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第一章 4

 その日の夜だった。

「静也さん、魔塊狩りに出かけないんですか? ねえねえ」

 ふたばがしつこく尋ねてくる。

「あてもないのに出かけてどうするんだ。この平和な世にそう都合良く魔塊が出て来てくれるわけないだろ」

「それはそうですけど……でも平安の都では夜になると必ずと言っていいほど魔塊が出現していました」

「そりゃあなー。今より明かりも少なくて真っ暗だろうし、人間を襲うにはちょうど良かったんだろうけど、今はお巡りさんもいるし車も走ってる」

「ただの人間では魔塊を退治出来ませんよ」

「お前は俺にいろいろと期待しているみたいだけど、俺には剣術の心得も無ければ魔塊と戦える根性も無いぞ。ハッキリ言って怖い。そんな男に何が出来る?」

「出来ますよ! 何と言っても静也さんは常久様の……!」

「はいはい耳にタコだよ。でも出来ないものは出来ないんだよ」

 座ってテレビでサッカーを観ていた俺は立ち上がると、ジャージを羽織って部屋から出て行った。

「お出かけになるんですか⁉ 魔塊狩りですか⁉」

「コンビニだよ。夜食買ってくる」

「私もお供します!」

「ただの買い物にしつこいぞ」

「もしものことがあるかもしれませんし!」

 ふたばのやる気が強い分、何も出来ない自分が申し訳ない。

「ふたばはパンとか食べるか?」

「食べますけど、お米派ですね」

 そりゃそうだろうな。


 ファニーマートでミネラルウォーターとポテトチップス、そして梅干しのおにぎりを買った。

「しばらくは魔塊のことを忘れて暮らせ。今は平和なんだからいいじゃないか」

 おにぎりをふたばに渡してそう言う。

「平和だなんて言い切れません。現在、日本の魔塊の数はハッキリ言って多いと思います」

「そういえばお前言ってたな」

「しかし、私たち以外の魔塊狩りが活躍してくれているおかげか、なんとか増加を抑えられているようですが……これ以上は危険です。だから静也さんには少しでも早く魔塊狩りとしての自覚を持って戦って欲しいのです!」

 うわあ、どうすればいい? っていうかどこへ行って何をすればいい?

 俺はただの高校二年生だって言ってるのに。前世が常久さんだっただけでこんな責任重いことを……だって魔塊は人を食うんだろ? 嫌だよそんなのと戦うなんて。

 ──そう思っていた時に。

「くんくん……来ましたよ静也さん、魔塊の臭いです!」

「魔塊の臭いだって? お前は犬か!」

「私はそこを見込まれて常久様のお傍に置かせていただいていました。魔塊の腐った肉のような臭いはすぐに嗅ぎ取れます!」

「へえ……」

「私がご案内します! 行きましょう静也さん!」

「あ、ああ」


「ここって……俺がガキの頃から遊んでる広場じゃないか」

 小さい頃はボール遊びしたりかけっこしたり、今はのんびり昼寝をしたり……そういう場所だ。こんなところにも魔塊は出るのか。

「くんくん……間違いないですね、魔塊はこの辺りに潜んでいます」

「野良猫とかじゃないだろうな」

「猫ならまだいいんですが……襲って来るのは……」


 ワオォォォォ────────ン!


