第11話
大須は、古くからある商店街だが、年配の方が利用する昔ながらの商店があると思えば、その隣りに若者向けの新しい雑貨店や洋服店があったり、はたまた巨大な電気専門店があると思えばメイドさんが歩いていたり、グルメも盛んで、やたら唐揚げ店が多く、大きなまねきねこのオブジェの前ではアイドルが歌って踊る——様々な価値観が渾然一体となった、一風変わった趣のある(カオスな)商店街で、様々なジャンルの幅広い年齢層の人々が訪れる、観光地としても有名な場所だった。
だから、人は多い。休日にでもなると、ある程度埋まったライブハウスくらい人で溢れる。暗殺するには、もってこいの場所だ。アーケードの下、左右に並ぶ飲食店や洋服店。すれ違う、荘子と同じように制服を着た学生や、観光に来たと思われる外国人の人々。小型犬を抱いたおばちゃん。皆、怪しく見える。荘子は警戒しながら歩いた。独特な雰囲気がある大須が好きだったが、こんな気分で大須を歩くのは初めてだ。
不意に、腰辺りに、何か固い物が突き付けられた。
「動くな」
それは、若い女性の声だった。聞き覚えのある声だ。
この声は――あの青髪の娘。
「動くと、この固いモノでグリグリしちゃうにゃ」
そう言って、後ろから荘子の首に腕を回して抱き着いて来たのは、志庵だった。香水をつけているだろうか、良い香りがした。
「う~ん、優等生ちゃん良いにおいするにゃあ」
そう言いながら志庵は荘子の首筋にキスをするようにクンクンとにおいを嗅いだ。首筋がくすぐったいような、ヘンな感じがする。しかし荘子は微動だにしなかった。彼女達は、凶悪犯罪者なのだ。
「来てくれたんか!」
目の前に飛び出して来たのは、エメラルドグリーンの瞳を輝かせてキラキラと満開の笑顔を見せる、金髪ロングの娘、マキナだった。可愛らしい、素敵な笑顔だ。しかし、荘子の表情は緊張したままだった。
この状況は、非常にマズい。完全に、動きを封じられている。
この状況を客観的に見て、荘子が危機的状況にあると判断できる者はいないだろう。ただ、仲の良い女子高生達がじゃれているだけに見える。マキナは、後ろに隠してた左手をそっと差し出した。その左手に持っていたものは――
「食べるか?」
つまようじに刺さった、唐揚げだった。
荘子は、唐揚げを頬張りながらマキナ達の後に着いて大須の商店街を歩いていた。
「どうだ、美味しいだろ?」
マキナは、振り向いて二カっと笑った。
「美味しいです」
荘子は、口もモグモグさせながらちょっと困った表情で言った。
はぁ……、彼女達がわたしを本気で殺そうとしていたら、大須に入ってから今までで一体何回殺されていただろう。
「そうだべ? マキナオススメのから揚げだからな!」
そう言って、マキナはクルクルと身体を回転させた。金色の髪とチェックのスカートがひらひらと揺れる。スカートが短い為、ちらちらと真っ白な下着が見えてしまう。
「マキナはから揚げ食べ過ぎだにゃ」
「唐揚げはカロリーが高い。太るぞ」
「うるせぇ! マキナは生きているうちに好きなものを好きなだけ食べるんだ! それがマキナの人生の目的の1つだからな」
マキナは足を開き、両手を腰に置いて得意気にそう宣言した。
「豚ちゃん待ったなしにゃ」
「生活習慣病はツラいぞ」
「マキナは運動もしてるからダイジョウブ!」
3人は何やら小競り合いを始めた。一体、彼女達は何が目的なのだろう。まさか、本当に大須を楽しみに来た訳ではあるまい。
そして、わたしは何故、彼女達と一緒にここにいるのだろう。わたしは、知っている。彼女達が、数々の犯罪者を殺害してきたスカムズであるという事を。勿論、全ての案件を立証した訳ではないが、彼女達が関与している事は間違いはないであろう。彼女達は、凶悪犯罪者であり、わたしは、警察官の娘。そして、捜査にも関わっている者。考えていると、頭が熱っぽくなった。
荘子は、ふぅ、と息を吐いた。
「サラダチキンにしましょう。低カロリーで、ヘルシーです」
不意に出た荘子の発言に、3人は小競り合いを休止して荘子を見た。しかし、それは一瞬の事だった。
「それじゃ意味ねぇべ! から揚げとサラダチキンは全くの別もんだ」
「鶏肉に変わりはにゃいね」
「これを見ろ、から揚げとサラダチキンの比較だ」
なづきはポータブルゲーム機の画面をマキナに突き付けた。なにやら、から揚げとサラダチキンについての細かいデータが記され、カロリーなどの比較が明確に表示されている。
「から揚げの美味さは理屈じゃねぇ! なんだよ、おめぇら3人寄ってたかってマキナをいじめて……もう知らねぇ!」
マキナはそう叫ぶと、泣きながら走って人込みの中に姿を消した。荘子は、あっけにとられたまま、マキナの後ろ姿を見送っていた。
「どうしましょう……」
「問題ない、ほかっておけ」
「いつものことにゃ」
もう……。
わたしは一体、どうしたらいいの?
