第七章 2
翌日、学校へ行って鈴原さんにそのことを伝えると、鈴原さんは興奮して俺の胸ぐらを掴み、ぐいと持ち上げた。俺の体重五十八キロあるんですけど。
「何ですって⁉ はあ⁉ 何考えてそんな勝手なことをするのよ! 峠に何かされてたらどうなってたと思うのよ⁉ どうして言ってくれなかったのよ⁉」
「い、いや、遠鬼の言うことが正しいか分からなかったし、まずは自分で行って確かめてみようと思ったんだ」
「そうですよ、静也さんは勇気を振り絞って現場に向かったんですよ! 怒られる筋合いはありません!」
ふたばがそう言って庇ってくれる。
鈴原さんは俺を下すと、ハア、とため息をつく。
「全くあなたって人は……殺されていたらどうするつもりだったのよ」
「細川君みたいに……?」
鈴原さんは黙り込む。
「俺は死なないよ」
「どこからその自信が出てくるの……」
なんとなくだ。それに俺にはふたばも付いてる。もし死んだらふたばにいろいろアドバイスしてもらって、良い幽霊になろう。
「峠は見つけられなかったけど、ヒントみたいなものは聞いてきた」
「どんな?」
「峠のところに来た来客を見た事務所のおじさんは、どこかで見た顔だなと思っていると、なんとビックリ! 不動青龍神社の宮司さんだったんだ」
「青龍……東西で白虎の反対ね」
「そう。だから峠は神社同士の諍いに絡んでるんじゃないかと。もしかしたらだけど」
「そんなくだらないことのために細川君は殺されたって言うの⁉」
鈴原さんは両の拳を握りしめる。
「行ってみる? 不動青龍神社に」
「もちろんよ!」
そして放課後、俺たちは脇目も振らず制服のまま、東の要・不動青龍神社にやって来た。
神社はそこそこの賑わいをみせている。みんな何をお願いしているんだろうか……まあ他所様のことはいいか。
「鈴原さん、五時に閉門だよ」
「分かってるわ。それまでに宮司さんには洗いざらい喋ってもらおうじゃない」
鈴原さんはずいずいと社務所まで進んで行くと、お守りを売っていた巫女さんに向かって、「すみません、宮司さんはいらっしゃいますか⁉」と喧嘩腰で尋ねた。一旦落ち着こうよ鈴原さん……。
「猪突猛進。獣のようですね」
ふたばがボソッと言った。
「ど、どういったご用件でしょう?」
巫女さんは戸惑いながら鈴原さんに尋ね返してくる。
「ちょっと伺いたいことがあるんです! ある男のことなんですけど!」
「あ、ある男⁉」
「そう! とにかく宮司さんに……!」
こりゃ見てられないと思って、俺が間に入った。
「あの、峠剛士という人のことをお尋ねしたいと思いまして。ここの宮司さんならご存じかと」
と丁寧に言った。巫女さんに罪は無いものな。
「わ、分かりました、少々お待ちください」
巫女さんは社務所の奥へ引っ込んで行った。
しばらくすると、別の巫女さんが出て来た。ベテランなのか、静かな足取りで落ち着いている。
「どうぞ、こちらからお入りください」
と言って、社務所の出入り口を開けて俺たちを中へ入れてくれた。
それから、俺たちは机と座布団のある畳の部屋に通される。
そこでお茶を出してもらい、「少々お待ちを」と言われて、待つことになった。
巫女さんの物腰の柔らかさから、興奮しないで取り敢えず心を休めなさい、と言われているような気がした。
お茶を一口飲んだ鈴原さんは。
「フン、美味しいじゃない」
巫女さんの意図を汲み取ったのか、静かに湯呑みを机に置いた。
「本当だ、良い味が出てるね」
俺はお茶を飲んで思わず笑みがこぼれた。しかしこれは茶葉の美味しさだけじゃない、熱さもちょうど良い感じなのだ。だから余計に美味しく感じる。お茶を淹れてくれたさっきの巫女さんのファインプレーだろう。おかげで鈴原さんもだいぶ肩の力が抜けたようで、スゥ、と静かにお茶を飲んでいる。
「ふたばも飲むか?」
正座して待っているふたばに俺の湯呑みを差し出す。
「そっ、そんな、静也さんが口を付けたものを私が頂くなんて出来ません!」
顔を赤くして両手を畳につき頭を下げた。何か逆にそこまで拒否られると、俺がばい菌みたいなんだけど……。
十五分ほど過ぎただろうか。紫の袴を穿いた、白髪混じりの恰幅の良いおじさんが部屋に入って来て、「ここまで辿り着かれましたか」と言って俺たちの正面に座った。この人が宮司さんか。
「どうもお邪魔してます」
俺と鈴原さんは頭を下げる。
「いえいえ。あなたたちは……魔塊狩りですか?」
そう尋ねられ、俺と鈴原さんは声を合わせて返事する。
「「はい」」
一言、そう答えた。
