第12話
電気街は、入り口周辺は比較的広いスペースになっており、ワゴンセールなども行われ、一般人も多い。一見すると、普通の電気店の店内だ。しかし、段々と通路は狭くなり、やがて人がやっとすれ違えるほどの幅になる。
細い通路の左右にケーブルやプラグなどの細かい部品が整然と並べてあると思えば、大型のスピーカーが城壁のように置かれていたりと、通路か店舗なのか、はたまた在庫置き場なのか判然としない状態となる。
奥に進むにつれて、売られている商品も、専門的な、マニアックなものに変わっていく。お客さんの姿もまばらになる。キャップを被ったおじさんが、細かい部品を手にとって何やらブツブツ独り言を言っているくらいだ。
「優等生ちゃんはこんなところ来ないよなぁ?」
「いえ、よく来ます」
「ホントか⁉︎ こんな、本職の電気屋さんかマニアックな怪しいおっさんしか来ないような所に⁉︎」
マニアックな怪しいおっさんという言葉に、近くにいたキャップのおじさんはショックを受け、手に持っていた部品を落とし、無駄に広い肩もガクッと落とした。しかしそんな事には気づきもしないで4人の女子はスタスタと奥へと進んでいく。
「あの機械はとても興味深いのだが、自前か?」
なづきが尋ねた。荘子が持つ自家製のスタンガンや粘着ガンの事を指して言ったのだ。スカムズに自分の秘密兵器の事を話してよいものか考えたが、詳細を語らなければ問題ないだろう。
「はい、ここでパーツを買い集めて作りました。ここだと色々揃いますし、リーズナブルですし」
「みぃもだよ! 学校の帰りにここで買って帰るんだにゃ」
「そのせいでマキナ達はだい〜ぶ待たされるけどな」
「志庵は、まるで服を選ぶ女子のように、電子部品を吟味する」
「だって色々気になるのがあって悩んじゃうんだにゃ」
このギャルのような容姿の娘が電子部品を見定める姿は、どう考えても想像し難いものだった。そこから暫く進んでも、たまにフィギュアショップなど別ジャンルの店舗を挟んだりするが、電気店は途切れる事なく続いている。無数の基盤が無造作に壁に吊るされ、電子部品のジャングルのようになっているお店もある。その電子部品のジャングルの隙間に、店主と思われる眼鏡をかけた瘦せ型の年配の男性が、営業する気があるのかないのか分からないようなアンニュイな雰囲気で椅子に腰かけている。
荘子達が前を通っても、まるで気づいていないように視線すら動かすことはなかった。普段からこの電気街を利用する荘子だが、この先へは進んだ事がなかった。
電子部品に囲まれた細い通路は、右に曲がり左に曲がり、左右で分岐し、階段で上の階に上がったと思ったら、地下に潜ったりした。そんな迷路のような通路を、マキナ達はシャープ・ペンシルの芯の先ほどの迷いもなくスラスラと通り抜けていった。
途中、青いドアと赤いドアが揃って並ぶトイレがあり、荘子が前を通りかかった時に赤いドアの方から真っ赤なドレスを身にまとった背の高いすらっとした女性が出てきた。つばの広い真っ赤な帽子を被っているので、その顔は伺いしれない。色あせた赤いドアと対照的な真っ赤なドレスが、とても印象に残った。
トイレを過ぎた辺りから、電子部品の姿は見られなくなり、塗装の剥がれた壁や、むき出しのパイプ、切れかかった電灯と、まるで廃墟のような状態になる。人の姿は完全になく、マキナ達が喋る声と足音だけが妙に大きく通路に響いて聞こえる。
そんな通路を暫く歩いていくと、突き当たりにガラスの扉が道を塞いでいるのが見える。 扉の隙間からだろうか、冷気が吹き込んでくる。先頭を歩くマキナは、ガラスの扉に取り付けてあるお盆のような丸い形をした大きい取手を押し、ガラス扉を開く。扉の向こうは、外だった。
そこは、まるで電気街を通り抜ける間に異世界に迷い込んでしまったみたいに、全く景色が異なる場所だった。まさしく、廃墟の街だ。店舗やビル、マンション、街灯、公園、視界に入る全てが荒れ果てている。
先程までの賑やかな街並みが嘘のように、しんと静まりまえり、まるで正気がない。
周りは、灰色の高層ビルの壁に四方を囲まれ、四角い空がとても遠くに見える。まるで、外敵から守る為に高い壁を築いた要塞のようだ。いや、事実そうなのかもしれない。
