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第13話




 スカムズの立場から考えて、ここで殺さなかったらいつ殺すのだろう? いや、ただ殺すだけでは済まないかもしれない。拷問し、わたしが持っている情報を吐かせる。そして始末する。わたしを生かしておいて利用する、という選択肢はないだろう。完全犯罪を目論む者にとって、何らかの事情を知ってしまった部外者などは不安因子以外の何物でもない。しかし、それでも——



「お茶、嫌いだったべ?」



 マキナが、申し訳なさそうな表情で言った。


 彼女達は、罪のない人間には手を下したりしない。それは、今までのデータから見て絶対的な事実。あるいは、わたしがそう信じたかっただけなのかもしれない。


 荘子は、湯のみを両手で包み込むように持ち、ゆっくりと口に運び、中の液体を口に流し込んだ。上品な甘みが口に広がり、心地よい熱が喉をさらっと通り抜ける。3人は、変わらず荘子を見つめている。



「美味しいです」



 荘子のその言葉を聞き、3人は笑顔になった。



「よかったぁ! 優等生ちゃんを家に呼ぼうって決めた時、3人でお茶の入れ方勉強したんだべ」


「え?」



 荘子は少し困惑した。思ってもみない言葉だったからだ。



「うちにお客さんが来るの、初めてだからにゃあ。ちょっと気合い入っちゃって」



 志庵は少し照れながらはにかんで言った。



「普段は虫1匹侵入を許さない我が家だからな」



 なづきは、またいつもの無表情に戻っている。


 まさか、スカムズが、何の思惑もなく、ただの客人として、わたしを家に招いたというのか? 仲良くなったばかりの友達を初めて家に誘うみたいに。


 わからない……



「あなたたちの——」



 荘子は、その場に立ち上がった。



「あなたたちの、目的はなに?」


「目的?」


「わたしが、スカムズ対策室室長の娘で、わたし自身も捜査員として加わっている事を知っているのでしょう?」


「あぁ、調べた」


「それなら何故、わたしをあなた達の家なんかに連れてきたの? 捕まえてくれって、言ってるようなものじゃない。スカムズは、絶対にそんなことはしない」


「それは……」



 マキナは一瞬哀しそうな表情をし、その後すぐにまた笑顔になった。



「優等生ちゃんになら、捕まってもいいと思っちゃったんだ」


「え?」


「それにさ」



 マキナは、右手を頭の後ろに回して言った。



「純粋に、話しがしたかったんだ」


「話し……?」


「にゃ〜んか、気が合いそうな感じがしたんだよね」


「ゲームも強そうだしな」


「ほら、マキナ達こんなことしてるから友達もいねぇし、普通の女の子みてぇな事したことなんてねぇし。家に友達を呼んだことなんて1度もなかったんだよ。まぁ、犯罪者であるマキナから友達なんて思われたら優等生ちゃんは迷惑かもしんねぇけど、偶然でも毎朝同じ電車に乗り合わせたよしみってことで、大目に見てよ。今日だけ、な」


「みぃ達は優等生ちゃんを殺したりしないし、逃げも隠れもしないから安心して。さ、お菓子食べよ」



 志庵は、戸棚の中からお菓子が山盛りに入った籠を取り出してきた。その籠をコタツの上にどさっと置くと、ビニールの袋に入った煎餅が1つ、籠の中から転げ落ちた。荘子以外の3人はお菓子に手を伸ばした。荘子は座布団の上にパタンと正座した。



「ほれ、食べるべ、チョココ」



 マキナが、荘子にチョコのお菓子を差し出した。荘子はそれを受け取ると、袋を開け、中のお菓子を口に運んだ。サクッとした心地よい食感と、チョコの甘みが舌の上でとろける。



「ありがとう。でもチョコの食べ過ぎはよくありませんよ」


「えー、ちょっとくらいいいべ」


「だめだめ、太っちゃうにゃ。やっぱりあたりめがサイコー」


「おっさんか。やはり日本茶には和菓子だろう」



 荘子はお菓子を咀嚼し、飲み込むと、両手を膝の上に置いた。そして目を瞑り、一息ついたと思うと、しっかりと目を見開き、コタツの上に両手をついて身を乗り出した。



「わたしを、SCUMSに入れてください!」



 その唐突な発言を聞いた瞬間、マキナはチョコをのどに詰まらせ、志庵は口の端からゲソをビロビロと這わせたままアホ面で静止し、青髪の娘は口から思いっきり緑茶を吹き出した。