「ありがとう、優等生ちゃん」
マキナは、嬉しそうに串に刺さったから揚げを口に運ぶ。荘子が、から揚げを買ってマキナをなだめたのだ。4人は、から揚げ屋の前のベンチに座り、から揚げを分け合って食べた。口の中に、ジューシーな肉のうま味が広がる。
「やっぱから揚げがイチバンだべ」
マキナは、満足そうに笑った。
「まぁ、美味しいけどにゃあ。甘いもの食べたいにゃ、スイーツ」
「余はラーメンが食べたい」
「ラーメンラーメンって、なづきも人の事言えねぇべ」
「余はそんなに頻繁には食べていない。今日の晩御飯はラーメンにしよう」
「はー!? 一昨日もラーメンだったじゃにゃいか! それこそ太るにゃ」
猫耳の娘は串を咥えたままブーイングをした。
今日の晩御飯? 一昨日も? 毎日、学校帰りに夕飯を共にしているのだろうか。それとも——
「皆さん、一緒に暮らしているんですか?」
「うん、そうだべ! 家はすぐそこ」
そう言ってマキナが指さしたのは、巨大電気街だった。
大須の一画には、電気店が密集している巨大ビル群が存在する。大須の巨大電気街と言われている。
「ここは……」
荘子は、父の持つ機密情報により知っていた。このビルは、表向きは一般客も訪れる巨大な電気店街なのだが、その要塞のように聳えるビル群の裏側には、一般の人間には知られていない、幻の街が存在していた。誰も、その存在を見ようとしないし、気づきすらしない。都会の中に存在する、忘れられた街。404地区。
「まさか……、404地区」
彼女らはここに住んでいるというのか。スカムズのアジトしては、ピッタリの場所だが……。
電気街を見つめる荘子を見て、マキナは微笑んだ。
「知ってるんか、さすが優等生ちゃんだべ! マキナ達はきさらぎ街って呼んでるけどな」
「きさらぎ街……。とても、今どきの女子高生が住んでいるところには見えませんね」
「そりゃそうだ」
そう言って、マキナは笑った。
「住めば都って言うにゃ」
「退屈はしないな」
平然と、そう言う志庵となづき。やはり、普通ではないな。と、荘子は再び電気街の入り口を見つめた。
電気街の入り口には、小型メモリや、スマホのケース、イヤホンなど様々な製品が並べられ、そこに、商品を手に取ったり、見るともなく見ているお客さん達の姿が見られる。一見すれば、普通の電気店だ。しかし、その奥には、荘子が窺い知らぬ闇の世界が広がっている。
ここから先に行けば、もう戻れない。
そんな直観が、荘子の胸を鋭く貫いた。それは、大切なものを失った時のような感覚に似ていた。しかし、荘子は、自分の気持ちに嘘は付けなかった。
彼女達に、近づきたい。
荘子は、店内に一歩、足を踏み入れた。そして、後ろを振り返った。
「マキナさん達のお家に、お邪魔してもいいですか?」
荘子の決意に満ちた眼差しに、マキナと志庵は笑顔で、なづきは無表情で答えた。
「どーぞどーぞ!」
マキナと志庵は、荘子の腕を掴み電気店の中に入っていった。青髪の娘は、ポータブルゲーム機を両手で持ってなにやらゲームをプレイしながらその後を着いていった。




