第15話
次の日。
荘子は学校が終わると、用事があるからと言って萌、千聖とは学校で別れ、家に帰らずにそのまま404地区——きさらぎ街にあるマキナ達の家に向かった。
「今回の目標は、磨瀬木拓一。警察官。警視庁に勤務していた、巡査だ」
コタツの上のモニターに映し出された画像を見ながら、なづきが言った。
「このクリミは、警察官でありながら、麻薬を流していた」
クリミ——マキナ達が、自分たちの目標となる犯罪者をさしていう言葉だ。磨瀬木お兄さんも醜悪な犯罪者の中の1人なのだ。
「そして、麻薬中毒者の男を殺害した」
そう、人を殺した。まぎれもない犯罪者なのである。
「3ヶ月前、犯罪が明るみになると、素早く身を消した。現在も警察が必死に捜索している。が、未だ足取りは掴めず」
その件については、荘子はよく知っていた。磨瀬木の居場所を知らないかと、担当の捜査員に聞かれた事もあった。磨瀬木は、荘子の父、白川剛が可愛がっていた人物なのである。組織の中では、地方公務員とキャリアという事で関わることはなかったが、プライベートでは随分と世話を焼いていた。荘子も、よく遊んでもらった記憶がある。とは言っても、最近は疎遠になっており、荘子がよく磨瀬木と会っていたのは、荘子が小学生の頃だった。
「っていうか、まだ生きてんのか?」
「分からない。少し探ってみたが、今回はあまり情報が出て来ない」
「誰かが匿っているんじゃにゃいの?」
「あぁ、その線も探ってみた。その可能性があるとしたら、磨瀬木が薬の密売で関わっていたと思われる組織、于醒義ファミリーだ」
「あの武闘派のところかー」
「組織がそこそこ大きく、確たる証拠もない。あそこはガードだけは固いからな。警察も、手出しが出来ないでいる」
「ギャングが関わってるとなると、こりゃ大仕事になる予感がするにゃ」
警察も到底追いつく事が出来ないスカムズの恐るべき調査能力。荘子にとってはとても興味深いものだった。
「警察の方でなにか動きがあれば、報告します」
父のPCを使えば、警察の捜査情報は一目瞭然だ。
「あぁ、そちらの方は荘子にお願いしよう。警察内部に協力者がいる線も捨てきれない」
「分かりました」
磨瀬木の居場所を探りながら、エボルヴァーの訓練を行う日が続いた。しかし、一向に消息は不明だった。スカムズの磨瀬木殺害予告が警察に届き、スカムズ対策室も躍起になって磨瀬木の行方を追っていたが、手がかりは全く掴めていなかった。剛も、荘子に気を使ってか、この件については荘子の意見を聞こうとはしなかった。
そんな中、今日も作戦会議という名のお菓子会がスカムズの家で開催されていた。
「このクリミは、恐ろしいほどに自らの存在を消している。まるで、もうこの世には存在していないかのように」
「それなら、やっぱ本当に死んでるんでねぇか?」
「いや、生きている」
「なんで分かるにゃ? 女の勘?」
「勘と言えば、勘になるかもしれない。荘子に見せてもらった、クリミの自宅の映像だ」
「磨瀬木の自宅の映像に、何が映っていたのですか?」
荘子が訪ねる。 なづきはモニターから視線を上げ、お菓子の籠に入っているポッキーを1本取って、口に咥えた。
「何かを成そうとする、決意」
何かを成そうとする……
「どーしてんな事分かんだべ! おめぇさんは超能力者か! キモ!!」
「いやん、みぃの心の中も読まれちゃうにゃ。こわ〜い」
「馬鹿を言うな、貴様らももっと物証から感情を読み取る技術を身につけるのだ」
3人は、また小競り合いを始めた。コタツの上に置いてあったミカンが宙を舞う。荘子は、じっとコタツの上のモニターを見つめていた。
……何かを成そうとする、決意。
「くらえ、たぬきさんアタック!」
その時、マキナが勢いよく投げた大きなたぬきの置物が、荘子の頭に直撃し、そのままスッポリと荘子の頭にハマった。
「あ……ぎゃはは、荘子がたぬきさんになったべ!」
暫く沈黙した後、頭はたぬき身体はセーラー服の妖怪たぬきJKと化した荘子はゆっくりとマキナに近づくと、脚を取って転倒させた。
「ぎゃあ!」
仰向けになり、脚を広げてあられもない姿になるマキナ。
「もう、荘子は強引なんだから♡」
すると、荘子はマキナの足を掴み、白いソックスを剥ぎ取った。そして、そのソックスにミカンを入れると、砲丸投げの要領でブンブンと振り回し始めた。
「な、なにするんだべ!?」
「あなた達には少々躾が必要なようですね」
