな』
『けっこうな人数にゃ』
『ちょうどいいべ、一気に片付けられる。ここはマキナたちがやるから、荘子は上行け』
『わかりました』
マキナは微笑んで、親指を立てた。荘子も微笑んで、同じようにポーズをとった。
ありがとう。
相手を100%信用するなど実に愚かしいとは思うけれど、わたしはあなた達を信じることにする。かならず目的は果たすから。
マキナは、黒いトンファーを2本取り出し、両手で持った。志庵はマシンガンを、なづきは鞭を持って構えた。そして、背中の黒い翼が、開く。
マキナが、階段の踊り場から上の様子を伺う。階段を上った先は大きな扉があり、開けっ放しになっている。その扉の奥は大きなホールになっており、戦闘員と思われる黒服が100人ほどいる。中には、倒れている者も何人かいる。ここで、磨瀬木も暴れたのか。入り口と反対側の壁にも、大きな扉がある。ボスがいる8階へは、あの扉の向こうにある階段を使わなければならない。
『荘子、マキナ達が道を作るから、迷わず扉まで走れ』
『了解』
『みんな、準備はオーケーだべか?』
『バッチリにゃ』
『あぁ、いつでもいける』
マキナ達は、それぞれの武器を構えた。
群がる悪党共よ。お前達は私の影すら追えずに、眠りにつくことになる。
『GO!』
合図と共に、4人の黒い影は飛び出した。
階段を上りホールに出ると、荘子、マキナ、なづきが一斉に走り出す。マキナとなづきの影が、闇夜に紛れたコウモリのように舞い、獲物を狩る。後ろから志庵が援護する。致命傷は避け、しかし確実に1撃で敵を戦闘不能にする。その間を、荘子が一直線に駆け抜ける。 まるでボーリング玉がピンを倒すように、黒服が次々に倒れていく。反対側の壁にたどり着くと、荘子は迷わず大きな両開きの扉を開ける。それを確認すると、マキナとなづきが扉の前に立ちはだかった。
『ここから先へは行かせない』
扉の向こうは、四角く薄暗い部屋の中央に、螺旋階段が長く上に伸びていた。荘子は螺旋階段を駆け上がる。螺旋階段の途中で、黒服がいた。
「なんだお前は!」
黒服がマシンガンを放つが、荘子は手摺りを蹴って横に飛び、黒服に蹴りを入れた。
「がはっ」
黒服はバランスを崩し、階段を転げ落ちて行く。次の瞬間、上から轟く爆音と衝撃。上にもう1人、黒服がいる。荘子は素早く避けるが、手摺りの外に投げ出されてしまう。しかし、背中の翼を起動させ、階段の下をすり抜けて、黒服の背後に回り込み、背中に回し蹴りをくらわせた。黒服はその場で意識を失い、階段に倒れこんだ。荘子は振り返る事なく上を望む。そこには、ひときわ大きな黒い扉がある。荘子は扉の前に行き、ゆっくりと扉を開け、中の様子を伺う。扉を開いて目に飛び込んできたのは、赤だった。広い部屋の中は、床一面に赤い花が敷き詰められ、その鮮やかな花弁を広げていた。
これは……
部屋の床一面に栽培されていたのは、麻薬の原料となる花だ。入り口からは、赤い花をかき分けるように真っ直ぐ細い通路が伸びており、部屋の中央の丸く開けたスペースには、無駄に立派な、王様が座るような椅子に踏ん反り返る巨体が見える。
ソフトモヒカンの黒髪に、真っ黒なサングラス、茶色のスーツを来ている。プロレスラーのようなガッチリした体格で、椅子から立ち上がったら身長は2メートル以上はあるだろう。あいつが、于醒義ファミリーのボスだ。そのボスの前に黒服が2人いて、その間に人が倒れている。
磨瀬木お兄さん……!
