第六章 3
そんなこんなあった後、俺は鈴原さんのいない日を狙って、彼女の家に向かった。
あのやたらとデカい、日本家屋。
俺が訪ねると、鈴原さんのお母さん、香子さんが丁寧に俺を迎え入れてくれた。
「まあまあよくいらしてくださいましたね。でもすみません、瑠璃は留守にしてるんですよ」
「あっ、それは分かっています。今日はお母さんに訊いてみたいことがあって来ました」
「私にですか?」
「はい」
「……分かりました。私がお話し出来ることがあればお話ししましょう」
俺は家の奥に通され、前に来た時と同じ部屋で待たされた。
それにしても……相変わらず美人なお母さんだな!
鈴原さんも将来ああなるのか。全然イケるじゃん!
「お待たせしました~」
……お母さんがおぼんにお茶と水色の和菓子を乗せてやって来た。
「どうも、この前はいろいろと失礼しました」
お母さんは手をついて頭を下げる。
「あ、いえいえ、そのことはもう……」
「今日はかわいい幽霊さんをお連れなんですね」
お母さんは俺の後ろを見てにこっと笑いそう言う。
……やはりお母さんにもふたばは見えるのか。
「こいつのことは気にしないでください。犬猫か何かと思ってくださって結構です」
「ちょっとちょっと、私は人間ですよ!」
「でも俺を追いかけて来る幽霊だろ? しかも見える人が限られた」
「だからって犬猫じゃありません!」
俺たちのやり取りに、ホホホとお母さんは笑っている。
「……まあこいつのことはいいんですよ。訊きたいことというのはですね……」
「はい」
「細川順道という人のことです」
お母さんの表情が一瞬ふっと暗くなった。
「細川君ですか……」
お母さんは自分の湯呑みを手に取ると、スッと口元に持っていった。
「もし話せないというなら、それで結構です」
「いえ、お話しします」
お母さんは湯呑みを置き、話を始めた。
「細川君と瑠璃は同い年で……あなたとも同い年になりますね。二人は幼い頃から切磋琢磨して剣の腕を上げていました。とても仲が良かったんです」
とても仲が良かった……もしかしたら、鈴原さんの初恋の人なのかな、と思ったが、峠剛士に対してあれだけ敵意を剝き出しにしているところを見ると、本当にそうなのかもしれない。
「あの年は、細川君の家に不動丸が預けてありました」
「知っていて改めてお訊きしますけど、不動丸とは?」
「不動の一番の宝と言ってもいいでしょう。長く受け継がれてきたとても大事な刀です」
「しかし今、不動丸は失われている、と……」
「はい。峠剛士がやったことです」
お母さんは唇を噛んで、鈴原さんそっくりの顔をした。元から似ているけど。
「三年前でした。西の白虎、西王神社に納められるため、不動丸は細川君の家で一時的に預けられていました。そこに峠が盗みに入り……」
「細川君は殺されて、不動丸は奪われた」
「はい。細川家の人間は皆殺し。酷い有様でした。警察の鑑定と事件後行方をくらましたことから、やったのは峠だということがほぼ確定しました」
「覚えています。怖い事件がこの不動市で起こるんだなと記憶していました。でも犯人の名前は公表されなくて、まだ見つかっていないとだけ報道され、変だなと思っていました」
「全て魔塊狩り本部の意向からです。魔塊狩りの犯した失態は魔塊狩りが処理する。警察も同意し、それからまだ峠は見つかっていません」
俺はぎゅっと拳を握りしめる。
「俺は峠と二回接触しました」
そう言うと、お母さんはハッとした顔をして俺を見つめた。
「残念ながら二回とも取り逃がしましたが……そのうち一回は瑠璃さんも現場に居ました。しかし俺たちは峠に敵わず──」
「……そうですか、峠が不動市に……」
「どちらも最近のことです」
お母さんはまたお茶を一口飲んだ。
「そういえば、あなたはどこか細川君に似ていますね」
お母さんにそう言われ、和菓子を切っていた俺の手が滑った。
「よしてください。そんなこと言うと、瑠璃さんが怒りますよ」
「あの子も何となく気付いているんじゃないでしょうか。あなたに惹かれているのはそういう理由なのかも」
惹かれている?
鈴原さんが俺に?