「はぁぁぁあ!?」



 声を合わせて叫んだまま、時が止まる魔法をかけたように、3人はピタッと静止している。



「わたしは、この日本の司法制度に疑問を感じて生きてきました。どんな重大な犯罪を犯しても、犯罪者は一定期間刑務所に収監されるだけで、また何事もなかったように大手を振って外を歩けるようになります。しかも、人権保護という名目の下、犯罪者のプライバシー保護は被害者のそれよりも手厚いものです。わたしは、このおかしな制度をどうにか変えたいと思っていた。法という、力のある者が作った、理不尽な決め事。わたしはそれを——」



 荘子は両手の拳を強く握った。



「いや、理屈や綺麗事を言うのはやめます。素直に気持ちを告白してしまいましょう。犯罪者など、殺してしまった方が良い思っています。他者の人権を犯した者の人権など、守る必要はありません。犯罪者に弁護などいらないし、罪を償わせる必要すらない。犯罪者は、全員即、死刑。もちろん、そうする為には、絶対に冤罪はあってはならないし、犯罪者を特定出来る確実的なシステムが必要で……」



 荘子が何やら専門的な用語を持ち出して理想とする司法制度、検察や警察の在り方、犯罪捜査の技術革新の必要性等について語り始めた辺りでマキナは、表情には出さなかったが、脳みそがショートして煙を吹き、魂が身体から抜けかかっているのを感じていた。



「……そんな、犯罪のない、善良な人々が本当に心から安心して生活できる世界。その理想郷のような世界を創る事を、密かに、ずっと夢見てきました。しかし、わたしの思想は、今のこの偏ったエセヒューマニズム(あるいはその考えを支持する、力を持った者達)に支配されている日本では、誰にも理解されないだろうと思っていました。そんな時に現れたのが、あなた達、スカムズ。最初は、単純に父の仕事を手伝うつもりで、あなた達の事を調べていた。しかし、あなた達の事を知れば知るほど、徐々に惹かれていった。警察を出し抜く聡明な頭脳。確実に目標を仕留める実行力。そして、一般人には危害を加えず、犯罪者は決して許さないという、絶対的で確固たる思想。わたしは、ある意味では、救われたような気さえしたのです。スカムズなら、あるいはわたしのこのやりどころのない気持ちを理解してくれると。そして、あなた達となら、わたしが理想とする犯罪のない世界を創るのも可能であると」



 荘子の告白を真剣な眼差しで聞いていたマキナは(半分魂が抜けかかっていたが)、荘子が話し終わると再び姿勢を崩して楽な態勢になった。



「マキナ達は、そんな立派な思想を持ち合わせてねぇべ。マキナ達が犯罪者を殺すのは、お金、生活していく為。マキナ達は、犯罪者を殺して稼ぐSCUM(クズ)


「生活の為?」


「そうそう。みぃ達は3人だけで生活してるから、生活費も自分たちで稼がないといけないのにゃ。そうしないと、生きていけなかった」


「こっちの世界では、犯罪者に懸賞金がかけられるケースが少なくない。先ほど言っていたように、犯罪者に優しい世の中だからな。それを良く思っていない人間も沢山いる。今回の通り魔犯の件は、 クライアントから依頼を受けた。クリミ(犯罪者)を殺害する見返りに報酬を受け取るという方式だ。どうやら、被害者の中にどこかの有力者の身内がいたようだ。裏でこの日本を牛耳っている心愛命の集いが人権保護を唱えているからな、犯罪者に罰を、などと大声では言えないのだ。だから、復讐を果たしたい有力者達は我々のような者達を利用する。報酬は、悪くなかった」


