第17話
「……部長。白川さんもう1時間くらいああやって瞑想していますけど」
なぎなた部の道場で瞑想する荘子。その荘子を、道場の隅にある部室の影からなぎなた部部長と1年生の部員は静かに、しかし抜かりなく見守っていた。
「大丈夫よ、そっとしておきましょう。そして、瞑想を終えた時が、この入部届けにサインする時よ」
「えぇ、そうですね!」
すると、荘子はゆっくりと目を開けた。その刹那、部室から舞空術を使ったのごとく素早く飛び出す部長と1年生。
「白川さん! この入部届けにサ——」
「それでは、これから塾があるのでこれで失礼します」
荘子は深く一礼すると、爽やかな風が吹き抜けるように道場を後にした。そして、入部届け用紙を持ったまま、呆然と佇む2人。
「ま、まぁ、これからよ」
「そうですよ、明日こそこの入部届けにサインさせましょう!」
おっしゃあ! と2人は気合いを入れて雄叫びを上げた。
「ただいま」
「おかえりー!」
荘子が塾から帰ると、母の祥子が出迎えてくれた。剛は、やはり帰っていなかった。スカムズから、磨瀬木拓一の殺害予告が出ているからだ。
「荘子、封筒が届いてるわよ」
そう言って、母が茶封筒を渡してくれた。宛先は白川荘子になっており、差出人は書かれていない。
「ありがとう」
「ご飯できてるわよ」
「うん、すぐ着替えてくるね」
階段を上り、2階の自室に入ると、すぐに封筒を開けた。中には、小型のメモリが入っていた。荘子はすぐにタブレット型PCに接続し、中身を確認した。そこには、于醒義ファミリーが麻薬を流しているありとあらゆる証拠が詰め込まれていた。そして、そのデータの最後に、あの岬の展望台から見た夕日の画像が保存されていた。
磨瀬木お兄さんだ……
荘子はすぐにスマホでマキナにメッセージを送った。
『今夜行くから、準備しておいて』
そうすると、制服を脱いで部屋着に着替え、リビングに降りて行った。
夜中の1時。
黒いジャージの上にコートを羽織った姿で、荘子は自室で待機していた。すると、時間きっかりにマキナからメッセージが入った。
『着いたぞ!』
そのメッセージを確認すると、荘子はそっと自宅を抜け出した。 自宅を出て路地を曲がった所で、大きな車が止まっていた。バスのような外観の車体で、薄いグリーンの色をしている、フォルクスワーゲン・タイプ2だ。荘子が近づくと、マキナとなづきがひょっこり顔を出した。
「派手な車ですね」
「これなら、近所の人に目撃されても優等生の娘がちょっと羽目を外しちゃったくらいにしか思わねぇよ」
そう言ってマキナはグッと親指を立てた。
「お気遣いありがとうございます」
荘子が車に乗り込むと、なづきが後ろの座席でゲームをして、志庵が運転席でステアリングを握っていた。
「志庵、運転も出来るんですね」
「みぃに扱えない機械はないにゃ」
志庵は後部座席に向かってピースサインをした。
「荘子、居場所を突き止めたんだな」
なづきは、ゲーム機を膝の上に置いて言った。荘子は、ポータブルPCで磨瀬木が送ってくれたデータを見せ、事の成り行きを告白した。
「なるほど。その流れからすると、磨瀬木は1人で于醒義ファミリーを潰そうと考えているな。命と引き換えに」
「あの展望台で目標を始末しておけばこんな大袈裟なことにはならなかったのに、ごめんなさい」
「大丈夫だ。こういう時の為に、于醒義ファミリーを良く思っていない連中からの依頼をクライアントから取っておいてある。于醒義ファミリーを潰せば、追加で収入が入る」
なづきは無表情で親指と人差し指で輪を作り、オッケーサインをした。マキナと志庵はニカっと微笑んだ。荘子は、覚悟を決めた。
お兄さんをギャングなんかに殺させたりしない。せめてわたしの手で——
「さぁ、行くべ!」
「りょーかいにゃ!」
車のオーディオから、激しいドラムのビートと、それに乗って重いギターのリフが流れ出し、けたたましいシャウトが深夜の静寂を引き裂いた。志庵はギアを入れ、勢いよくアクセルを踏み込んだ。
「音楽変えていい?」
「だ〜め! こういう音がいいんだべ!」
「磨瀬木、お前明日飛ぶんだろう」
こじんまりとした飾り気のない部屋で、座り心地が良さそうなソファーにもたれながら、スキンヘッドで体格の良い、高級なスーツを着た、見るからそっち系のにいかつい男が言った。磨瀬木は黒いスーツに白いシャツ、ノーネクタイという出で立ちでスキンヘッドの男の前に立っていた。
「はい。こうなったらもうこの日本じゃお天道様仰いで生きていけませんからね。兄貴には、お世話になりました」
「こんなことは異例だからよ。お前の働きが良かったからだ。ボスに感謝しろよ」
「はい。最後に、兄貴にも礼させてください」
「おう、なんだよ?」
「もう悪い事するのにも疲れたでしょ? 楽にさせてあげますよ」
磨瀬木は、懐から出した黒い拳銃の銃口をスキンヘッドの額に当てた。
「おめぇ、それはアメリカンジョークか? もうニューヨーカー気取りかよ」
「冗談じゃありません。本気ですよ」
スキンヘッドは、下から鋭い眼球で磨瀬木を睨みつけた。
「やっぱ馬鹿だなぁおめぇ。こっから生きて出られると思うなよ?」
「思ってません」
空を割く鋭い音と共に、スキンヘッドの額に穴が開いた。無機質な灰色の壁に、鮮やかな赤い血液が飛び散る。
「ま、磨瀬木、なにやってんだお前」
銃声に気づき、部屋に入って来た黒服を、磨瀬木の銃が素早く撃ち抜いた。黒服は、扉を背にして倒れこむ。
「まぁ、単なる自己満だけど。俺の最期のケジメだ」
磨瀬木は拳銃を手にしたまま、部屋を飛び出した。
荘子達は、于醒義ファミリーのアジトから少し離れた公園の駐車場に車を止めた。そして、下水道に忍び込み、黒装束に着替えると、アジトの真下まで進んだ。
「荘子、黒マント似合ってるべ」
「ありがとうございます。でもそれは、喜んでいいのですか?」
「う〜ん、やっぱ辛気臭い黒よりピンクの方がいいよにゃあ」
「ピンクはマズいだろ、ピンクは」
「はい、あとマスク!」
それは、真っ白な顔に、ナイフで切りつけたような細く長い真っ黒な目、その目からは一筋の真っ赤な血の涙を流しており、額の部分にはいばらの冠の装飾が施してある。恐ろしくあり、また神秘的でもあるマスクだった。
「綺麗ですね。これは……」
「それは救世主のマスクだ! 荘子にぴったりだべ!」
「ありがとうございます」
荘子は救世主のマスクを被った。
「そのマスクは音声変換の他にも防毒など様々な機能が備わっている」
「なかなか便利にゃ」
「じゃぁ、行くべか。マキナ達がサポートすっから、荘子は目標だけを狙って進むべし!」
『分かりました』
「さーて、久しぶりに暴れるにゃ」
「今回は分かりやすくて良い。目的は磨瀬木拓一の殺害と、于醒義ファミリーの壊滅」
「つまり——」
大暴れ!
「それじゃー、いくべ!」