「……あなたは峠剛士とどういう関係なんですか? 不動丸を盗んだのは峠です。細川家の人間を殺してまで……どうなんです?」
と、出来るだけ落ち着いて尋ねた。鈴原さんがいつ爆発するか分からないから、俺は余計にゆっくりとそうした。
「そうですね、不動丸を盗んだのは峠剛士です」
宮司さんは少し眉をピクリとさせて答えた。
「俺は昨日、峠が潜伏していた事務所にまで行ってきました。そこで、家主さんからあなたを見たと聞きました」
正確には、又聞きだけど。
「そうですか……見ている人は見ているものなんですね」
「これは一体どういうことなんでしょうか? あなたは、今も峠と繋がっているんですか? だとすれば、俺たちはあなたをこのままにしておくわけにはいきません」
カッ、と俺の隣に座る鈴原さんの様子が変わった感じがした。今日の鈴原さんは、木刀を持っている。いきなり宮司さんに襲いかかったりしたら大変だ。
俺は鈴原さんの右手を握ると、ギュッと力を込めた。……堪えてくれ。それが伝わるように。
「それには西王神社との……何か諍いがあったんですか?」
俺が尋ねると、宮司さんは頭を振って「とんでもない」と否定する。
「まさか。私共が西王神社と対立する理由はありません。全て峠が計画しやったことです」
宮司さんは、俺の目を真っ直ぐ見て答えた。
「その言葉に嘘はありませんね?」
「青龍に誓って」
胸に手を当てて、宮司さんは答える。
「峠は何故あんなことを?」
「私には到底理解が及ばないところです。四年に一度、東西南北それぞれの神社に納める不動丸が欠けると、不動市に災厄が降りかかります。例えば、魔塊を呼び寄せるとか」
「はい、それは分かります。魔塊狩りたちは苦労していますから」
宮司さんは置きっぱなしにしてあった冷めたお茶をゴクン、ゴクン……と一気に飲み干した。
「……何日もかけて方々を探し回り、ようやく私は峠が不動市に帰って来ていることを知り、峠の事務所に乗り込みました」
「そうですか」
この人も苦労したんだな。
「しかし峠に笑って追い返されました。『そうだな、金を用意してくれたら不動丸を渡してもいい。一千万ぐらいかな』とまで言われましたよ」
「完全に宮司さんを馬鹿にしてますね」
「ええ。だから私は、警察に通報するぞ、と言いました」
「それで峠はどう反応しましたか?」
「やれるものならやればいい、その代わり不動丸は永遠に返って来なくなる……と」
「憎らしいやつですね、本当に」
ふと、宮司さんは、俺と鈴原さんを交互に見る。
「あの……もう一度訊きますが、あなたたちは魔塊狩りなんですよね?」
「そうです」
学生ということで舐めてかかってるのか、と思ったが、そうではなかった。宮司さんは額に汗を掻いて、胸につっかえていた物を吐き出すように言う。
「峠はもはや魔塊です」
フーッと宮司さんは汗を垂らした。
その言葉に、俺は強いショックを受けた。おそらく鈴原さんもそうだろう。
「生きている人間が魔塊化するなんて……あるんですか?」
「ありますとも。古い文献にも残っています」
「静也さん、宮司さんの言っていることは本当ですよ。平安の世、人間は鬼にも魔塊にもなりました」
とふたばの助言が入った。
「鈴原さんは、人間の魔塊を相手にした経験は?」
「無いわ」
隣の鈴原さんに尋ねてみるが、ゆっくりと頭を振る。
だとすると、俺たちは普通よりも何倍も恐ろしい存在と戦わなくてはいけなくなるのか……人間というずる賢い存在と。
「峠が不動市のどこかに潜んでいるのは確かでしょう。不動丸を取り返さない限り、不動市に平穏は訪れません」
俺は、怒りのためか恐怖のためかプルプルと震えている鈴原さんの手を今度は優しく包んだ。
「探そう。例え困難でも、動いていれば峠のつま先ぐらいは捕まえられるかもしれない」
と言って慰めた。
鈴原さんの手を握ってしまった……自然とそうなってしまったけど、彼女はどう思っているだろう。剣術をやってるから硬いかと思っていたけど、意外と柔らかくてスベスベしていた。
俺がマンションに帰ると、早速優がとてとてと走って来て出迎えてくれた。
「おい、あんまり走るなって言ってるだろ。下の階の王さんに迷惑がかかる」
「お兄ちゃん聞いて聞いてー」
「何だよ」
「今日茜ちゃんとカラオケに行ってねー、その帰りにすっごい格好良いお兄さんに声を掛けられてねー」
「おいおい知らない男には気を付けろよ」
「お兄ちゃんにねー、君も気を付けるんだねって言っておいてって頼まれたの」
峠剛士―─!
