第五章 4
「帰りは下り道だから、そんなに疲れないわよ」
「ハア、動かない相手にこんなに手こずるとは思わなかった」
俺が伸びをすると、鈴原さんは微笑した。
「言ったでしょ、そう簡単にはいかないって」
「でも楽な指令だとも言ったよね?」
「楽だったでしょ? 音無君みたいに経験の浅い魔塊狩りにとっては」
さあ帰ろうとリュックを背負ってふたばに清零を返そうとした時……そこに。
「やあお疲れさん」
と一人の男が立っていた。
見覚えがある。緩いパーマ頭にジャケット。サングラス。
間違いない。
こいつは──峠剛士!
「お前が、どうしてこんなところに⁉」
鈴原さんは、ボロボロに欠けた刀を抜こうとしている。
「いやあ、久しぶりにこの花魔塊の様子を見に来たら、こんなことになっているとは」
「峠剛士ぃ……!」
鬼の形相で斬りかかろうとしている鈴原さんを、止めようかどうか考える。
取り敢えず、何か聞き出すべきなんじゃないか。
「まだ怒っているのか? 細川君のことを」
「お前がその名前を呼ぶな!」
我慢出来なかったか、鈴原さんが斬りかかっていく。
しかし峠は刀の柄を両手で受け止めると、鈴原さんの足を蹴って転ばせた。
「こんな刀で俺を殺れると思ったのか?」
峠は奪った刀を鈴原さんの鼻先に向ける。
「くっ!」
「……細川君を殺してしまったのはたまたまなんだ。最初から殺そうと思っていたわけじゃない」
「馬鹿なこと言わないで! たまたま刀で家族全員を皆殺ししたって言うの⁉ 絶対許せない……‼」
「瑠璃、悪気は無かったんだ」
「何が! 不動丸を返しなさい!」
不動丸⁉ こいつが奪った刀ってのは不動丸なのか──⁉
「四神獣の力を守るには不動丸が必要だ。それは分かっている」
峠は、掛けていたサングラスを外し、胸のポケットに入れる。
「だったら何故⁉」
「仕方ないな」
峠が刀の柄頭で、倒れている鈴原さんの腹をドンッと突く。
「ゥグッ!」
苦しそうな声を漏らして、鈴原さんは気を失ってしまった。
「鈴原さん! 峠剛士、お前!」
「止めておくといい。瑠璃の二の舞だ」
そう言われて俺は清零を構えるのを躊躇した。そうだ、今の俺ではこいつには勝てないだろう……!
「瑠璃が起きたら伝えてくれ。また遊ぼうとね」
峠は手を振って森の中へ消えて行った。
ふたばに後を追わせようとしたが、森の中で迷子になられたら困るのでそれは断念した。
それに、ふたばを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
……結局、俺は何も出来なかった。畜生。
──その後、リュックを鈴原さんの頭の下に敷き、仰向けに寝かせ、意識が戻るまで待った。
十分ほどして鈴原さんはパチッと目を開き上半身を起こした。一見元気なようだが……。
「峠は⁉」
と言った後、腹を押えて「いたたた……」と体をくの字に折った。
「音無君!」
鈴原さんは俺の胸ぐらを掴んで、「峠は⁉ 逃がしたの⁉」と問いかけてきたが、また腹を押えて「…ッ……!」と静かになった。
「ごめん、今の俺の実力じゃどうしようも出来ない相手だった」
俺は素直に謝る。
「……いいわ、あなたが悪いわけではないものね……」
鈴原さんは声を沈ませた。
「立てる? もう少し休んでいく?」
「大丈夫、立てるわ」
「帰り八キロ、歩ける?」
「舐めないで、鍛え方が違うのよ」
と腹を押えながらも立ち上がった。
「……帰りながら話しましょうか、峠のこと」
「四神獣の力が弱まっているのは……知ってるわよね?」
俺たちは森の中を抜け、林道に出る。
鈴原さんは怪我しているとは思えない力強い足取りで林道を歩く。
「ああ、ふたばと斎藤ともそのことを話した。パワーバランスが崩れているんだろ?」
「それを止めるには、不動丸を納めなくちゃいけない」
「さっき言ってたけど、不動丸って何? どういう刀なの?」
「実は私もよく知らないんだけど、平安時代から伝わる不動市を守るために必要な宝刀で、四神獣を祀る四つの神社に納めなければいけなかった」
斎藤と一緒に回った、あの四つの神社か。
「毎年順番に、東西南北の神社に不動丸を納めるの」
四年に一回か……オリンピックとは……違うか。
「峠が不動丸を奪った時は、どこの神社だったの?」
「西の白虎、西王神社よ」
「あの一番パッとしない神社ねえ……あ、こんなこと言っちゃいけないか」
俺の言ったことに鈴原さんはフッと笑う。
「そうよ、パッとしない神社よ。でも順番は順番。ところが、峠が不動丸を奪って逃げ出した。不動丸は失われたのよ」
斎藤の言っていたとおりだ。どういう情報ネットワークを持ってるんだあいつは。
「ホソカワ君って人を殺して?」
「そうよ……細川順道、ちょうど私たちと同い年よ。その年は、彼の家が不動丸の守り人の役目をしていた。四神獣祭りが行われるまで、守り人の家が不動丸を預かることになっているの」
「その細川君を……細川君の家族まで殺して峠は不動丸を奪ったってこと?」
「そう。この件に関しては、表向きには凶悪犯の強盗殺人ってことになってるけど、本当の目的は不動丸の強奪。魔塊狩り本部は警察に情報を隠すように言って、犯人の峠のことは表沙汰になっていない」
警察内部にまで手が回る……きっと今までの事件の中にも、魔塊が関わったものがたくさんあったんだろう。それを魔塊狩り本部が裏で処理してきた。
「細川君は、私と同じく子どもの頃から峠に剣を習っていた。峠は先生っていうより兄貴分みたいな感じだったわ。でも、まさかあんなことをするなんてね」
クッ、と鈴原さんは悔しそうに言って、顔をしかめる。
「細川君を殺してまで、峠は不動丸で何をする気なんだ?」
「それは分からない。ただ、私は峠を許せないってことよ」
話し込んでいたせいか、帰りの道はひどく短く感じた。
往路とは逆の緩い下りになっている林道を歩き終えると、俺たちを送ってくれたのと同じタクシーが道路の隅に駐まって待ってくれていた。
俺たちは「お待たせしました」と言いタクシーに乗り、運転手さんに「済みました」と伝えた。
人の良さそうな運転手さんはクイと頭を下げる。
「ご苦労様でした」
と一言言ってくれた。