人の気配は、する。こちらを見ている。だが、その姿は全く見ることが出来ない。まるで、幽霊に見られているようだ。やはり罠だったか、と荘子は思った。ここは、とても人が住めるような場所ではない。若い女性が3人で暮らすなど、もってのほかだ。
「こっちこっち」と言って、マキナが先頭を行き、手を振る。それに続いて、荘子は足元に瓦礫が散らばる路地を進んで行く。
路地の右手には、1階部分が店舗になっているタイプのアパートがあり、その店舗の中の1つに、うちぶれた暖簾と、何が書かれてあるのか分からない看板がかかっているお店が見える。四角い磨りガラスがついたアルミの扉は傾いており、その隙間から真っ黒な闇が覗いている。飲食店か何かの廃墟だろうか。
「そこはお勧めのラーメン屋だ。美味いぞ」
なづきが、後ろからボソっと言った。
「営業しているんですか?」
荘子は再度、店舗の中を覗いてみた。しかし、やっぱり廃墟にしか見えない。
「あぁ、しっかり営業している。ここの街のお店は、下界みたいに宣伝する必要がないからな。派手な装飾もないし、回転ランプもない」
「一見さんお断りのお店みたいですね」
「そんな立派な店じゃねぇべ」
そう言ってマキナはケタケタと笑った。本当に、異世界に来てしまったみたいだ。
大きなコンクリートの壁に囲まれた小さな区間の中で、高層ビルがあり、巨大な団地があり、商店があり、家がある。子供が遊ぶような、小さな公園もある。1つの、立派な街だ。それがみな、うちぶれた廃墟と化している。大都会の一角に、こんな軍艦島のような世界が存在しているなんて。
マキナは荘子の好きなラーメンの具について質問しながら、灰色の路地を慣れた足取りで進んで行った。暫く歩いていくと、日本旅館のような建物が現れた。緑色の瓦の屋根が特徴的な、二階建てのこじんまりとした純和風の旅館だ。しかし、白い壁は灰色にくすみ、小さな緑色の屋根がついた小ぶりな門扉は触れれば落ちてしまいそうに頼りなさげにぶらぶらと揺れている。
「ここは?」
「マキナ達の家だ!」
「ここが?」
荘子は沈黙したまま、古ぼけた旅館を見上げた。まさか、本当に、この見まごうことなき廃墟に、3人の女子が住んでいるというのだろうか。
「マキナ達の家だ!」
マキナは右手を大きく広げて言った。
「わたしには、旅館の廃墟のように見えますが。とても人が住める場所とは思えません」
荘子は素直に見たそのままの感想を述べた。
「もう! ヒトの家を廃墟だなんて失礼だべ? さぁ、入った入ったぁ!」
そう言って、マキナは荘子の背中を押した。
「ちょっと……」
マキナに押されるまま、小さいが趣のある門をくぐった。その後に、志庵となづきも続く。
門と玄関までの間には、小さな庭があった。松が植えてあり、灯篭が建てられ、橋のかかった池もある。その子供用の簡易プールほどの大きさの池には、立派な鯉も泳いでいる。
「ルカちゃんだ」マキナが言った。
「ルカちゃん?」荘子はマキナの顔を見て尋ねた。
「鯉の名前にゃ」志庵が言った。
荘子は再び池の方を見た。紅白模様の錦鯉が、パクパクと口を開けている。何故か、微笑ましく思える光景だった。
「可愛いですね」
「だろう!? マキナのルカちゃん」
マキナは口をパクパクさせて鯉の真似をした。
「世話をしているのは余だがな」
「マキナもしてるし!」
「たまには、だろう?」
「うーん、たまには!」
庭は、一見すると廃墟のように見えるが、しっかりと細部を観察すると、必要な所はしっかりと手入れされている。廃墟に見せるためのカモフラージュだろうか。
「お庭の手入れもされてるんですか?」
「あぁ」なづきが答える。
「あの2人はやらないからな、大体余がやってる」
「だって草むしりとかするとネイル剥がれちゃうし」
そう言って、志庵は真っ赤なネイルを点検した。細くて綺麗な指だ。官能的でさえある。しかし、荘子は気がついた。彼女の手は、技術者のそれだ。しっかり手入れをし綺麗にしているが、その手に刻まれた勲章のようなものは隠しきれるものではない。
荘子は志庵の細い指を見て考えた。
