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第14話



 冬の夕暮れは、早い。


 荘子は、薄暗くなった自分の部屋で、学校から帰ったままのセーラー服姿で机の前に座り、タブレット型PCの画面を眺めていた。タブレットの画面には、父のPCより拝借した極秘捜査資料が出力されている。その資料の中には、マキナ達が今回の目標として、そして、荘子がスカムズに加入する条件として提示した男性の顔写真があった。その写真の中の男性は、警察官の制服を着ている。


 彼の名は、磨瀬木拓一(ませぎたくと)。警察官でありながら、麻薬の密売、及び殺人罪で指名手配中の被疑者。そして、荘子がよく知る人物。



「磨瀬木お兄さん……」



 わたしは、この人を殺さなければならない——












「荘子は、エボルヴァーの事は知ってるのか?」



 マキナは、コタツの上でミカンの皮を剥きながら訪ねた。



「はい、武器本体と人体の神経を接続して使用する神経接続型兵器。ヒトの精神エネルギー(開発者の博士はそのエネルギーをheart strengthと名付けた)を使用する事によって、小型でありながら強力な破壊力を発揮する事が出来る。しかし、その威力や、人体に及ぼす影響を考慮し、一般には所持が許可されていない。」


「さすが。何でも知ってるにゃあ」



 志庵はコタツの上に顎を乗せてまったりしている。


「でも、なぜそんなものをあなた達が?」


「まぁまぁ、それは追々。つーことで、荘子にはこれをあげちゃう!」



 そう言って、マキナはコタツの下から何かを引っ張り出した。そして、それを机の上に置いた。それは、60センチほどの、白く細い棒状のものだった。右の端の方に丸いボタンのようなものがついている。反対側の端には、漢字で『三条』と細い筆で書いたような字体で掘られている。しかし、それ以外はこれといって特徴のない、ただの金属の棒に見える。



「これは?」


「リレーのバトンだ!」


「おとにゃのおもちゃ♡」


「ふざけるな。薙刀型のエボルヴァー『三条』だ」


「これが、エボルヴァー……」



 荘子は、コタツの上に置かれたエボルヴァーを仔細に観察した。エボルヴァーをこんなに間近で見られるのは初めてだった。父である剛も専用のエボルヴァーを持っているが、それを荘子に見せることはなかった。



「こいつを使いこなせるようにならねぇと、エボを持っているクリミ相手に渡り合うことは出来ねぇ」



 マキナは、コタツの上に置いてあるエボルヴァーを手に取った。



「とっても危ねぇ武器だ。ヘタしたら、命を落とすかもしれねぇ。それでも、使う覚悟はあるかい?」



 マキナは真面目な顔で荘子を見つめて言った。



「覚悟はあります。教えてください」



 荘子も、決意のこもった瞳でまっすぐマキナの瞳を見て言った。



「よす! じゃぁ、ここだと危ねぇから、下に行こか」


「下?」


「そう、下」



 そう言って、マキナはコタツのテーブルを指差した。










「まさか、コタツの下にこんな設備が隠されているなんて」



 コタツの下には畳によって塞がれた隠し扉があり、その扉を開けると、鉄の梯子が下に伸びている。梯子を降りると、学校の体育館ほどの広さの大きな空間があった。薄暗い、アスファルトに囲まれた無機質な空間だった。広々として、何も置かれていない。



「おう、ここなら好きなだけ訓練出来るぞ!」



 マキナは得意げな表情で、何故か広い空間の中央でクルクルと回っている。



「はい、これ持つにゃ」



 荘子は、志庵からエボルヴァー『三条』を受け取った。



「まずは、荘子の身体とエボを同期させるにゃ」


「同期」


「エボルヴァーを、身体の一部としてそれぞれ人間側の脳とエボルヴァー側のCPUに認識させる作業だ。まず最初に同期を行わないと、エボルヴァーを使うことは出来ない」



 なづきが説明する。志庵は、可愛らしい猫のイラストがあしらわれたキャリーバックから、L字型の金属を取り出した。志庵が使用する、重火器型のエボルヴァー『アサルターだ』。



「こんな感じにゃ」



 志庵はアサルターを握りながら、グリップのところについている丸いボタンを押した。丸いボタンが光り、エボルヴァー本体から静かな起動音が聞こえる。それに伴って、志庵の瞳が赤く光った。



「肝心なのは、心を平静に保つ事だ。エボルヴァーは『心』で操るもの。先の通り魔クリミのように、悪意に満ちた状態で使用すると、心のエネルギー『ハート・ストレングス』が悪の方に偏ってしまい、悪のエネルギーが爆発的に増殖し、結果、心が侵食され精神と身体に異常をきたす」


「めぇ〜っちゃ恐いものなんだべ」



 マキナが怯える表情を大げさに作って言った。



「まずはリラックスするにゃ。深呼吸して、心を落ち着かせて」



 荘子は精神統一が得意だった。すんなりと、意識の底に落ちていく事が出来る。



「そうそう、そのちょ〜し。じゃあ、それを握りながら、親指でそこの丸いボタンを押してみるにゃ」



 荘子は両手で棒状のエボルヴァーを握ると、上部についている丸いボタンを右手の親指で押した。すると、両手がエボルヴァーに吸い寄せられるように張り付いた感覚になり、次に身体全体に電流のようなものが走った。しかしすぐに身体は楽になり、エボルヴァーの丸いボタンがグリーンに点灯した。