「冗談は止めてください。怒られるのは俺なんですから」
「あら、でも私はあなたのことを気に入っていますよ」
お母さんに気に入られてもなあ。まあ悪い気はしないけど。
お母さんがおぼんを持って一旦引っ込んでいくと、俺はふたばの方を向いた。
「どう思う?」
と尋ねてみる。
「静也さんは常久様の転生した方ですよ! 細川という人とは関係ありません!」
こいつは馬鹿の一つ覚えみたいにこればっかりだな。
と、そこにお母さんが帰って来た。
「とにかく、不動市を守る力が弱まって魔塊が頻繁に現れるようになったのは、西の白虎、西王神社に不動丸が納められていないからです」
と俯き加減に言った。
「代わりの物や新しい刀は作れないんですか?」
「作れるでしょうが、あくまでそれは代用品。本物の不動丸とはやはり違います」
そりゃそうですよね。
「一刻も早く不動丸を取り返さなくてはいけないのは分かっています。だから魔塊狩りたちは必死で峠を探しています」
そんな峠と二回も接触しておきながら取り逃がした俺って一体……。
鈴原家を去り、うちに向かって歩く俺にふたばが尋ねてくる。
「ねえねえ静也さん、これからどうするんですか?」
どうするって……どうしようか。
「そうだなあ、峠剛士、そして不動丸を探さなけりゃいけないわけだけど、平安時代のことから何かヒントみたいなもんはないのか?」
「静也さん、平安時代と言っても三百九十年続いたんですよ。私が生きていた時代はそれこそ魔塊が跳梁跋扈していた時で、それを常久様がバッサバッサと倒していき英雄に……」
「分かった分かった。俺様最強すぎワロタ、これでいいのか?」
「もっと自覚してください。あなたは常久様が転生された……あ、そうだ」
「どうした?」
「常久様は魔塊を退治するため、陰陽師の力を借りていました。さすがの常久様でも出来ないことはありましたからね、刀や矢が通じないような相手には陰陽師の力で……」
「陰陽師か……今の時代にいるのか? そんな人」
「それは分かりませんが……」
「見習いとはいえ、呪術師のふたばは何か感じるものとか心当たりがあるんだろ?」
「そう当たり前に言われましても……あるといえばありますが……。この不動市で陰陽師に通じている場所と言えばただ一つ」
「おお、何だ言ってみろ!」
「う~ん」
「どこかの神社なのか? どこにでも行くぞ俺は」
「神社というか何というか……墓です」
「墓~?」
「何だ、遠鬼のことか。遠鬼ってのはな、安倍晴明との念力対決に敗れて都を追われた陰陽師だ。元の名前は遠奇。都を追放されるときに名前まで《鬼》に変えられてしまったんだ」
斎藤に尋ねると、てきぱきした答えが返ってきた。
……こいつに知らないことは無いのか。マジでオタクだな。
「そして都から追い出された遠鬼は、この不動の地に移り住んだらしい。そこで死を迎えるまで暮らしたといわれているけど……」
「遠鬼は良い陰陽師なのか悪い陰陽師なのか?」
「どうだろうなあ。良い陰陽師だと言う人もいれば、所詮は都落ちしたダメ陰陽師だと言う人もいる。文献によって様々だな」
「お前はそれを全部読んだのか?」
「まあ、一応は」
「で、その遠鬼の墓はどこにあるんだ?」
斎藤は頭に人差し指をやって捻じる。
「ええとな、不動市と隣の御動市の境目ぐらいにあって、かなり田舎の方だったと記憶しているけど……お前行くのか?」
「今のところそのつもりなんだけど……」
「普通は車で行くような場所だ。電車と徒歩ならそこそこ時間掛かるぞ」
まあ、幻樹を退治したところに比べれてマシなら行ける。
「付いて行ってやろうか?」
斎藤はニヤニヤして言ってくる。こいつも行きたいのか。
「いや、俺一人で大丈夫だ」
「そもそも何でそんなところへ行くんだお前。墓参りか?」
「そ、そういう感じだ」
「ネットで調べてみろ。遠鬼の墓って検索すればすぐに出てくる」
「分かった、サンキュ」
俺が早速スマホを弄ってみると、斎藤の言うとおり、一発で出てきた。どんなことにもマニアっているものだな。
「周りに何も無い、長閑な田舎って感じか……こんなところまで追放されて死んだのか」
「陰陽師ファンにとってはパワースポットの一つになってて、時々遠くから人がやって来るらしい」
「墓がパワースポットか……まあ斎藤みたいな歴史オタクにとってはそういうものなのかもしれないけど」
「こらこら歴史オタクの一言で片づけるな」
俺は斎藤にコンコンと頭を叩かれる。
「よく知っているもんだ」
「ふっ、オタクの知識量を舐めちゃいけない」
「よし、週末にでも行ってみるか」
「やっぱり俺も一緒に……」
「いや、一人でいいから」