 犬の遠吠え。

「……平安以前より、犬は人に仕える相棒でしたが、人の死肉を食らう生き物でもありました。魔塊化すると厄介な生き物です」

「俺に犬を斬れってこと⁉」

「ただの犬ではありません。犬魔塊です。こうなってしまっては、もはやかわいいワンころではないのです」

「でも何か罪悪感が……」


「そんなことを言うなら、早く逃げなさい」


 俺の背後から、女の声がした。

 瞬間的に振り返ると、そこに居たのは──。

 黒いセーラー服の女子高生。

 しかも、うちの学校の制服だ。

 そして、その顔。よく知っている。日本人形を思わせる、ぱっつん前髪。整った顔。

 クラスメイトの……鈴原瑠璃さん。

 鈴原さんは汗をかいて左手の甲を押えている。

「……ッ……鈴原さん、その手!」

 辺りは弱い電灯の光と月明かりぐらいしかなく暗いが、目を凝らせば見える。

 赤黒い液体が手の甲から垂れている。

「ちょっと逃げそびれてね、一噛みされちゃったのよ」

「逃げそびれたって……何から⁉」

 ハァハァと荒い息を吐いている鈴原さんは微笑した。

「あら、そのかわいい幽霊と魔塊のことを話してたから、知っているのかと思ったわ」

 余裕がありそうな口調でそう言うが、左手からはポタポタと血が流れている。

 そのかわいい幽霊……ふたばのことか?

 ということは、彼女にはふたばのことが見えている?

「と、とにかく傷の手当てをしないと……!」

 とは言っても包帯もハンカチも持っていない。仕方なくミネラルウォーターを開け鈴原さんの手の甲にかけて血を洗い流す。

「どう? 沁みる?」

「いいえ、問題ないわ、ありがとう」

 鈴原さんはスカートのポケットからハンカチを取り出すとぐるぐると自分の左手に巻いて、最後にハンカチを噛みギュッと縛った。

「この傷は……」

「そうよ、魔塊にやられたのよ」

 魔塊のことも知っている……一体何者なんだこの子は?

「どこで魔塊に襲われたの?」

「帰り道でちょっとね。最近は魔塊がよく出るから、気を付けるようにしてたのに……」

「き、君はどこまで知ってるんだ? 魔塊のことといい……」

「あなたこそどうしたの、夜中に幽霊を連れて……魔塊を探してたんじゃないの?」

 いや、コンビニ行ってそのついでになんだけどね……。

「俺のことクラスメイトだって覚えてるよね? 鈴原さん」

「もちろんよ。二年生に上がってからどれぐらい経ったと思ってるのよ、音撫おとなで君」

「音無だよ! 忘れてるじゃんか!」

「ごめんなさい、幽霊の人」

「そういう覚え方は止めてくれよ!」

「だって学校にまでその幽霊連れて来てるんですもの。憑りつかれてるの?」

「そういうのじゃないってば!」

「ちょっとちょっと何なんですかあなた! いきなり現れて失礼な……。私と静也さんは前世から繋がれた深い主従関係なんです!」

 ふたばが割り込んで来てそう言う。

「幽霊ちゃんこう言ってるけどそうなの? あなたもしかしてロリコンなの?」

「ちがーう! 誤解を生む言い方は止めろふたば!」

「まあそれはともかく、このピンチから抜け出すことを考えましょう」

 鈴原さんは辺りを注意深く見回す。

「どこから来るんだ……?」

「これだけ見通しが良い場所よ。小細工なしで向かって来ると思うわ」

「静也さん静也さん、これを使ってください!」

 急に何だと思うと、ふたばは自分の腹に右手を当て、ぎゅうううと力を込め始めた。

「お、おいおい……」

 やがて右手はふたばの腹に吸い込まれ、「ううううううう……‼」という呻き声と共に青白い光に包まれた《それ》が引っ張り出されてきた。


 ──《それ》は、鞘に収まった一振りの刀。


 装飾はなるべく排された、反りのある実用的なもの……という見立てで間違ってないだろうか。

「ハァ、ハァ、ハァ……。ふう」

「ふ、ふたば、これは⁉」

「これは常久様の愛刀《新源氏清零》です。常久様は単に清零と呼んでいましたね」

「どこにしまってるんだよお前!」

「え、ええ、でもこれは命よりも大事な物ですから!」

「まあ、お前死んでるけどな……」

「どうぞ、これを使って魔塊を斬ってください!」

「斬ってくださいって言われても……」

 俺は新源氏清零を持ったが、「ぐっ……重い」と持ち上げるのにも一苦労だ。平安時代の人間はこんな物で戦ってたのか。

「平安時代の刀は太刀たちと呼ばれるもので、その後の時代に出て来る打刀うちがたなより長大なんです! でもそれしか持ってないので、諦めないで清零で戦ってください!

