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第六章 4

 日曜日、電車を乗り継いで不動市と御動市の境目の、遠鬼の墓があるという佐山さやまという場所に来てみた。

「何にも無いな、田んぼと自然以外は……」

「さあ、早く遠鬼様の墓へ向かいましょう!」

 ふたばはビュンビュン飛び回りながらそう言う。

「あのなふたば、お前は飛んでるからいいけど俺は歩くしかないんだぞ」

「本部から洋服一式を頂いて、快適じゃないですか」

 鈴原さんに教えてもらった魔塊狩り本部の電話番号。そこに電話して申請すると、動きやすいアウトドアウェアが全て届いた。

 後は水と食べ物を持っていれば、万全だ。

「仕方ありませんよ、歩きましょう」

「幻樹の時みたいにタクシーで送ってくれたりしないかなあ。まあタクシーのおじさんにだって仕事はあるし、そう都合よくはいかないか……」

「ほら、元気を出しましょう! 常久様はこれぐらいでへこたれませんでしたよ!」

「ふたば、何度も言うけどお前は幽霊だし飛んでるから……」

「来ている人はちゃんといるんです。私たちだって行けますよ!」

 そういう人は車を使ってるんだよ……ああ、早く運転免許が欲しい。

 とにかく歩いて行くしかないと、結構なアップダウンがある田舎道を歩いていると、俺たちを軽トラが追い越していった。パワフルだぜ軽トラ。こういう道では最強だな。

 と、その軽トラがキィッと止まり、キャップを被ったおじさんが窓から顔を出した。

「兄ちゃん、どこか行きたいところあるのかい?」

「え? ええ、遠鬼の墓に行こうと思ってるんですけど……」

「遠鬼様の墓かい。それなら乗せて行ってやるよ」

「いいんですか⁉」

「構わんよ。兄ちゃんみたいな人がこの佐山にたまに来るんだ、遠鬼様の墓を訪ねてね。そういう人には親切にしてやらんと、遠鬼様の罰が当たる」

 俺は助手席に乗せてもらい、ふたばは荷台に寝転んで軽トラは発車した。

「どうもすみません、本当に助かります」

「何の何の。遠鬼様の墓は我々佐山の自治会の者たちが管理していてね、見に来てくれるのは嬉しいもんだよ」

「遠鬼の墓ってどんなのなんですか?」

 窓から風が入って来て心地良い。

「どんなのって言われてもねえ、大人の男ほどの高さのある石でね、そこに文字が彫られてるんだが、古くてもう誰も読めやしないんだよ。でも遠鬼様の墓だっていうのはずっと昔から伝わってる」