マキナの目の前に、ミカンが入ったソックスを振り回す、セーラー服を着たたぬきが迫ってくる。
「や、やめろ! 食べ物を粗末にしちゃいけないんだぞ!」
「このミカンは後からマキナが美味しくいただきます」
「マキナはそんなミカン食わね——あいたたたた」
ソックスミカンに痛ぶられるマキナを、志庵となづきは部屋の隅で眺めていた。
「志庵……なづき……助け……」
「うぅ、マキナがミカン汁でベトベトにゃ」
「信じられるか? あの後、あのミカンを食わされるのだぞ」
「助けろ〜この薄情者……ぐはっ!」
妖怪たぬきJKは、無言でマキナをいたぶる。辺りに、返り血ならぬ返りミカン汁が凄惨に飛び散る。
「……荘子がスカムズに入ったらもう最強だにゃ」
「あぁ」
磨瀬木拓一を殺せたらな。
荘子は、白と黒の道着を身に纏い、広い道場の中央に正座して、瞑想していた。静寂の海の中に、荘子の意識は浮かんでいる。しかし、どれだけ静寂の中に沈もうとも、無の領域に到達する事は出来なかった。静寂の海を波立たせているのは、水面に浮かんでは消える、磨瀬木拓一の姿である。
そんな煩悩と格闘する荘子のもとに、荘子と同じ道着を身につけた、なぎなた部の女子2人が近寄って来た。
「白川さん、1日でここまで出来るなんて、凄いわよ」
荘子はゆっくりと瞼を開く。
「いえ、武道の基本は幼い頃から修練し、身につけていたので。しかし、薙刀術に関してはまだまだです。これからも、ご教示よろしくお願いします」
荘子はゆっくりと礼をした。薙刀タイプのエボルヴァー『三条』をマスターする為に、奈護屋高校のなぎなた部を訪れていたのだ。
「そんなことないって! 初めてで2年生をやっつけちゃうんだもん。才能としか言えないよ」
「そうそう、白川さんなら時期エース間違いなしだよ! 是非うちのなぎなた部に——」
荘子はすっと立ち上がった。
「わたしは用事がありますので、これで失礼します。ありがとうございました」
そう言ってまた一礼し、すたすたと道場を出て行ってしまった。部員の女子達は、あっけにとられて荘子の凛々しい後ろ姿を眺めていた。
「部長、絶対白川さんをうちに入れましょう!」
「そうね、あの子が居れば全国制覇間違いなしよ!」
部長と1年生のなぎなた部員はお互いにガッツポーズをし、荘子をなぎなた部に加入させるべく決意の雄叫びを上げた。
荘子は、学校を出ると電車に乗り、奈護屋駅で降りると、普段使わない路線の電車に乗り換えた。2人がけのシートが、左右に並んでいる車両内、人の姿はまばらだ。荘子は窓際に腰かけ、ずっと車窓から外の景色を眺めていた。
しかし、荘子が眺めているのは外を流れるビルや家々が立ち並ぶ景色ではなく、車窓のガラスに投影した、記憶の中にある情景だった。
6年前、荘子の父、剛が所轄の署長に赴任した時の事である。キャリアでありながら現場主義だった剛はよく現場の様子を伺いに行っていたのだが、ある日、刑事課で当時18歳だった磨瀬木と出会った。磨瀬木はギャングに属しており、悪の世界にどっぷり浸かっていた。剛は、磨瀬木に何か感じるものがあったのであろう、熱心に世話を焼き、ギャングから足を洗うように説得した。磨瀬木も、根が真面目な人間であった為、徐々に改心し、悪の関係を断ち、真面目に働くようになった。剛は、身寄りのない磨瀬木を自分の子供のように可愛がり、自宅に招いたりした。荘子が磨瀬木と出会ったのは、その時だった。
小学生にしては難しい本を読んだり勉強ばかりしている荘子に、たまには気を緩めるのも大事だぞと言って、漫画本やおもちゃを買ってくれたりした。磨瀬木がプレゼントしてくれた漫画本はほとんどがヤンキー漫画で、その漫画を読んで荘子は喧嘩の仕方を学んだ。荘子が恋愛よりも武道や格闘術に興味が向くのは、磨瀬木のせいでもあるのかもしれない。他にも、一緒にアニメを見たり、ドライブに連れて行ってくれたりもした。荘子もそれらを心から楽しんでいたし、磨瀬木を本当の兄のように慕っていた。
しかし、荘子が受験勉強で忙しくなり、磨瀬木も剛の影響で警察官になり仕事が多忙になると、徐々に疎遠になっていった。そんな中、事件は起きた。
剛は自ら磨瀬木の行方を追おうとしたが、上層部がそれを許さなかった。剛のキャリアに傷が付くのを避ける為だ。剛をスカムズ対策室室長に就任させたのも、磨瀬木の事件から遠ざける目的もあったのではないかと荘子は考えている。
磨瀬木お兄さんと最後に会ったのは、いつだっけ……