「こ、こうやって抜くのか……⁉」

 俺は右手で柄を、左手で鞘を握り、一気に引き抜こうとするが、ガチャガチャといって上手くいかない。

「頑張ってください静也さん!」

「が、頑張れって……ぐぬぬ……ぬええええええええええ……!」

 早くしないと、魔塊が来る。

「……ぬえええええええええええええええい‼」

 俺が叫びながら刀を引き抜くと、シャン、と音がして鞘が抜け落ち、鋼色の刀身が姿を現した。

「抜けた⁉」

 刀は、月明かりに反射して鈍く輝いている。

「音撫君、来るわよ!」

 鈴原さんがそう言って広場の暗く奥まった部分を睨みつける。

「だから音無だってえええええええ──‼」

 俺は両手で清零の柄を握り、持ち上げる。そこへ。

 ──来た。


 グルルルルル……。


 闇の中から聞こえてくる唸り声。

 ヤバい。

 何がヤバいって、重くて清零を振れない。 


 グルルルルル……。


 また唸り声がした。

 さっきより近づいている。

 暗闇でタッ、タッ、タッと音がする。これが……獲物を欲する獣の足音か。

 グルル……タッタッタッ……。

 と、唸り声と足音が止んだ。

 ──そして、そいつは月明かりの下に姿を現す。

 牙を剥いて、ダラダラと涎を垂らし、目は真っ白だ。体の大きさはゴールデンレトリバ―ほど。

 これが、魔塊。

 どうすればいいどうすればいいどうすればいい……!

 噛み殺されるかもしれない。食われるかもしれない。でも状況的に戦うしかない。でないとこの場から逃れられない。

「クソッたれえええええ、来いやああああああああああ‼」

 やけになった俺が叫ぶと、犬魔塊は真っ直ぐに突撃してきた。

 俺が刀を振れないなら……やつの方から来てもらう!

 いろいろ考えたが、これしかない!

「やああああああああああああ‼」

 俺は真っ直ぐ切っ先を犬魔塊に向ける。

 さあ来い来い来い、団子みたいに串刺しにしてやる!


 ガルルルルルルルルルル‼


 犬魔塊が俺に飛びかかって来た。そして、清零がグサーっと……‼

 あれ?

 グサーっと串刺しにして……ない。

 刃物が肉を通った感触。たまに母さんの夕飯作りを手伝う時の、包丁で肉を切断する感触。それはあった。

 犬魔塊は清零に貫かれている筈……!


 グルルルルル……。


 後ろから唸り声がした。振り返ると、やつはしっかり四本の足で立って俺を睨んでいた。

 殺れなかった……いや、しかしやつをよく見ると。

 ダラダラと首の辺りから赤い血を垂れ流している。あれは、間違いなくやつの血だ。

「惜しい! 静也さん!」

 ふたばが声を上げる。

 ……そうか、僅かに外れたか……!

 真正面から貫いたと思ったけど、飛びかかって来る時やつは体を捻るかどうかして上手く致命傷を避けたようだ。クソッ、もうちょっと俺に眼力があれば……一撃で仕留められたかもしれないのに。

 犬魔塊を倒せなかったが──俺は少し自信を持った。このワン公程度なら俺はやれる。

 さあ、来い、今度こそ貫いて……あれ?


 グルルルルルルル……。


 俺の後ろから、不吉な鳴き声が聞こえてくる。


 嘘だろ、もう一匹いた⁉


 俺が斬り裂いた犬魔塊ともう一匹、少し小さめのやつが俺を後ろから狙っている。

 畜生、挟み撃ちか!