「優、そのお兄さんはどこへ行った⁉」
「えー、分かんないよ、車に乗ってたし。格好良い白い車!」
ちっ、女子供に声を掛ける変質者め!
俺はスマホを取り出しそのことをすぐに鈴原さんに伝える。
「何も無くて良かったわ。音無君の家族にまで危害が及んでいたら、大変だった」
ホッとしたような口ぶりで言う。
「俺にはいつもこうだ。やつの方から寄って来やがる!」
「気に入られてるみたいね、音無君」
「しばらく近所でも気を付けないと。クソっ、いないと思ったら現れて、鬱陶しいやつだ!」
「こうなったら、音無君が囮になるとかは?」
静かに怒っているのか、どうしても峠を捕まえたいようで、無茶を言ってくる。
いや、待てよ、存外無茶とは言い切れないぞ……。
「俺が囮ねえ」
「音無君が峠のお気に入りなら、また何か接触してくる筈よ」
「でもなあ、鈴原さんが俺のことを二十四時間じーっと見張ってるわけにはいかないだろうし……さすがに峠に気付かれるだろうし……」
と、そこでふたばが俺に抱きつくほど寄って来る。
「静也さん、ちょっと失礼しますよ。もしやとは思いますけど……」
俺の体に手を当てて何かを探り始めた。
どうやら異物を感じ取っているようだけど……。
「おいおいどうしたんだよふたば」
「どうかしたの? 音無君」
「いやさ、ふたばのやつが……」
何だと思っていたら、急にふたばが右手を挙げた。
「見つけました! やはり伴印が貼られていたようです!」
と腰から尻の辺りを擦りながら言った。
「伴印?」
「はい、その者がどこにいるか探索するための印です! 不感透過の術をかけられているので、貼られていることに気付きませんし、目に見えません! 衣服をすり抜けて貼ることが出来ます!」
「そんな物がケツに貼られてたってのか……GPSで見張られているようなものじゃないか」
「静也さん、ズボンを脱いでお尻から右の腰の辺りを捲ってください!」
「お、おい、ケツを見せろってか⁉」
「いいから!」
俺が制服を脱いでパンツ一丁になり、ふたばに言われたとおりのところを触ると、何かカイロか湿布を貼られているような手触りがした。しかし目に見えない。
「今まで意識してなかったけど、言われてみれば確かに感じる……何だこれ……気持ち悪い」
「それがこの伴印という物なんですよ。剝がしますよ、それ!」
ふたばがそう言ってその《違和感》を剥がすと、腰の辺りが軽くなりスッキリした。
「いつの間にこんな物を……」
「峠とは二回接触しています。伴印を貼る機会はあったでしょう」
そういえば──そういえばだが、最初に峠に会った時、車に乗っている峠に腰の辺りをポンと叩かれたような覚えが……。
「これで俺を見張ってやがったのか……!」
「キャッ! し、静也さん裸でうろうろしないでください!」
ふたばが声を上げて背中を向ける。お前が脱げって言ったんだろうが。
俺は透明の伴印を指でつまんで持ち上げて、確かに形があるそれをじっくり見てみる。
そして。
「良いこと思いついた」
とニヤリとした。
「い、良いことって何です?」
ふたばが尋ねてくる。
「峠がこれで俺の動きを見張っているなら、逆にこれでおびき出してやるんだよ。……そうだな、四神獣の神社のどこかにでも行けば、やつも気にするだろ」
「だったら南鳥神社が良いと思います! 静也さんのご友人の話だと、魔塊と因縁が深い神社のようですし!」
あの真っ赤っかの神社か。いいだろう。
「南鳥神社は、退魔の力が非常に強い神社です! あそこなら静也さんでも互角とはいかないまでも、いい戦いが出来ると思います!」
「よし、そうしよう! そりゃ、お前なんかこうしてやる!」
俺は僅かに見えるようになった伴印を腹にべたりと貼り付けた。
…………。
「あのー、もしもし、音無君、何があったの?」




