第五章 3
「ほら、見えてきた」
「着いた?」
「着いたわよ。目的はこれよ」
──俺たちの前には、太い幹の立派な木が一本立っていた。幹は捻じれていて、そこらにある他の木とは少し違うように見える。
「この木がどうしたの?」
「誰がこれを木だなんて言った?」
「え? どう見ても木でしょこれ」
青々とした葉が揺れる《木》だ。俺の目にはそう見える。
「これは《花》よ」
「は、花⁉」
「そう」
いやいやいや……。
「木に花が咲くとかじゃなくて?」
「これ自体が一輪の花なのよ」
「だとしたら世界記録なんじゃない?」
俺は感心してその《花》を見上げる。
「そうね、これが魔塊じゃなければね。木に擬態してるのよ、そういうタイプの魔塊なの」
「なるほど、《幻樹》ですか」
ふたばがそう言うので「げんじゅって何?」と尋ねてみる。
「鈴原さんがおっしゃったとおり、花魔塊が擬態した木のニセモノです。平安時代ではそう呼んでいました。ここで獲物を待って、近づいて来たら食うんです」
「普通の木と、どうやって区別をつけてるんだ?」
鈴原さんは葉を一枚ちぎって取ると、俺に見せてきた。
「ほら、普通の木の葉みたいに筋が無いでしょ」
「本当だ……」
俺も葉をちぎってみる。
「何かのっぺりしてるな」
「擬態してるといっても所詮はこの程度。ほら、葉を虫に食われた痕も無い」
鈴原さんは次々と葉をちぎっていく。
「新種の木として学会で発表……ってことにはならないんだね」
「ええ、残念ながら魔塊だもの」
「それで、この魔塊……幻樹が何をするの?」
「森をうろつく動物を捕食する。時には人間も……ね」
「でもこれはどう見ても木で、花には見えないんだけど」
「しょうがないわね。着いたばかりだけど、やる?」
「や、やるって?」
「花を咲かせるのよ」
「どうやって?」
鈴原さんはリュックを下すと、中から袋のパックに入った毛玉のような物を取り出した。
「ちょ、それって?」
「氷漬けにしていたネズミよ。そろそろ溶けてきていると思う」
鈴原さんは氷漬けパックのネズミを地面に放り出すと、蹴って幻樹の根元に飛ばした。
「ほら、花が咲くわよ、離れて」
鈴原さんはそう言うと、俺を後ろに下がらせた。
「音無君、清零を用意して」
「あ、ああ、うん。ふたば、清零を!」
そう言うと、ふたばは腹の中から清零を取り出して、俺に渡した。
「……相変わらず、どういう仕組みになっているか分からないわね」
「それは俺も思ってるよ」
「ねえ、ふたばちゃん、今度私のためにも清零を出してみてくれないかしら」
「嫌です。あなたのことは好きじゃありません」
ふたばはべーっと舌を出してぷいと横を向いた。
「……まあいいわ。清零はいつか私の物にしてみせるから」
「ふんっ」
二人共大人げない。まあふたばは子どもだけど。
「見て、音無君、花が咲くわ」
鈴原さんにそう言われて幻樹を見ていると、捻じれていた太い幹がバキバキバキと割れ始めた。何だこりゃ……俺は魔塊が咲くという初めて見る光景に思わず見入ってしまった。幹が完全に割れると、中から巨大な赤い蕾が現れ、ムクッと起き上がり、前を向いた。そして蕾はパアァと輝くような美しさを伴って、見事に花として開花した。まるで一晩かけて花が咲く様子を早送りで見せられているようだった。
「凄い……綺麗だ」
思わずそう漏らしてしまった。
「そう、綺麗よ。でも魔塊には違いないのよ」
鈴原さんは布袋から刀を取り出すと。
「用意はいい? 音無君」
と言ってくる。
「あ、ああ!」
幻樹は、開いた花の中心からしゅるしゅると触手のような物を伸ばしてきて、冷凍ネズミを捕えると、花の中に吸い込んだ。食ったのだ。
「こんなやつに襲われたら、怖くて一晩眠れないよ……こいつは人間も襲うんだよね?」
「そうね、大人は体が大きすぎるから狙われないけど、子どもや動物は食われるわ」
「昔は、幻樹には近づかないように言われたものです」
とふたば。
「さあ、音無君、花びらを切断していって」
「わ、分かった、この木を……いや花を丸坊主にすればいいんだな!」
「そのとおりよ」
数えてみたところ、花びらの数は六枚。血を吸ったように真っ赤だ。
鈴原さんは跳び上がり、ハッという声と共に幻樹の花びらを一枚斬った。さすが、やるじゃん。
遅れをとってはいけないと、俺も幻樹に斬りかかった。まずは一枚!
俺が斬った花びらは、その軽やかな美しさからは想像出来ない、ボトッという音を立てて地面に落ちてきた。
うわっ、何か汚物みたいと思って若干引いている間に、鈴原さんがスパッ、スパッと二枚斬った。
「花びらを全部斬ったら、次はどうするの?」
「次は中を切断するのよ。さっきネズミを食べるところを見たでしょ。そこを落として繁殖を防ぐ」
「繁殖するの⁉」
「それが花魔塊の厄介なところよ。育つものは何十メートルにもなる。だから今のうちに処分するのよ」
「わ、分かった。雄しべか雌しべか分からないけど、そこを斬っちゃえばいいんだね」
俺は清零を振り上げ、花びらを一枚斬り落とした。残りは一枚!