「へえ」

「すぐに着くよ。ほら、見えてきた」

 軽トラで十分ぐらい走ったところだろうか。

 周囲より盛り上がった高台に、その《遠鬼様の墓》はあった。

「またここを通るから、その時に乗せて帰ってあげるよ」

「はい、ありがとうございます」

 軽トラのおじさんにお礼を言い、俺とふたばは遠鬼の墓の前に立った。

「……本当にもう何も分からないな」

 墓に何か彫ってあるのは凹凸で何となく分かるけど、確かにこれは読めない。

「ふたばは読めるか?」

 プルプルと頭を振る。

「駄目ですね。時が経ち過ぎて全く」

「お前は遠鬼と会ったことはあるか?」

「ありますよ。っていうか安倍晴明様との対決をこの目で見ました」

「えっ、そうなのか?」

「はい」

「どうなんだどうなんだ、そういうのワクワクするな」

「遠鬼様も頑張りましたが、やはり晴明様の力が圧倒的に上でしたね。まあ最初から勝負は決まっていたようなものです」

「どうやって戦うんだよ、陰陽師って」

「例えば式神を操ってぶつけ合ったりとか、念力を飛ばしてぶつけ合うとか、岩を浮かせてぶつけ合わせるとか、そんな感じですね」

「ぶつけ合うばかりじゃねえか」

「そういう方が見ている者には分かりやすいんですよ。繊細な陰陽術のやり取りを見せたって、本人たち以外には分かりません」

「なるほどな」

「それでも晴明様と遠鬼様は相当力を使っていますよ。陰陽師を舐めちゃいけません」

「別に舐めてないけどさあ……」

「私も呪術師見習いです。呪術と言っても相手を呪ったりとかそういうのばかりじゃないですよ。病気の人を助けたりいろいろしていました」

「そうか、えらいなふたばは」

「えへへ」

 ふたばは嬉しそうに鼻の下を擦る。

「それで、俺たちはこの墓で何をすればいいんだ?」

「取り敢えずお参りでしょう」

「こういう時いつも思うんだけどさあ、お参りって意味があるの?」

 ふたばはムッとする。

「ありますよ! 何言ってるんですか!」

「ちゃんとお願い聞いてくれるの?」

「お願いを聞いてくれるとかくれないとか……そういう問題じゃないんですよ! 亡くなった人に静かにお眠りくださいっていうその心が大事なんです!」

「でも俺たち遠鬼にお願いに来たんだろ? そういう綺麗ごとじゃないんじゃないの」

「うう、そうかもしれませんが……」

「そういえばお前の墓ってどこにあるんだ?」

「私のお墓は京都のとある山にあって、石が三つ積んであります! 誰も参ってくれませんけどね!」

「そりゃ平安時代の人の墓参りをしろって言われてもな……遠鬼みたいな人でもなけりゃあな。それに神様と仏様ごちゃごちゃだろ」

 ふたばはハアとため息をつくと、呆れ顔をして俺を見る。

「静也さん、神仏習合って言葉知っていますか?」

「学校で習ったけど……日本人の感性っておかしいよなあ。だって日本古来の神様と外から入って来た仏教を一緒にしちゃうんだぞ? 他所の国なら戦争もんだよ」

「まあいいですよ。取り敢えずお参りしましょう。さあ、お供え物を出してください」

 俺は新品のリュックからオレンジと栗饅頭を出して墓の前に置くと、静かに手を合わせ祈った。

「遠鬼様遠鬼様、どうか出て来てください。そして俺の探している人間の居場所を教えてください」

 ……何も起こらない。

「おいふたば、何も起こらないじゃないか。遠鬼出て来ないぞ」

「ちょっと待ってください。遠鬼様は私たちのことを見極めているのかもしれません」

「見極めるって?」

「いいから黙って待ってみましょう」

 ずっと立っているのも疲れるので、俺はその場で尻をついて胡坐をかいて、じっと墓を見つめ続けた。  

 ──しかし何も起きない。

「……ふたば、遠鬼を誘い出す方法を思いついたぞ」

 俺はニヤッと笑う。

「何ですか?」

「ちょっと耳を貸せ」

「はいはい」

 俺がふたばの耳元でごにょごにょ言うと、ふたばは頷いて小芝居を始めた。

「あ~、やっぱり一段二段落ちる三流陰陽師はこの程度のことも聞いてくださらないんですね。やっぱり陰陽師最強は安倍晴明様ですね」

 小首を傾げて言った。

「そうだな。このオレンジと饅頭も無駄だし持って帰って食うか」

「安倍晴明様は今頃京都で多くの人々の願いを叶えてらっしゃいますよ。晴明神社なんてあるぐらいですからね」

「そうだな、相談した相手が悪かった。俺たちも京都へ行こう。けっ、三流陰陽師が」

 そう言って立ち去ろうとした時。


「……おい、お前たち」


 という声が頭の中に響いてきた。

「なっ、ふたば、お前何か言ったか⁉」

「いえ、何も!」

「誰が三流陰陽師じゃ」

「き、聞こえた! まさかこの墓からか⁉」

「おそらくは! す、凄いです!」

 俺もふたばも棒読み。

「わしは遠鬼。都では左大臣にも仕えたことがある第一級陰陽師ぞ」

「し、信じられない! それは失礼しました!」

 俺とふたばは、墓に向かってぺこぺこと頭を下げる。

「……よって、お前たちの願いを叶えるなど造作もないこと。何でも申してみよ」

「そ、それはありがとうございます! 実は峠剛士という男を探していまして……」

「その者は何をしたのだ?」

「盗みに人殺しです。刀を一振り盗むために一家族を皆殺しにした、とんでもない悪人なんです!」

「なに、それは正に鬼のようなやつじゃ。任せい、占ってしんぜよう」

「はい、お願いします!」

「……むっ、むむむむむ……。感じるぞ、そやつの体からは普通の人間とは違う気が放たれておる」

 俺とふたばは顔を見合わせる。よし。

「もう見つけられたのですか⁉ さすが一流陰陽師様、素晴らしい!」

「まあ待て、しかしこやつ……」

「こやつ……何ですか?」

「こやつに近づくなら、細心の注意を払うことじゃ。不動の街の、赤い屋根の住居に住んでおる。瓦屋根ではない、硬い石の家じゃ」

「コンクリートですか⁉」

「おそらくは。わしに見えるのはその住居と周辺だけじゃ。近くでは大量の果物や野菜が売られておる。その傍のうらぶれた通りじゃ」

「市場ですね?」

「まあそんなところじゃろう。もうよいか? わしは眠る」

「ありがとうございました! また何かある時には伺わせていただきます!」

 俺は地面に額を擦りつけて礼を言った。

「……あ、それとだな」

 言い忘れた、という感じで遠鬼はポロリと漏らす。

「はい、何でしょう⁉」

「わしは柑橘を好まん。持って帰るがいい。菓子だけ置いていけ」

「はい、そのように!」

 俺たちは何度も墓に向かって頭を下げると、オレンジを拾って遠鬼の墓から遠ざかって行った。


「案外ちょろかったな」

「そうですね」

「鬼なんて名前付けられるから恐ろしいやつかと思ったら、乗せるとホイホイ喋ってくれた」

「そういう人なんです、遠鬼様は……」

 俺はオレンジを齧ると、皮を剥いでペッと吐き捨てた。

「青果市場の傍にある赤い屋根の建物で、高級外車が置いてある場所を探せばいいんだ」

「でも遠鬼様は峠剛士に近づくのに気を付けろと言っていましたが」

「そんなことは百も承知。危ないやつだってのは分かってる」

「見つけたら警察に連絡しますか?」

「いや……俺たちでやる。絶対逃がすもんか。警察は最後の手段だ」

 俺はオレンジを咀嚼して飲み込む。

「なんだか凄く強気になってますね静也さん」

「これ以上鈴原さんを悲しませるわけにはいかない。不動丸は俺たちの手で取り戻す!」

 そう話している時、軽トラが後ろから走って来た。

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