この猫耳の娘が装備などの技術担当だろうか。そうなると青髪の娘が作戦参謀、そしてマキナという娘がメインの実行部隊。SCUMSの役割は、大方こんなところだろうか。
「そんなに見られると緊張感ちゃうにゃ」
そう言って、志庵は荘子の唇を白い指でそっと撫でた。
「さぁさぁ、イチャコラしてないで中にはいるにゃ。さみぃさみぃ」
マキナはそう言いながら荘子の腕を引っ張った。
「いやん、荘子ちゃんはみぃの獲物だにゃ」
志庵が反対の腕を掴んで荘子を引っ張る。
「ちょっと、離してください」
「いやだー! あったかいもん!」
荘子は2人に引っ張られ、捕獲された宇宙人のように、屋内に連れて行かれた。
一体、家の中では何をされるのか。わかったものじゃないな……
玄関の、木製の引き戸を左右にずらすと土間があり、その奥には侵入者を威嚇するようにこちらを睨む大きな虎……ではなく可愛らしい猫が描かれた屏風が置かれている。廃墟のような外観とは違い、内部は綺麗にされている。奥からすぐに旅館の女将さんが出てきてもおかしくない雰囲気だ。
「さぁ、上がった上がった!」
荘子は靴を脱ぎ式台に上がると、膝を曲げ腰を落として脱いだ靴を揃えた。マキナと志庵はそのまま脱ぎ散らかしたままで、なづきは荘子と同じように靴を揃えた。
「狭いトコだけどごめんにゃあ」
荘子は、玄関を入ってすぐの居間に通された。そこは畳敷で8畳の広さがある四角い部屋で、部屋の真ん中には四角いコタツが置かれていた。そのコタツの上には、網の籠に入ったミカンが置かれていた。
これは著しく——
地味だ……
本当に、ここがあの凶悪犯罪者スカムズのアジトなのだろうか? というか、あんな派手な女子高生3人が住んでいる家だとも思えない。
まさか、これもカモフラージュ?
わたしを始末する為の罠?
「さぁ、突っ立ってないで座った座ったぁ!」
マキナに促されコタツの側に座ろうとすると、なづきが座布団を素早く差し出した。
「使って」
無表情で言う青髪の少女。
「ありがとうございます」
荘子が礼を言うと、 何事もなかったようにまたポータブルゲーム機に視線を移した。志庵は、黒のソックスを皮を剥ぐように脱ぎ捨てると、長い脚をコタツの中に勢いよく突っ込んだ。
「最近寒くなってきたからねぇ、コタツあったかいにゃ」
そう言うと、ズブズブとコタツの中に潜っていった。
「きゃあ」
突然、荘子は叫び声を上げた。何かが、太もものあたりを、撫でる感触があった。驚いてコタツ布団を捲ると、荘子の太ももの上に志庵の顔があった。恍惚とした表情で、すりすりと頬ずりをしている。
「やっぱ女子高生の太ももは至高だにゃあ」
そう言って、荘子の太ももをペロっと舐めた。
「あっ……」
たまらず、甘い声を出す荘子。しかし次の瞬間、その可愛らしい顔は地獄の炎も凍るような冷たい表情に変わった。
「……って、やめてください」
「にゃ、にゃにゃにゃ!」
荘子は、志庵の両手を掴んでコタツから引っ張り出すと、コタツを挟んで向こう側に投げ飛ばした。志庵は、ちょうどコタツの真上の空中で身体をくるっと回転させ、綺麗な弧を描きながら座布団の上に鮮やかに着地した。
「流石だにゃ、か弱そうに見えてそのパワー」
「あなたこそ、その身のこなしは見事としか言いようがありません」
「ますますそそられるにゃ」
志庵は、荘子を見ながら舌なめずりをした。
「コラコラコラ〜、優等生ちゃんはマキナの獲物って言ってるべ。ちょっかい出しちゃダメ! はい、お茶!」
マキナはお盆に載せた4つの色違いの湯のみをそれぞれの前に配った。荘子の目の前にも、明るい緑色の湯のみが置かれた。コタツの上に置かれた湯のみを、荘子は見つめた。
毒が含まれている可能性がある——
赤、青、黄、緑のそれぞれ色分けされた湯のみ。毒を入れた湯のみを判別しやすくする為かもしれない。それに、人が多い大須の商店街よりも、ここなら誰にも見られる心配はないし、後処理もしやすい。始末するには絶好のロケーションだ。
荘子が湯のみから視線を上げると、3人はじっと荘子の顔を見つめていた。
再び、湯のみに視線を落とす荘子。
どうする……