「そのようなことが行われているなんて……。刑期を終えて釈放された犯罪者の失踪率が高いのは、そういう事だったんですね」


「マキナ達のことは捕まえていいけど、こっちの世界の事は内緒にしてて欲しいな。結果、それで救われてる人達がいるんだ」


「やはり、あなた達は被害者を救う為に犯罪者を……」


「それは違うべ」



 マキナが遮った。



「マキナ達は慈善事業でやってる訳じゃないんだから。あくまでも、お金の為」



 そう言って、親指と人差し指の先を合わせて丸の形を作り、手の平を上にして見せた。お金を表すサインだ。



「それならば」



 荘子はコタツの上に身を乗り出した。



「わたしは自らの目的の為にあなた達を利用する。あなた達はわたしの持っている情報と能力を利用して仕事をやり易くする。お互い目的は違うけど、互いに利用し合う訳です」



 荘子は右手の人差し指を立てて、マキナが親指と人差し指で作った輪の中に人差し指を入れた。



「優等生ちゃんって絶対ガンコなタイプだよなぁ」



 マキナは両手を後ろに放り投げた。



「きっと一度言い出したら聞かないにゃ」



 志庵は流し目でニヤリとしながら言った。



「でもよ、どんな救いようのない犯罪者だって、人間。マキナ達の仕事は、その人間を殺害する事。人殺しなんだよ。人を殺す覚悟があるのかい?」


「あります」



 荘子は即答した。



「覚悟は出来ています。だから、命をかけてここに来たんです」



 そう、このスカムズのアジトに。



 荘子の黒い瞳は、揺るぎのない決意の灯を湛えていた。



 理想の世界を創る為なら——



 荘子の脳裏に、悲惨な事件の映像が次々と巡っては消える。



 ——この命、捧げても構わない。




「警察官のパパさん泣いちゃうにゃ」


「父は父、わたしはわたしです。確かにわたしは保護下に置かれている未成年の、子供です。しかし、それは法律という、力を持った先人が勝手に定めた決め事であり、そのようなものに縛られていては、世界は変えられません。例え年齢的に成人した大人でも、不適合者は沢山います。例えば、犯罪者のような。わたしは年齢的には子供ですが、確固とした思考能力と行動力を持ち合わせています。くだらない大人よりもしっかりした人間だと自負しています」


「一歩こちらの世界に足を踏み入れれば、もう元の世界には戻れぬぞ。あとに残るのは、修羅の道だけだ」


「寝覚めの良い日なんて、もうやってこないにゃ」



 荘子の頭の中に、父と母、友人などたくさんの大切な人々の笑顔が浮かんできた。しかし、すぐさまその光景を打ち消した。パソコンの電源を引っこ抜くみたいに、無理やり。



「わたしは、毎晩眠る時、父が内緒で読ませてくれた事件の調書に記されている被害者の事が頭に浮かんでくるのです。被害者の気持ちを考えると、眠れなくなるのです。安心して寝れる時などないし、心地よい寝覚めなどありません。これは、わたしが生まれ持った使命だと考えています」



 3人は、何かを確かめるように顔を見合わせ、そして再び荘子の顔を見た。



「マキナ、本名は飛騨マキナ。スカムズの中では先頭を切って戦う美しき美少女バトラー!」


「みぃは蛭ヶ野志庵。エボルヴァーとかの武器やギアを扱う美人技術者にゃ。得意な科目は、狙撃♡」


「余は、高山なづき。作戦立案、バックアップ、コンピュータやシステム的なものを担当している。」



 3人は、何故かそれぞれ思い思いのポーズをとって自己紹介をした。



「わたしは、白川荘子。奈護屋都立羅刹高等学校に通う1年生です」


「なんか、荘子のだけ普通だなー!」



 マキナは、満足そうに微笑んだ。



「じゃ、その覚悟、見せてもらおうかにゃ」


「昨日、新しく入った依頼」



 なづきが、ポータブルゲーム機の画面を荘子の方に向けて見せた。 そこには、男性の顔写真が映っていた。



「こいつを殺せたら、SCUMSの仲間入り」



 液晶画面には、真面目な表情をして前を向く男性の顔があった。荘子はその顔写真を見て、硬直し、血が引いていく感覚を覚えた。



 これって……



 磨瀬木お兄さん……?




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