荘子は、扉を大きく開いた。ボスと黒服が、荘子に注目する。
「なんだ、お前」
ボスは姿勢を変える事なく、首を傾けた。黒服はマシンガンを構える。しかし、その時には荘子はそこにいない。赤い花びらを舞い上がらせながら飛ぶ、黒い影。マシンガンは、火を噴く事なく沈黙した。その時、うつ伏せで倒れている磨瀬木が荘子を見た。
「まさか、スカムズ……」
磨瀬木は、額や鼻、口、あらゆるところから出血していた。瞼は腫れ、前歯が折れている。もちろん、目の前にいるのが荘子だとは気づいていない。
「スカムズ? 正義の味方気取りのクソ野郎か。とうとう俺の所に来やがったか」
そう言って、ボスは立ち上がろうと腰を浮かしたが、たちあがらずに、再び椅子に座った。
「そうだ、磨瀬木。お前がこのヒーローを殺せ。殺れたら、許してやる」
磨瀬木は、脚をガクガクと震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、懐から、白く、長細い棒状の物を手に取った。それは、刀の柄のように見えた。
あれは、まさか——
磨瀬木が手に力を入れると、棒の先から鈍い音と共に黒い刃が出現した。エボルヴァーだ。荘子も、三条を取り出した。明るいグリーンの刃が出現する。
「ククク、どうする磨瀬木。あいつもエボルヴァー持ってるぞ」
磨瀬木は両手でカタナ型のエボルヴァーを構えた。
「大丈夫。1撃で仕留めてみせますよ」
そう言って下段に構えた瞬間、身体を回転させて後ろにいるボスに斬りかかった。
「くっ……」
しかし、ボスは腕で磨瀬木の刃を受け止めた。
まさか、素手でエボルヴァーを? いや、そんな筈はない。いくら屈強な肉体も持っていたとしても、生身の身体でエボルヴァーを受け止められる訳はない。
荘子は素早くボスを観察した。
ボスが両手首にはめている、無駄にゴツいブレスレット……あれがエボルヴァーか。でなければ、エボルヴァーを素手で受け止めた理由がつかない。恐らく、エネルギーで拳を覆うタイプのエボルヴァーに違いない。
「甘いねぇ、磨瀬木。お前、何年俺ん下で働いてんだよ」
「くそっ!」
磨瀬木は後ろに飛んだ。
荘子にはすぐに分かった。
今の手負いの磨瀬木ではボスに勝てないし、それ以前にあのボスは、強い。わたしひとりでは、あのボスに勝てない。磨瀬木も目標だし、ボスも目標だ。両方とも殺さなくてはならない。 磨瀬がボスを倒してくれれば話は早かったが、そうもいかなそうだ。順序で考えれば、先に磨瀬木を倒して、その後にボスを倒す。磨瀬木と戦っている間に時間を稼げば、マキナ達が追いついて来てくれるだろう。そうすれば、勝てる。幸い、ボスはわたしと磨瀬木を戦わせようとしている。ここは、十分に時間を引き延ばしてやろう。いける。大丈夫。成功する。
荘子は、三条を構えた。目の前には、顔を腫らして苦しそうにカタナを構える磨瀬木がいた。
一瞬、幼い頃の記憶が蘇った。
部屋で、一緒にアニメを見てくれた磨瀬木お兄さん。公園で、滑り台で遊んでくれた磨瀬木お兄さん。奈護屋高校に受かった時、本気で喜んでくれたお兄さん。そのお兄さんの、笑顔。
お兄さんを、この手で殺す?
わたしは、人を殺す、という意味を分かっているのか? 磨瀬木お兄さんの命を絶つという、その意味を。
何度も自問自答し、答えを出した。
決意を固めた。
……はずだった。
無理だ……
出来ない。
次の瞬間、磨瀬木が横に吹っ飛んだ。
「なにチンタラやってんだよ」
ボスが、磨瀬木を振り払ったのだ。磨瀬木は力なく、マネキン人形のように吹き飛び、倒れた。
「スカムズ、知ってるぜ。前に架召ファミリーを潰しただろ。こっちとしては商売敵が減って助かったがな。礼を言うぜ。だが——」
ボスの両手が黒いオーラのようなものに包まれ、荘子の頭蓋めがけて降り注ぐ。荘子はすかさず、後ろに跳躍した。ボスの拳は地面に直撃し、大理石の床が割れた。
「——少々調子に乗りすぎだ」
くっ……、モタモタしているうちにボスが出て来てしまった。気の短い奴め。
ボスの、スーツの上からでも分かる、鍛え上げられた筋肉。しかし、それを感じさせないほどのスピード。やはり、強い。時間を稼ぐのですら、厳しいかもしれない。このままでは、磨瀬木お兄さんを殺すどころか、わたしも殺されてしまう。
初めて直面するリアルな死を前に、荘子の脳みそは激しく思考を巡らせた。
広いホールの中央に、黒い山が出来ていた。倒れた黒服が積み重なって、山を作っているのだ。
『きれいに片付いたにゃ』
『じゃ、荘子のトコ行くべ』
マキナは走って扉の方に向かった。
早くしないと荘子が——
半開きになっていた扉の取っ手を取ろうとすると、扉が自動的にバタンと閉まった。
『うん、なんだ?』
次にサイレンが鳴り出し、ホールの照明が赤に変わった。そして、天井に規則正しく並んだ丸い穴が現れたと思うと、そこから勢いよく水が流れ出てきた。
『み、水!?』
ホール内に数本の水の柱ができ、水飛沫が舞い上がっている。まるでUSJのアトラクションのようだ。しかしここはテーマパークではない。ギャングのアジトだ。
マキナ達のそばで倒れていた黒服がうつ伏せの状態で言った。
「ククク、ボスを守る為の最終兵器だ。お前らは俺たちと共に水に溺れて死ぬのだ! ガハハハ——ぐはっ!」
志庵が足で黒服の後頭部を思いっきり踏みつけた。
『こいつら……、バカなの?』
志庵が足でグリグリする。黒服は、何故か嬉しそうな顔をして気絶した。
床が、少しずつ水で満たされてきた。このままでは、気絶している黒服が先に溺れてしまうだろう。無駄な殺生は、スカムズの本意ではない。なづきはホールの壁を調べる。
『完全に、プールになるように作られているな。狂ってる。どこかに排水設備があるはずだ。探そう』
『速くするべ、荘子が!』