「これで同期は完了。体調になにか異常はあるにゃ?」


「いえ、特には。もっと、激しい衝撃などが起こると思っていました」


「荘子のセンスが良いんだべ」


「よしよし、同期はすんなりいったみたいだにゃ。じゃ〜次は、薙刀を頭の中でイメージしてみて」



 薙刀……ナギナタ……長い柄の先に、刃がついた武器。室町時代までは主力の武器として使われていた。現代では武道としても薙刀術が残っており——うちの学校でも部活があったっけ。


 荘子は意識を集中させ、薙刀の姿をイメージした。後方に反った三日月のような美しい刃が、闇を切り裂くように荘子の頭に強烈なイメージとして浮かんだ。次の瞬間、棒状のエボルヴァーの上下両方からグリーンに発光するエネルギー体が出現した。上方から噴出したエネルギー体は刃の形に姿を変え、下方には細長い棒状のものが現れた。それは、荘子がイメージした通りの薙刀の形だった。



「おぉ、やっぱ荘子うめぇな!」


「上手く出来ていますか?」


「にゃにゃ、とってもいい感じ」


「エボルヴァーは使用者のハート・ストレングスでエネルギー量が変わり、想像力で制御される。先の通り魔クリミが最初にエボルヴァーを使った時、マンションを破壊してしまっただろう。あれは、イメージが出来ずに無闇矢鱈に使ったからだ」


「でも、初心者でもあのような破壊力を持ったエネルギー弾を放つ事が可能なのですか?」


「出来る。それがエボルヴァーの恐ろしいところなのだ。先程も話した通り、エボルヴァーは精神、いわゆる心の作用するところが大きい。奴は、救いようのないほどの悪意の塊のような人間だった。その悪意が、あの膨大なエネルギーを生み出したのだろう。しかし、あのような使い方をしていては、すぐに精神を侵食されてしまう。あのままエボルヴァーを使い続けていたら、やがては自我を失い、命が尽きるまで暴れまわる殺戮兵器になっていただろう」


「その危険性が、私たちにもあるのですね」


「怖くなったべか?」


「いえ。寧ろ、このような特殊な技術に触れる事が出来て感動しています」



 荘子は、ゆっくりとマキナの前に歩いていった。そして、エボルヴァーを持ったまま両手を差し出した。


「ご教示ください」


「おうおう、よろしい! じゃ〜ビシバシ行くべ!」



 志庵となづきが見守る中、マキナによる特訓が始まった。









 荘子は、うさぎのキャラクター『うさ助』がデザインされたピンク色のパジャマ姿で自室の机の前に座っていた。机の上には勉強用の参考書(こだわりの紙の本)があり、その上に白い棒状のエボルヴァー『三条』が置かれている。手で触れると、冷んやりと冷たい。


 誰にも見られてはいけないな……というか、こんなもの家に持って帰ってきたらマズいだろう。法律的にも、不法所持に当たる。


 荘子は、更にじっと机の上に置かれた三条を見つめる。


 さて、どこに隠そうか? とりあえず、荘子が自作で作った秘密道具(マキナ達がいうギアのようなもの)の中に紛れ込ませておこう。お母さんが見ても、ただのガラクタとしか思わないだろう。お父さんは、娘に嫌われるのが怖いから、わたしの部屋には絶対無断で入って来ない。あれだけの人物でも、自分の娘には弱いのだ。荘子はそれをよく理解し、利用していた。しかし、念には念を入れておかなくては——


 荘子はエボルヴァーを隠すと、ベッドの上に仰向けに倒れこんだ。こんなに疲れたのは、久しぶりだ。やはり、エボルヴァーを扱うのは普通に運動するのとは訳が違う。精神的にも疲弊する。しかし、とても充実していた。 その充実感は、学業や遊びでは決して得られないものだった。犯罪者のいない世界を創る——自身本来の成すべき目標に向かっているという、満足感。人生をかけても成し遂げたい、そんな生きがいのようなものが見つかった喜び。


 こんな気持ちは、いつぶりだろう。思い出せないくらいに久しい。もしかしたら、初めてのことかもしれない。しかし、その感情に安心して浸かっていられる訳ではなかった。その目標に向かって歩き出す前に、成し遂げなければならない事がある。


 荘子は仰向けになったまま、枕元に置いてあるスマホを手に取って、顔の真上にかざした。スマホの画面には、幼い荘子と一緒に写る磨瀬木の写真が表示されていた。


 果たして、わたしに出来るだろうか……


 いや、出来る。


 磨瀬木お兄さんは犯罪者なのだから、殺してしまうべき人間なのだ。それは絶対的な真実。


 大丈夫、わたしはやれる。




 そのまま目を閉じ、溶けるように眠りについた。




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