「最後は音無君に譲るわ」
え? 魔塊退治に譲るとかあるの⁉
「でも……」
「いいからやりなさい」
「はい……」
俺は言われるまま、最後の花びらを切断した。
そうすると、鈴原さんが素早く動いた。
「たあ!」
と花の中央の突き出た部分を斬ってしまった。雄しべか雌しべか分からないと言っていたところだ。
「あ──、一番おいしいところ持っていったじゃん!」
「油断大敵よ。ああ、気持ちいい」
「俺もやりたかったよ、さっきの!」
「小賢しい女ですね!」
ふたばが頬を膨らませる。
「残念ね。さあ、大変なのはこれからよ」
「た、大変って?」
「この魔塊の幹や枝、いいえ、茎やがくといった部分を切断してバラバラにするのよ。疲れるのよねこれ」
「こんな太い茎斬れるの⁉」
「やる人間の腕次第ってところかしら。どう? 音無君には良いトレーニングになるんじゃない?」
「そうやって疲れることは俺にやらせて……自分は休むんだろ」
「私もやるわよ。さすがに見てるだけってわけにはいかないし」
「頼むよ! 全く鈴原さんってば……」
「そんなに腹を立てなくてもいいじゃない。新源氏清零ならどれほどのキレを見せるか……それが見てみたいのよ」
ふと、俺は思いついて言う。
「残った茎やがくは燃やせばいいんじゃないの?」
ナイスアイディアと思ったが、鈴原さんは呆れた顔をしてポリポリとこめかみを掻く。
「そんなことしたら森が火事になるでしょ。ちょっとは考えてものを言えば?」
この鼻にもかけない態度。ムカつくけど鈴原さんの言うとおりなので反論出来ない。
「それじゃあ始めるわよ。まずは枝、がくから落としていくからね」
「分かったよ」
俺は清零を構えて、
「うりゃ!」
と幻樹に斬りかかった。
──それから約三十分後。枝に化けたがくを全部斬り落として、俺と鈴原さんは地面に座り込んだ。
「ああ、疲れた。見てよこれ」
鈴原さんが自分の刀を俺に見せてくる。
「凄い刃こぼれ……まあ硬かったもんね」
「鉄を斬ってるみたいな感じだったわ。まだまだ鍛錬が足りないってことね。もう私は何も出来ないわ」
「え?」
「最後に残った茎だけど……音無君が切断してくれない?」
「ええ──⁉ 俺がこの太い茎を⁉」
「音無君なら出来るわよ、やって。源常久の生まれ変わりなんでしょ」
「それはそうだけど……本当に俺にやれるかなあ……」
「音無君の清零には刃こぼれ一つない。さすが伝説の名刀よ」
「でも肝心の俺の腕が……」
鈴原さんは俺を凝視してくる。
「自信を持って。ここまでやれたんだから音無君なら出来る。刀の力を信じて」
そこまで言われたら……やるしかないけど。
「う、うん……分かったやってみる」
「頑張ってください静也さん! 私も静也さんなら出来ると信じています!」
ふたばが両手でグーを作って、「むむむ~」と力の入った顔をしている。
俺は幻樹に近づいて行って、清零を横に構えると、一度深呼吸をして、幻樹の茎を思い切って……。
「えええええい‼」
と叫んで薙いだ。
──斬った。
俺はそう思った。しかし……清零は茎に食い込んで、芯の辺りで止まっていた。
「やっぱり……そう甘くないか」
のこぎりを引くように俺は清零を前後に動かして、力を込めて茎から引き抜いた。
「……まあ、今の俺の力じゃこれぐらいだよ」
そう言って振り返ると、鈴原さんが眉根を寄せて悔しそうな顔をしていた。
どうして君がそんな顔をするの?
「もう一回!」
「へえ⁉」
「もう一回斬って!」
鈴原さんは地面を叩いて俺に言う。まさかのアンコール要求。
「そうです静也さん! もう一回! 何なら二回でも三回でも!」
ふたばまで……俺は幻樹を切断出来なかったんだ、俺の負けなんだよ。
「自信が無いよ……」
「だったらその斬りかけの部分を狙って! 最後まで全部斬ってしまわないと退治したことにはならない! こんな中途半端じゃ帰れない!」
バンバンと鈴原さんは地面を叩く。……もう、仕方がないな!
「今度は本気でやってよ!」
いや、さっきも本気だったけど……。
ああ、死骨魔塊を倒した時みたいに、常久さんの力を引き出せないだろうか。
それならやれそうな気がするんだけど。
スッと、俺はもう一度、同じように清零を構える。そして斬りかけの部分に狙いをつける。
フーッと息を吐き、俺はまたあの常久さんの力が込み上げてくるのを待つ。
さあ、来てくれ常久さん。
俺にあの時の力を再び──。
……いや、待てよ俺。
こんな、誰かに頼りっぱなしでいいのか? せっかく鈴原さんとペアを組ませてもらって、やっつけやすそうな魔塊を任せてもらって、そいつすら自分の力で倒せないっていうのか?
魔塊狩りとして成長ってするってそういうことじゃないのでは?
こんな、動きもしない魔塊相手に俺は……。
これじゃああまりにも情けない。
ギュッと、俺は清零の柄を握りしめた。
こいつは……俺が必ず斬る!
「ええええええい‼」
全身の力を込めて清零を振った。すると──。
ズバンッ。
ギシ、ギシギシギシ……と音を立てて、幻樹は横に傾いていった。
そして──ずしんと倒れた。
「やった! やりましたよ静也さん!」
ふたばが手を叩いて喜んでいる。鈴原さんはというと、ホッとした顔をしてゆっくり立ち上がった。
「よくやったわ音無君。これでやっと帰れるわね。悪くなかったんじゃない?」
一応褒めてくれてるのか、それは。