「犬は群れるわ、一匹ではないかもと思っていたけど……!」

 鈴原さんが俺の背中に自分の背中を預けてきて、小さい方の犬魔塊と対峙する。

「駄目だ、鈴原さん、君は武器を持ってない!」

「武器が無くても、戦う術はあるわ」

「え? 戦うって……」

 俺がそう言った瞬間、鈴原さんに向かって小さい方の犬魔塊が飛びかかって来た。

 鈴原さんが何をするのかと思うと、モデルのような細長い足を振り回して犬魔塊の腹を蹴飛ばした。同時にスカートが無重力になったようにふわりと浮いて、鈴原さんは回転する。

 ギャウン!

 犬魔塊は地面に叩きつけられ、二度跳ねてぐったりして動かなくなった。

 見事な回し蹴り。

「嘘だろ……すご」

 俺は呆気にとられていた。この清楚で格闘技なんかとは無縁そうな鈴原さんが、魔塊を強烈に蹴飛ばして倒した。

 ……俺、要らないんじゃないかな。

「油断しないで、目の前の敵を見て!」

 鈴原さんにそう言われ、ハッとした俺は前を向いて剣を構え直す。

 そうすると、犬魔塊の体に変化が起こっていた。

「何だこりゃ……」

 やつの体が、大きく膨らんでいっている。

 ええええええええっ‼

 どういうことだ、こんなのありか!

 どんな仕組みでそうなってるんだよ、物理の法則無視か!

 犬魔塊はどんどん膨らんでいき、さっきまでの大きさの三倍、いや四倍ほどになった。

 ──こりゃ勝てない。

 俺がガクンと清零を下すと、切っ先が地面に刺さった。

「諦めないでください静也さん! 常久様はこれぐらいでへこたれませんでしたよ!」

 ふたばの声が聞こえてくるが、絶望的な気分の俺はもう立っているのも……。


「しっかりして! ほら、しっかり刀を握るのよ!」


 鈴原さんが俺の手に自分の手を添えて、清零を持ち上げた。

「す、鈴原さん⁉」

「いい⁉ やつが膨れたのはただのこけおどしよ! 魔塊がよくやる手なの! 体に溜まっている屍肉のガスを使っているだけ! ああやって逃げる隙を窺っているのよ! さっきの突きは良かったわ! もう一撃食らわせればやつを倒せる! 分かった⁉」

 鈴原さんが俺の尻を叩くように強気で言ってくる。

 ハンカチが巻かれたその手……痛いだろうに、俺の手を掴んで離さない。

「行くわよ! 清零を振り上げて叩き斬るのよ‼」

「わ、分かった!」


 ガルルルルルルルル────‼


 犬魔塊が俺たちの方へ向かって来る。

 まるまる膨れて、豚のような走りだ。

「跳ぶ気よ! やつの腹を斬り裂くわよ──‼」

 と鈴原さんは叫んだ。

「跳ぶ気って……うわあああああああ⁉」

 本当に、犬魔塊はジャンプして俺たちの頭上を跳び越えようとした。

「やあああああああああああああ!」

 鈴原さんが叫ぶ。

「わっ、わああああああああああ!」

 俺は鈴原さんに導かれるように清零を高く持ち上げて、犬魔塊の腹にぐさりと突き立てた。そして手術中の外科医みたいに鮮やかに……とはいかないが、豪快に腹を斬り裂くと、犬魔塊はギャウンという情けない鳴き声を発して地面に落ちてきた。

 グゥン、アゥン、ともがき苦しんでいる犬魔塊は、しばらくジタバタしていたが、やがて動かなくなり、体の大きさも元に戻っていった。

 犬魔塊の傍に近づいていったふたばは、鼻と耳を寄せる。

「……息はありません! 見事、さすがつね……静也さんです!」

 そう言ってにこっと笑った。

「へあぁー……」

 俺は腰が抜けてその場にガクンと座り込んだ。

 それと同時に、犬魔塊の体は地面に溶けていくように消えて無くなっていった。

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